ドンキが「ブルーノ・マーズ」CMを流す深い理由

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世界的アーティストであるブルーノ・マーズが出演するCMが話題のドン・キホーテ。突拍子もない展開に思えるが、実はPPIHは、地道に訪日客向けの戦略を行なってきた背景がある(筆者撮影)

「驚安の殿堂」として知られるドン・キホーテのCMが話題である。

なんと、世界的シンガーのブルーノ・マーズが出演しているのだ。グラミー賞を14回も受賞した彼が、日本の企業、しかも、あの「ドンキ」のCMに出ているということで話題を呼んでいる。

「ニセモノかと思ったら本物出てて吹いた」

「やべ、ドンキ行くわ」

「世界的歌手のブルーノ・マーズ連れて来れるってすげーな」

など、SNSでは連日反応の声が絶えない。

ドンキといえば、やけに長い商品名で知られるPB「情熱価格」にも代表されるように、どことなく「ふざけてるの?」と言いたくなるような経営戦略でおなじみ。今回のブルーノ・マーズ起用も、ある意味、ネタ作りの「ちょっとした思いつき」だと思う人もいるかもしれない。

しかし、これ、ただの思いつきではない(そりゃ、思いつきで何億円ものギャラを払えない)。そこには、現在のドンキが目指す深い方向性が刻まれている。

ブルーノ・マーズのCMはこんな感じだ

ブルーノ・マーズのCMを見てみよう。

【画像12枚】「ニセモノかと思った」「よく連れて来たな」 話題のドンキ「ブルーノ・マーズ」CMはこんな感じ


ドンペンをバックに動画は始まる(画像はmajicaアプリからの引用)

まず、いきなりブルーノが出てくる。彼はサングラスをかけ、「Japan」と描かれたスカジャンを着ていて、「ドンキイクヨ」と歌う。歌詞という歌詞はなく、とにかく「ドンキイクヨ」という言葉がブルーノの低い声でリピートされる。


みんなでドンキに入っていく(画像はmajicaアプリからの引用)

その間、映像ではブルーノがダンサーの女性たちとドンキに入り、店内をダンスしていく。この店舗は渋谷店。インバウンドの需要がきわめて多い店舗の1つだ。


よちよち歩くドンペンとダンス?(画像はmajicaアプリからの引用)

映像の中には、ドン・キホーテのマスコット、ドンペンも。ブルーノとドンペンが、一緒に通路を歩いてやってくるのだ。ドンキファンにとっては夢のような瞬間だと言わざるを得ない。


エモい…!外国人が思う「ネオトーキョー」感にあふれている(画像はmajicaアプリからの引用)

しかもブルーノ、ドンペンのよちよちした歩き方を真似していて、これがめちゃくちゃ可愛い。これだけでも見る価値がある。

これまでもブルーノの曲が日本企業のCMで使われることはあった。しかし、実際に本人が出演したことはない。なぜ、ドンキのCMへの出演が決まったのか。これには、ブルーノが大の親日家であること、中でも大のドンキ好きであることが大きい。ブルーノにとってみれば大好きなドンキのCMを、ということで心良く引き受けたのだろう。

これはもちろん、ドンキにとっても嬉しいこと。というのも、ドンキが現在目指している方向に、またとなくマッチする人選だったからである。

ドンキを「日本で立ち寄るべき場所No.1」にする

これを紐解くために、ドンキを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の最新決算を紹介しよう。

大前提として、PPIH、業績がとても好調である。35期連続増収という、日本企業としては他に類を見ない成長ぶりなのだ。8月16日に発表された、2024年6月期の決算では、売上高が2兆0950億円と、初の2兆円を突破。小売業では4位となった。

そんな今期の成長を支えた要因の1つが、インバウンド需要である。

ブルーノのCMにも登場した渋谷のドンキに行ってみると、店内の多くに外国人観光客がいる。商品がぎっしり詰め込まれ、訳のわからないモノから日用品までさまざまに置いてある(中にはアダルトグッズも)ドンキに、日本らしさを感じ、一つの観光名物になっているのだ。

こうした現状に対して、ドンキ側も対応策を考えている。特に今回の決算資料では、インバウンドに対する方向性が明示されている。

PPIHはインバウンド対策として「ドンキでしか得られない買い物体験」を外国人観光客に体験させることを目指し、ドンキを「日本で立ち寄るべき場所No.1」にしていくと明言する。

PPIHはどんな「改善」をしている?

