「ロード・オブ・ザ・リング」新作、汚名返上なるか
世界240カ国で1億人以上が視聴したプライム・ビデオの「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」の新作が8月29日から世界配信開始された。炎上した「黒人のエルフ」案件を払拭できるか(画像:©Amazon MGM Studios Prime Video)
Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。
苦戦を強いられたシーズン1
シーズン1は世界240カ国で1億人以上が視聴したプライム・ビデオの「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」(以下、「力の指輪」)。新規プライム会員獲得に最も貢献した作品でもあります。Amazonにとって大成功のオリジナルドラマシリーズとして位置づけられる一方で、多様性を配慮した配役に対して酷評も目立ちました。そんなレッテルが貼られても方向性は大きく変えず、ストーリーがやっと進み出した新作のシーズン2が8月29日から世界配信開始されたところです。
「力の指輪」が鋳造された時代を描く。最強の悪党サウロンが「中つ国」に暗い影を落としていく(画像:©Amazon MGM Studios Prime Video)
Amazon版「力の指輪」はJ. R. R.トールキンの原作をもとに、舞台設定はピーター・ジャクソン監督が手がけた映画シリーズより数千年前。トールキンファンなら説明いらずの「中つ国」という架空の世界の「第二紀」にあたります。物語のカギとなる「力の指輪」が鋳造された時代で、最強の悪党サウロンが「中つ国」に暗い影を落とす様子を描きます。
原作のネームバリューを使わない手はなく、そもそもAmazonは権利購入額だけで2億5000万ドル(約360億円)以上を費やしています。イギリスの調査会社Omdiaによると、計画する5シーズン合計の制作費は6億5000万ドル(約936億円)に上るとか。ドラマシリーズとしては破格の規模です。今や映像作品を手掛ける企業の中でAppleと並んで最も財力があるAmazonですから、作品のためにお金をかけることができるのは当然。ロングランで稼ぐことが見込める作品だからこそ制作投資したのだろうと思います。
とはいえ、思惑通りにはなかなかいきません。2022年9月に世界配信されたシーズン1は苦戦を強いられてもいました。作品のクオリティとしては、いまだに愛される映画版に勝るとも劣らない映像美があり、ファンタジー作品の肝となるセットや衣装、VFXに至っては文句の付け所がありません。不老不死エルフ族の森や人間が住むヌーメノール王国の港の映し出し方は圧巻でした。
主演女優のモーフィッド・クラークは不老不死種族エルフのガラドリエル役を好演(画像:©Amazon MGM Studios Prime Video)
主演女優のモーフィッド・クラークも高く評価されています。ケイト・ブランシェットのイメージが強かった不老不死種族エルフのガラドリエル役をものにし、感情が乗った演技です。
ただし、一部の配役に不評を買います。なかでも「黒人のエルフ」という設定が炎上案件となり、拒否反応を示す声が多く見受けられました。これを理由に作品そのものへの興味をなくした人も一定数いたのかもしれまれん。大概は作品力があれば多少の違和感などは吹き飛ばしてくれるものですが、肝心の出だしで惹きつける力が足りなかったことが低い評価につなげたのだと思います。
つかみが甘かったワケ
正直なところ、乗ってくるのは全8話あるシーズン1の4話目からです。離脱を防ぐために1話目からつかみがうまい作品が並ぶなかで、Amazon版「力の指輪」は自ら不利な状況を作り出しているのです。
それには理由がありそうです。序盤で世界観やキャラクターの人となりを丁寧に描くことで徐々に沼らせる戦略なのでしょう。シーズン5まで計画しているため、多少のリスクがあってもスロースターターで走り出すほうが結果的に見応えのある作品になる可能性が高いからです。話数が多い良作の韓国ドラマにもよくあるパターンです。
