ヤクルトの二軍本拠地である戸田球場(埼玉県戸田市)のバックネット裏のスタンドからは、メイン球場、サブグラウンド、陸上競技場が一望できる。ルーキー、若手、中堅、ベテラン、そしてリハビリ中の選手と、それぞれの立ち位置は異なるが、一軍への期待と希望を抱き、不安と焦りを抱えながら日々、鍛錬に励んでいる。


夏場は暑いことで有名なヤクルト二軍の戸田球場 photo by Shimamura Seiya

【苦しむドラフト1位右腕】

 今年、チームのなかで最初に戸田球場で汗を流したのは、「元日に来たのは自分だけでした(笑)」と語る山崎晃大朗(31歳)だった。

 1月8日には新人合同自主トレがスタート。ドラフト1位右腕の西舘昂汰(23歳)は「真っすぐでは負けたくない」と決意を語ったが、上半身のコンディション不良で途中から無念のノースロー調整となり、キャッチボールをするほかの選手を眺める視線が印象に残っている。

 西舘は、リハビリ期間中のことをこう振り返った。

「基礎トレーニングの繰り返しで、復帰する時の自分の姿も想像つかず、野球ができないことが苦痛でした。ただ上の世界に行っても、基礎ができていないと上達しようがないことは実感できました。そういう面で、プラスの部分はありました」

 4月25日にはブルペンで捕手を座らせてピッチング。6月9日に二軍の西武戦で実戦デビューを飾った。

 西舘の魅力は、吹き上がるような150キロを超す真っすぐで、ここまで(8月29日現在/以下同)間隔を空けながら5試合に登板。プロでの手応えについてこう話した。

「今は野球ができるので、反省もできるようになりました。ブルペンや試合で課題を見つけ、それを潰してまた新しい課題を見つける。その繰り返しでやっていきたいですね。この前の登板(8月13日の西武戦)では、一軍で活躍されている栗山(巧)選手と対戦したのですが、真っすぐ一本で勝負する投手にまだなれていないことを実感しました。真っすぐを速く見せるためには、変化球をしっかり見せないといけない。そこをあらためて痛感しました」

 残り少なくなった今シーズン、目指すのはもちろん一軍マウンドだ。

「ドラフト1位で入って、いろんな方に期待され、たくさんのメッセージをいただくのですが、結果を出せてないので......。来年のためにも、一軍に上がって経験を積みたい。そう思って、今はやっています」

【フレッシュオールスターでMVP】

「頼んだぞ、ヘラクレス」

 宮出隆自打撃コーチが、打席に向かう橋本星哉(23歳)に声をかける。ヘラクレスのような割れた腹筋を誇る2年目捕手は、一軍の舞台が手に届きそうなところまできている。5月24日に育成から支配下登録となり、背番号は3ケタから『93』に変わった。フレッシュオールスターではMVPを獲得。7月25日には神宮球場での一軍の試合前練習に呼ばれるなど、期待の高さをうかがわせた。

 フリー打撃では、郄津臣吾監督の前でバックスクリーンに打球を叩きこみ、練習後は「疲れたけど、明日からまた頑張ろう!」と笑顔で戸田に戻った。

「それまでは二軍にいる時間が長くて、それが自分のなかでは当たり前になってしまっていたというか......。神宮では勝手に体に力が入るような感じで、試合に出てプレーするイメージもたてながら練習できましたし、一軍で野球がやりたいという気持ちがすごく強くなりました。一番よかったのは、青木(宣親)さんや石川(雅規)さんといったベテランの方が早くから球場に来て、練習前の準備をしていることを知れたことでした。野球を長くするには、こういうことからしっかりしないとダメなんだと。自分はまだまだだなと」

 その後はホームランを4本打つなど打撃好調。6本塁打はチームトップだ。

「一軍練習の刺激で調子が出たとかではなく、宮出コーチなどから助言をもらいながらやってきたことがいい結果につながっています。シーズンも残り少ないですが、守備も一軍で守れるところも見てもらいたいですし、キャンプの時から走塁も課題としてやってきたので『こいつ走塁よくなったな』と思ってもらえるように頑張っていきたいです」

【2年ぶりの一軍昇格】

 柴田大地(26歳)は大学、社会人を経由して、2021年のドラフトで3位指名され入団。昨年まで、柴田のキャッチボールは豪快だった。相手を務めていた大下佑馬(引退)は「アイツは球が強いこともあるんですけど、ボールが散るからなかなか芯で捕れないので、普通のグラブだと手が痛すぎて(笑)」と、キャッチャーミットで受けるほどだった。

 今シーズン、柴田のキャッチボールは「大下さんから『ただ腕を強く振ったからって、いいボールを投げられるわけじゃない』とあれだけ言われましたからね(笑)」と、暴れることはなくなった。

