京都市南区にある「おたべ本館」(写真:筆者撮影)

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おたべ本館の工場見学。次から次へとおたべが流れてくる(写真:筆者撮影)

モチモチした皮にあんこが包まれた、生八つ橋の「おたべ」が次から次へと流れてくる――。

これは株式会社美十(びじゅう)の「おたべ本館」工場見学で、実際に見ることができる光景だ。

京都のお土産として、日本人のみならず、外国人観光客にも人気の生八つ橋のおたべ。製造する美十は、数ある八ッ橋メーカーの中では後発組だが、生八つ橋の量産化に成功した企業でもある。

無料・予約不要で工場見学ができて、出来たての生八つ橋が味わえるのはこの「おたべ本館」だけだ。

おたべ誕生のきっかけ

工場見学の話の前に、八ッ橋の歴史に触れておきたい。

八ッ橋の歴史は、江戸時代にまで遡る。

最初に誕生したのは、「(焼き)八ッ橋」だ。

江戸時代の商人が音楽家である八橋検校(やつはし けんぎょう)を偲び、琴の形をモチーフにしたお菓子を売り始めたのがはじまりだと言われている(※所説あり)。

たちまち京都中に広がった八ッ橋は、多くのお店で売られるように。その後、純喫茶を営んでいた酒井清三氏(美十の初代社長)も、八ッ橋の製造に乗り出そうと考えた。

【写真18枚を見る】出来立てのおたべが次々と流れてくる、工場内部をのぞいてみよう

そこで手始めに他店と同様に、焼いた八ッ橋を販売。しかし、それでは差別化を図ることはできない。他店では焼いていない柔らかい生地の生八つ橋もあったが、それでは量産化が難しい。

清三氏とその息子の英一氏が「ほかにはない八ッ橋を売れないか」と考えて浮かんだのが、おたべだった。


「八ッ橋」と「生八つ橋」の違い(写真:美十提供)

おたべが発売される前に、他店で販売されていた生八つ橋は、上生菓子のようなお菓子で、量産は難しかった。そこで、おたべにはある工夫が施された。

おたべはなぜ三角形なのか?

簡単にたくさん製造できるように、生八つ橋にあんこを折りたたんだ、シンプルな三角形の形にしたのだ。ちょうどおたべが発売された当時は、高度経済成長期で旅行者が増えたタイミング。お土産需要が期待されるタイミングで、生八つ橋の量産化にこぎつくことができた。


三角形の形をしたおたべ(写真:美十提供)

ちなみに、現在の社名である「美十」は、冒頭でも触れた通り、清三氏が最初に事業を興した純喫茶の店名に由来している。

造り酒屋や綿布問屋、染屋、時計店など数々の職を経験した清三氏は、29才のときにクラシックレコードが聴けるアール・デコ風の純喫茶「美十」を開業。戦争の影響を受け、残念ながら1945年に閉店を余儀なくされたが、その翌年には京都の河原町六角で、菓子小売店を開業。現在の美十の製菓事業につながっている。


純喫茶「美十」時代の店内の様子(写真:美十提供)

美十は今では幅広い事業を展開している。生八つ橋の「おたべ」やバームクーヘンの「京ばあむ」といった主力商品のほか、いなり寿司専門店「釣狐」や、東京駅限定でクッキーやラングドシャを販売する「MIYUKA」、国産小麦にこだわった高級食パン「別格」などの製造・販売、カフェの運営なども行う。


釣狐-大阪国際空港(伊丹空港)店の九条ねぎ蕎麦定食 1300円(税込)(写真:美十提供)

テーマパーク向けなど他社ブランドとして販売するOEM商品の製造にも力を入れているため、案外気づいていないところでも美十の商品に触れているかもしれない。

無料で楽しめる工場見学

近鉄京都線の十条駅から徒歩10分の場所にある「おたべ本館」では、実際に美十の主力商品である、おたべの製造過程を見ることができる。

2005年の本社工場建て替えと同時に、「実際に製造工程を見てもらい、親しみを感じてもらいたい」「地元の人にも来てもらいたい」という想いで美十の工場見学は始まった。


京都市南区にある「おたべ本館」(写真:筆者撮影)

工場見学は、無料で予約不要。館内のスタッフに声をかけると、見学の案内をしてくれる。早速工場の中に入ると、わくわくする光景が広がっていた。

中に入ると、ガラス越しに、おたべの生地の成型から箱詰めまでの製造工程を眺めることができる。原料や生地の投入、目視検品は人の手によるものだが、成型、包装、箱詰め、印字はすべて機械化。工場では多い時で1日10万個のおたべが製造される。

製造工程を見てみよう

機械が生地の端を器用につまんで、綺麗に三角形に折りたたんでいく様子は、思わず見とれてしまいそうになる。


ガラス越しに製造工程を見ることができる(写真:筆者撮影)


おたべに挟まるあんこが流れてくる(写真:美十提供)


次から次へともちもちのおたべが流れてくる(写真:筆者撮影)


