(写真:shimi/PIXTA)

どんなにがんばっていても自分を過小評価してしまう「インポスター症候群」の人が少なくありません。医師の田中遥さんは、インポスター症候群を「謙遜さん」と呼び、そうした人が少しでも変わる方法を紹介しています。

田中遥・加藤紘織『「どうせ私なんて……」がなくなる「謙遜さん」の本』から一部抜粋・再構成してお届けします。

落ち込むことは“悪”ではない

こう思っている人もいるのではないでしょうか。

「自分をほめるのが大切と言われても、どうしても『やっぱり、私なんて』と落ち込んでしまうんだよなあ」

たしかに、どんよりした心で過ごすのはつらいですね。でもここで大切なことをお伝えしたいと思います。

心理学の見地からいえば、気分の落ち込み自体は決して悪くはないのです。

もちろん、そんな感情はできれば味わいたくないもの。しかし、それがきっかけとなって「次はがんばろう」と奮起したり、「やり方をちょっと変えてみよう」と改善を試みたりする。

つまり、次の行動につながっていくのであれば、むしろ落ち込みは歓迎してもいい。私は、そう考えています。

言い換えれば、どんなに気落ちしていても行動し続けられるのなら、さほど問題はないのです。

では、問題なのはどんなときでしょうか。それは、気分が落ちた結果、その人が動けなくなる場合。

というのも、自分を責めたり過小評価したりすると、自信や行動意欲が奪われ、次の一歩が踏み出せなくなるケースがあるのです。すると、停滞した状況から抜け出すのが困難になります。

行動が大事な理由

なぜ行動が大事なのかといえば、行動だけが、その人の世界や環境を変えるからです。自分の生きる世界を変えるのは、みずからの行動だけ。どんなに変わりたいと思っていても、本人の行動が同じであれば、そこから生まれる結果も同じです。

言葉がもつ力によってその人の行動が変わり、新しい世界が形づくられます。行動の結果が失敗に終わったとしても、構いません。そこから改善していけばいつか成功にたどり着けます。

カウンセリングの現場でも、「○○があって、落ち込みました」「ネガティブな気分が抜けなくて」といった患者さんの言葉を、私たち医師やカウンセラーはあまり重要視していません。

もちろん、ネガティブな感情に対するフォローはします。しかし、私たちが常に気にしているのは、状況の改善に向けて、その方が適切に行動できているかどうかです。

ですから、患者さんが落ち込みながらも、現状を変えようと一歩でも進もうとしていれば、健全なプロセスを進んでいると判断します。

そこで、「もう謙遜するのをやめよう。自分をほめるんだ!」と決意したあなたが、その思いを行動に移せる方法をお話ししていきます。

まず、自分をほめられるようになる考え方やコツを把握。そのあと、具体的な実践法を学び、継続するしくみづくりをしていきます。

しくみづくりというとなにやら大げさですね。でも、体からアプローチしたり、身近な生活習慣を整えたりしていくだけなので簡単です。

しくみさえつくれば、気分のアップダウンに影響されません。たとえ自分にがっかりしたり、へこんだりしたとしても自動的に行動できます。

「いい・悪い」のものさしを手放す

では、ほめられる自分になるためのヒントをお話ししていきましょう。真っ先に手放してほしいものがあります。それは、今あなたがもっている心の「ものさし」です。

あなたは、自分の行動や起こる出来事を「いい・悪い」「正しい・間違っている」などの基準で判断していませんか?

そんなあなたが使っているのは、自分や周囲を「正・誤」や「善・悪」でジャッジするものさしです。

たとえば、上司に理不尽な叱られ方をしたときに「相手は上司なのだから、納得できなくても、部下として受け入れるのが正しい」と判断する。こんなふうに考えるのが、このものさしの特徴です。

社会生活を送っているのだから、「正・誤」や「善・悪」でジャッジするのはある程度仕方ないと思うかもしれません。しかし、このものさしを使い続けていると、ある問題が起きます。

それは、自分の感情が置き去りになってしまうこと。本音を抑えたり、本心をみないようにしたりしているうちに、自分を大事にする気持ちや自尊心が次第に削がれていくのです。