「今年は力に頼るのをやめてタイミング重視にしたことで、キャッチボールがよくなったんです」

 試合でも、初球のストライク率が10%アップと成果が出ている。5月5日には、ルーキーイヤー(2022年)以来となる一軍昇格。すぐに登板機会を得て、2回を投げて2つの三振を奪うも、1安打2四球1失点で翌日、再び戸田へ戻ることになった。

「緊張はそこまでなかったんですけど、やっぱり力んでしまった。二軍と同じ感じで投げられなかったことが悔しくて......。それ以降はそこを反省して、次につながるようにやっています」

 実際、その後は中継ぎで17試合連続無失点など、一時は防御率0.97を記録。しかし、ここにきて「今年はカットボールを使うことで投球の幅が広がったのですが、その影響も出てきました」と、思うような投球ができずに苦しんでいる。

「今は我慢と改善ですね。シーズンも後半に入りましたが、そのなかでいい結果を残すしかない。どんな局面でも、目の前のひとりを抑えられるように、ブルペンから準備するだけです」

【若手の成長を手助けするベテラン野手】

 三ツ俣大樹(32歳)は中日を戦力外となり、ヤクルトのユニフォームに袖を通して2年目のシーズンを迎えている。一軍への思いについて聞くと「一軍は考えてないです。この成績なんで......」と言った。

「今は若い子たちとファームで一緒にやって、彼らが一軍に上がる手助けを少しでもできればと。若い子たちが上に上がっていかないとチームは強くならないでしょうし、若い選手が上で活躍すれば、僕も刺激をもらえますから。お互いが刺激になるのは、チームにとってもいいことですし」

 プロ14年目のベテラン野手が若い選手のプレーに目を配っている光景は、毎日ように見ることができる。

「技術的なことはそんなに言わないですけど、なんて言うのかな、野球って細かいことの継続なので、若い選手はそういうことがまだできてない部分があるので、気づいたことは伝えています」

【長期リハビリからの復帰】

 古賀優大(26歳)は昨年、一軍で38試合に出場し打率.294、プロ初本塁打も記録した。守備でも、強く素早いスローイングが魅力で、中村悠平に次ぐ2番手捕手として期待されたが、オープン戦で下半身を負傷。戸田球場でのリハビリが始まったのは、5月に入ってからだった。

 古賀が戸田球場に姿を見せた初日、衣川篤史バッテリーコーチは「おっ、古賀! 帰ってきたか!」と歓迎。古賀の「みんなと一緒に練習できてうれしいです」という言葉に実感がこもっていた。それまでは寮の室内練習場でのリハビリ生活だった。

「ここまで長いリハビリはプロに入って初めてのことでしたし、ひとりですることへの孤独さを感じていました。実際にはまだみんなと一緒に練習はできてないのですが、やっと外に出て一緒の場所で動けるのが楽しいですね」

 外でのリハビリは陸上競技場が中心で、投手陣も練習していることから、古賀は「昨日のピッチングは......」といった具合に、積極的に声をかけていた。

「ケガをした最初の頃は野球も見たくない気持ちだったんですけど、復帰して試合に出るとなった時にピッチャーの状況がわからないとリードできないですから。そこは切り替えて、一軍も二軍も毎日のように見ています。自分は中村さんに追いつき、追い越さないといけないのですが、下には若いキャッチャーが多くいて、突き上げを感じています。焦っている部分はありますけど、刺激になっています」

 残り少なくなった今シーズンについては、このように語る。

「室内ではバッティングも始めていますし、野球の技術練習ができるようになったので、先は見えてきたというか。自分の気持ちでは、今年中に試合に出られたらいいかなと。今年、試合に出たのはオープン戦の1試合だけなので、前向きに考えています」

 そして「古賀、もう帰るのか!」「古賀、一緒にやるか!」「古賀、昨日はさぼったのか(笑)」と、衣川コーチからの激励は練習中のちょっとした名物となっている。

「自分が少し暗くなっている時にいじってくれるのでうれしいです(笑)」


ブルペンでピッチングをする(写真左から)清水昇、柴田大地、西舘昂汰 photo by Shimamura Seiya

【セットアッパーから先発へ】

 戸田で試合がある日は、午前9時から球場でのアップが始まるが、寮の室内練習場ですでに動き始めている選手もいる。ベテランの石川雅規(44歳)は「7時前には治療をしたり、トレーニングをしたりしています」と話した。

 清水昇(27歳)も7時からウエイトを1時間みっちりやってから球場に向かう。

「シーズン中はそんなに追い込むトレーニングはできないのですが、戸田では今日は足の日、今日は腕の日、今日は背中の日......といった具合に、部位ごとにやれているので、それは今までになかったことで、いい経験になっています」