箱詰めされるおたべ(写真:筆者撮影)

筆者は何度かここを訪れており、工場の変化も感じている。その1つが、包装作業の工程の変化だ。おたべは2020年にトレー包装から、個包装へと変わった。最初に訪れた際には手作業でトレー包装が行われていたものの、個包装化されたタイミングで、この工程も機械化されるようになった。


個包装化されたおたべ(写真:美十提供)

美十が個包装を始めた時期は、偶然にも、新型コロナが流行しはじめたタイミングと重なった。個包装というスタイルは、感染を避けたい消費者の需要ともマッチしたようだ。

コロナ禍の観光客減少や外出控えで、美十のお土産やテーマパーク向け商品の売り上げは激減。一方、スーパーなどの地方銘菓特集や通販で購入が広がり、「自宅でもおたべを通して旅行気分を味わってもらえたのではないかと感じています」(広報担当松本典子さん)。観光客が戻ってから、美十はコロナ以前を超える売り上げを維持している。

出来立てほやほやのおたべを試食

「おたべ本館」工場見学のいちばんの魅力と言っても過言ではないのが、できたてホヤホヤの「おたべ」の試食体験だ。

新型コロナの影響でしばらくの間休止していたが、2024年5月から再開された。

「目の前で作られている様子を見たあとに食べる特別感」と、「工場に来たからこそ味わえる出来たて食感」で、お腹も心も満たされる。

ちなみに、おたべ本館では、おたべの手作り体験を楽しむこともできる(別途有料・事前予約制)。

「おてがるおたべ体験」(所要時間30分)では、生八つ橋の生地にあんこを包む体験ができる。空き次第では、当日すぐに体験可能。年齢制限がないため、小さな子どもも参加できる。1人800円で、3つのおたべが貰えるうれしいお土産付きだ。

より本格的なおたべ作り体験コース、「おたべ体験道場」もある。小学校5年生以上が対象年齢で、生八つ橋の生地作りから、三角形のおたべに仕上げる工程まで、本格的な手作り体験が楽しめる(所要時間は1時間ほど)。こちらは事前の予約が必要だ。1人1200円で、「おたべ」の原料にも使われている福井県の瓜割の滝のお水1本(500ml)が貰える。

「おたべ本館」の1階には売店もある。


おたべ本館の売店(写真:美十提供)

八ッ橋や生八つ橋のおたべはもちろん、焼き菓子などを含む約50種類の商品が販売されている。

意外に人気な「本館スフレサンド」

売れ筋はにっきと抹茶のおたべだが、夏の時期(5月上旬〜8月末頃)には、わらび餅仕立てのぷるぷるとした「夏のおたべ」が販売される。


夏のおたべ 8個入799円(税込)(写真:美十提供)

さらには、意外な人気洋菓子商品も。「本館スフレサンド」は、しっとりとした軽い食感のスフレ生地に、やさしい酸味のチーズクリームをサンドした生菓子。おたべ本館でしか手に入れられない商品だが、常連客や、従業員の中にもファンが多い人気商品だそうだ。「おたべ本館」なのに、ここだけの限定商品が、洋菓子の「本館スフレサンド」というのも面白い。


本館スフレサンドは194円(税込)(写真:美十提供)

最近では、より多くの人に楽しんでもらえるよう、さまざまな企画も実施。2024年8月には、普段は入ることができない製造現場の内部や、パティシエから直接教わるお菓子作り体験など、ユニークな企画を数々実施し、来場者にも好評だったようだ。広報の松本さんによると、また同様のイベントの開催も検討しているという。

一味違う京都観光を楽しめる

元々は、地元の人たちに楽しんでもらいたいと始めた工場見学。今では全国各地から多くの人が訪れるようになった。

「来館者は、コロナ禍前を上回る堅調な状態です。以前はバスツアーで立ち寄られる比較的年齢層の高い団体のお客様が多かったのですが、コロナの影響でバスが減少したこともあり、グループ単位での修学旅行や、一般の乗用車で来店されるファミリー層が目立つようになってきました。atelier京ばあむ(京ばあむの工場)と一緒に楽しまれる方も多く、お客様の年齢層が広くなった印象です」(松本さん)

今後の目標は、外国人観光客にも沢山訪れてもらうこと。清水寺や嵐山などの京都の人気観光スポットとは異なり、おたべ本館のエリアは外国人観光客が比較的少ない。外国人観光客も楽しめるプログラムを考えているという。

これから紅葉が美しくなる京都。お寺巡りもいいが、おたべの工場見学で、一味違う京都観光を楽しんでみてはいかがだろうか。

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工場見学の注意事項

・営業時間内であっても、時間帯や製造の都合により工場の稼働が終了していることがあります。また、まれに試食を提供していない場合もあります。

・団体で来館する場合は、バスの駐車台数に限りがあるため、事前に問い合わせる必要があります。

(丹羽 桃子 : 工場見学マニア・ライター)