クリニックを訪れる患者さんも、このものさしで物事を判断している場合が多く、好き嫌いをはじめとした自分の感情がわからなくなっているケースがあります。

ですから、上司との関係がこじれている方に「その上司が好きですか? 嫌いですか?」と質問しても、「さあ、よくわかりません」と困惑顔です。

しかし、「上司の言葉に対して、どう思いましたか? むかつきませんでした?」と尋ねるとハッとした表情になり、「あ、ムッとしました」という答えが返ってきます。

つまり、「感情」に一歩踏み込んだ質問をされてはじめて、自分の気持ちに気づけるのです。

「感情」と「事実」を切り分けて考える

謙遜さんも多かれ少なかれ、似たようなものさしで物事を判断している可能性があります。ですから、本心を抑えつけているものさしを手放し、常に、自分が今「どう感じているか」に意識を向けていただきたいのです。

念のためにいうと、自分の好き嫌いやそのときの感情だけに集中すればいいというわけではありません。

今まで感情を置き去りにしがちだった謙遜さんが、自分の気持ちに意識を向けるのは大切ですが、同じくらい客観性も重要なのです。

ですから、物事を客観的にみるために、「感情」と「事実」を切り分けて考えましょう。

先ほどの例でいえば、まずは「私は今、この上司にイラついてるんだな」と自分の感情を認め、受け入れる。そして、「上司に叱られた」という事実を把握して、同じ事態に陥らないための改善策を考える。

このように、自分の気持ちに寄り添いながら、客観的に事実をみていってください。

「なんだかむずかしそう」と思うときは、「私は今、どんなものさしを使っているかな」と考えるだけで構いません。そうすれば、「いい・悪い」のものさしを手放し、自分の気持ちにフォーカスできるようになるでしょう。

他人ではなく、自分の「好き」を基準に選ぶ

次のヒントをお話しする前に、ひとつ質問です。

新しい洋服を買うとき、あなたはどんな基準で選んでいますか? 「SNSや雑誌で話題になっている服」や「一般受けしそうな服」を選んではいませんか?

もしそうだとしたら、この機会にその基準からは卒業しましょう。謙遜さんから脱却したければ、服選びの基準はひとつ。「自分の好きな服」です。

「なぜ、服選びと自分をほめることと関係があるの?」と不思議かもしれませんが、両者には深い関係があります。

自分が着る服なのに、流行りの服や万人受けする服を選んでいるとしたら、その背後には「人と比べて流行の先端にいっていたい」「人から評価されたい」「みんなと同じでなければいけない」「目立つのが怖い」という思いがあるのです。

それは、自己評価の基準が「他者との比較」や「他者からの評価」になっている、つまり「他人軸」で自分をみている証拠です。

もちろん、服選びはひとつの例にすぎません。なにかを選択する際に、謙遜さんは、自分の好みや希望よりも「人からどうみられるか」「人と比べてどうか」を基準にしがちな傾向があります。

しかし、そんな行動基準は、遅かれ早かれ行き詰まります。

価値観や美意識、判断基準は人それぞれ。時代や環境によっても、人の評価は変わってきます。結局、周囲を基準にして行動する限り、常に人の反応を気にしているわけですから、自己評価はどんどん下がっていきます。

だからなにかを選ぶときには、「自分自身」を基準にする。自分が好きな服を着て、食べたいものを食べ、自分が行きたい場所に行って、一緒にいたい人といることが大切なのです。

本当に自分が飲みたいもの、食べたいものを選ぶ


ちょっと想像してみてください。自分の好きな服を着て過ごす毎日は、とても心地いいと思いませんか?

そして、そんな選択ができる自分は最高だと思いませんか?

自分の好きな服がわからない人は、普段の飲み物や食事などで、本当に自分が飲みたいもの、食べたいものを選ぶことからはじめましょう。すると、「好き」を選ぶ感性が磨かれていきます。

無理のないところから「好き」を選んでいくと、自分を大切に思う気持ちがどんどん高まっていくはずです。

(田中 遥 : 医療法人ベスリ会理事長・ベスリクリニック院長・心療内科医・産業医)
(加藤 紘織 : 保健師・看護師)