 これまでセットアッパーとしてチームを支えてきた清水だったが、今シーズンは17試合の登板で防御率7.27と振るわず、2度目の登録抹消となった。

「ここまでは悔しい気持ちもあり、不甲斐なさもあります。だからこそ、この2カ月、3カ月をファームで過ごしていくなかで、自分のことを見つめ直す時間になればいいなと。正直、投げやりになりがちな部分もあるのですが、戸田のこの暑さのなかでやっても体調を崩さずにできていますし、ここを耐えたら体も気持ちもまた強くなるんじゃないかと思っています」

 現在は先発としての調整を進め、試合では投げる球種の割合も変化している。

「伊藤(智仁)コーチや二軍のコーチ、ブルペン捕手の方たちに話を聞きながら、毎回課題を持ってやっています」

 8月17日の楽天戦では4イニング目に7失点するなど苦しい登板となったが、清水は前を向いた。

「今までだったら3イニング目にヘロヘロになっていたのですが、あの試合では3イニング目に走者を出してから三振を3つ取れた。まだ先発になってから1カ月なので、3イニング目にしっかり抑えられたのはいい経験ですし、4イニング目に乱れてしまったのもいい経験になりました。だからこそ4イニング目、5イニング目の難しさを、今後味わっていけたらいいかなと」

 清水は以前、「一軍で活躍してこそプロ野球選手です」と語っていたが、その思いは今も変わらない。

「だからこそ結果がほしいですね。それこそ真っすぐの出力だったり、変化球の精度だったり、コントロールだったり......復活じゃないですけど、レベルアップしたなと思われる状態で一軍に上がりたい。今は先発をやりたい、中継ぎをやりたいというのはありません。上で投げることが自分には一番のやりがいですし、やっぱり一軍でやらないと楽しくないので」

【台湾の高校を卒業し6月に来日】

 郄橋翔聖(登録名は翔聖/18歳)は、父(故人)が台湾人、母が日本人のハーフで、昨年の育成ドラフトで1位指名され、台湾の鶯歌工商高を卒業した6月に来日し、チームに合流した。身長188センチの長身で、「ここまではコントロールと真っすぐの質でやってきました」と語る将来性豊かな右腕だ。

「今年は体重、筋量を増やして、1年間プロでやっていける体を目指しています」

 今は最初の頃より休みも少なくなり、練習量は増えている。過酷な暑さのなか、全体練習後は毎日のように200メートル走を6本など、有酸素系のメニューをこなしている。

「大変ですけど、それを覚悟して日本に来ましたし、全力を尽くしてやらないとダメですし、若い今のうちにやっておかないと。体重も78キロから82.5キロに増えました。今年中に85キロにしたいですね」

 山本哲哉投手兼育成担当コーチは「キャッチボールやブルペンでは『おっ』と思わせるいい真っすぐを投げています」と言った。

「今年はゲームで投げさせることを考えていますが、そこに合わすのではなく、最後に投げられたらいいなというくらいです。まずは体づくりで、そこから来年に向けて考えていきたい」

 灼熱の戸田──今年も覚悟はしていたが、正直ここまでとは想像していなかった。選手やコーチからも「始まったね、戸田の夏が......」「今日は危険だ」「今日こそ一番暑い」など、暑さを示すワードが毎日のように上書きされていった。


陸上競技場で汗を流す選手たち。奥川恭伸(写真左)の姿もあった photo by Shimamura Seiya

 ある猛烈な暑さの朝8時半、原樹理(31歳)が上半身裸で外野のポール間を走り込んでいた。全身から滝のように汗が流れている。

 昨年は上半身のコンディション不良の影響もあり、一軍での登板機会がないままシーズン終了。今シーズンは前半こそ重苦しい投球が続いたが、ブルペンに加入してからは「今はさわやかに投げることができています」と笑顔を見せた。

「この1年半、痛みとの戦いでしたけど、今はそれがなくなって'もっと腕を振って投げよう'と。そのために投げ方も変えました。あとはこれを継続できればと」

 8月27日、原は「とにかく2年ぶりなので、今は何とも言えないです(笑)」と、神宮球場に戻ってきた。その夜の巨人戦に中継ぎとして登板。岡本和真にホームランを許したが2回1失点で登板を終えた。

 この日、前出の清水は二軍のDeNA戦(横須賀)に先発。5回2/3を2失点。またひとつ前進した。29日には尾仲祐哉が一軍合流。二軍では中継ぎで27試合で防御率1.01の数字を残していた。

 今シーズンも残り1カ月となった。戸田からひとりでも多くの選手が神宮の舞台で輝けることを願ってやまない。