8月29日に3話まで公開された「力の指輪」シーズン2を見る限り、シーズン1の後半戦からの勢いそのまま1話目から飛ばしていますから、戦略的であることが確信できます。現場総責任者の1人、J. D. ペインの言葉からも納得します。
配信直前にシンガポールで行われたアジア・プレミア上映イベントにキャストたちと参加した現場総責任者J. D. ペイン(写真右端)(筆者撮影)
シーズン2が世界配信される直前の8月22日、シンガポールで行われたアジア・プレミア上映イベントに参加したJ. D. ペインに直接話を聞くと、シーズン1は例えるなら、「チェス盤に駒を並べた段階」だそうです。「馴染みのない人にもわかるようにまずは『中つ国』の時間軸を説明し、大悪党のサウロンを登場させて、その正体を明らかにするために作り込んだ話だった」と語っていました。
ファンタジー作品の常連である架空の生物オークの特殊メイクのクオリティも高い(画像:©Amazon MGM Studios Prime Video)
人を欺くサウロンの気質をシーズン2ではさらに深掘りしていきます。まさにシーズン2はサウロンを主役にした物語です。指輪も軍隊も同盟国もなく、ただあるのは彼の知恵のみ。その知恵で架空の生物オークやエルフを翻弄していくのです。「今シーズンは一気に始まり、どんどん進んでいく」というJ. D. ペインの発言に裏切りはなさそうです。
「SHOGUN 将軍」の監督が製作を仕切る
「サイコスリラーのようによりダークになり、アクションのスケールがより大きくなる」こともJ. D. ペインは明かしています。それを具現化する製作体制が実はシーズン2から変更されています。シーズン2から監督および共同製作総指揮がこれまでのJ.A.バヨナからシャーロット・ブランドストロムに代わり、新体制で挑んでいるのです。
シーズン2から監督および共同製作総指揮がシャーロット・ブランドストロムに代わった。真田広之主演「SHOGUN 将軍」は代表作の1つ(筆者撮影)
ブランドストロム監督もヒットメーカーの1人です。シーズン1から今作に関わり、戦闘シーンが見どころになった第6話、第7話を担当していました。代表作にはディズニープラスの「SHOGUN 将軍」も並びます。ちなみに「SHOGUN 将軍」は真田広之が主演し、今年のエミー賞有力候補として話題の作品です。
アクションも心理描写も巧みな監督ということで、マルケラ・カヴェナーが愛らしく演じるハーフット族の少女ノーリや、今作の出演をきっかけに注目されるタイロエ・ムハフィディンの少年テオなど、キャラクターたちの魅力がますます発揮されるのではないかと期待してしまいます。
インタビューに答えた監督自身、「視聴者がキャラクターやストーリーに入り込めるように意識した。忍耐強く見進めてくれることを願っているし、楽しんでくれるとも信じている」と話し、自信たっぷりです。
マルケラ・カヴェナーが演じるハーフット族の少女ノーリの冒険物語も見どころの1つ(画像:©Amazon MGM Studios Prime Video)
今シーズンの主役、サウロン演じるオーストラリア人俳優のチャーリー・ヴィッカーズは作品ファンとの絆を深めている様子でした。撮影地のニュージーランドや、イギリスやシンガポールでのプレミア上映会でファンが詰めかけるたびに「この作品は世界中にちゃんと届いているんだ」と実感しているそうです。「トールキンの世界観を正しく表現して、シーズンが進むたびにもっと良くしていこうって意欲が湧いてくる」と語る誠実な姿勢にも好感が持てます。
シーズン2はサウロンを主役にした物語。オーストラリア人俳優のチャーリー・ヴィッカーズが演じる(画像:©Amazon MGM Studios Prime Video)
あらゆる面で整い、ようやく走り出したシーズン2は、シーズン1で離脱してしまった人や配役に違和感を覚えた人を取り戻せるかがカギになるはず。気長に作品力の評価を待てるAmazonの余裕が助けになるように思います。
(長谷川 朋子 : コラムニスト)