この目標を達成するため、「旅マエ戦略」「旅ナカ戦略」「旅アト戦略」を拡充するのが今後の方向だ。

「旅マエ戦略」では、マーケティング戦略を強化して、日本に来る前からドンキへの来店動機を高める。SNSを用いたプロモーションや、航空会社との連携などを拡充していく。

また、「旅ナカ戦略」では、ドンキ特有の「圧縮陳列とPOPの洪水、店舗ごとに違う演出やレイアウトなど、他小売店にはない珍しさに時間消費してしまう店内観光体験」の深化が強調されている。

そして「旅アト戦略」としては、観光客が帰国後に現地の家族や知人などにドンキをすすめることで、ドンキの認知度を高めることが目指されている。こうしたインバウンドの感想を拾い上げるため、日本国内向けにリリースされている「majicaアプリ」の訪日観光客向けバージョン「マジカグローバル」もリリースされる予定だという。マジカグローバルでは、訪日観光客からの口コミなどを集め、それを基に店舗を改善し、訪日観光客が何度でも訪れたくなる店を作っていく。

こうした来訪客への調査は、すでに行われていて、決算資料では「免税実績No.1商品」として「ベイク クリーミーチーズ」が挙げられている。「抹茶」でも「桜」でもないのだ。なんでも「暑い国でも溶けにくい」ことから、タイや台湾、韓国で大人気なのだという。これは、実際に顧客に聞いてみないことにはわからないことだろう。ドンキが本気でインバウンドの人々の好みを調査し、それに対応しようとしているのがわかる。

ドンキはインバウンドによる営業利益の目標として、今期は1750億円を掲げている。前期をさらに上回る目標を立てているのだ。

つまり、ドンキはインバウンド需要をさらに拡大させ、世界的な観光地としてドンキを成長させようとしている。そのとき、世界的ミュージシャンであるブルーノ・マーズをCMに起用すれば、世界に向けたアピールはばっちり。このキャスティングは、現在のドンキの方向性にぴったりなのだ。


一見シュールなCMだが、背景には地道かつ堅実な、対訪日客の戦略がある(画像はmajicaアプリからの引用)

もちろん、こうした起用の裏側には、ブルーノが、ドンキの熱烈なファンだったという偶然もあっただろう。しかし、こうしてみると、ドンキの「ちょっとした思いつき」に見える戦略の数々は、実はかなり理知的かつ合理的である。

そもそも、ドンキは店の雰囲気とは異なり、かなり堅実かつ地道な改善を重ねてきた企業でもある。ドンキについての著作もある坂口孝則は、PPIHの広報に話を聞くと「『普通のことを普通にしただけです』といった当たり前の話しか聞こえてこない。ドン・キホーテのイメージは、むしろ過激で危うい感じがある。ただ、実際には常識的で、そして“つまらない”のだ」と書いている。筆者もドンキに関する著作を持っており、相応の取材をしてきたが、まさに同じ感覚である。

関連記事:訪日客が「ドン・キホーテ」に必ず足を運ぶ理由 最新決算に驚愕!DQNの店から「みんなの店」に

こうした地道な改善にはどのようなものがあるか。例えば、坂口も紹介しているが、majicaアプリの中にある「マジボイス」というサービス。これは、発売済みのPB商品に対して、アプリを通じて顧客から「ダメ出し」を募集するもの。これによって、商品を少しずつ改善させていき、店舗に再投入する。

やっていることは典型的なPDCAサイクルを回しているに過ぎない。しかし、その着実な積み重ねがなされている。この仕組みのおかげもあって、今やドンキのPBは売上高2461億円を稼ぎ出すまでになっている。

さまざまなところで見られる「ドンキの堅実さ」

「改善」の仕組みは、もっと大きな店舗単位でも同様だ。特にドンキの場合、閉店した他店舗の什器などをそのまま活かして新規開店を行う「居抜き」に積極的で、スーパーマーケットやパチンコ店、果ては屋内型テーマパーク施設など、さまざまな施設を居抜きしてきた。

居抜き出店のメリットは、低コストで出店が可能、かつ、出店スピードを早められることにある。短期間でPDCAを回すドンキにとって居抜き出店は都合がいいのだ。


かつてあった、秘宝館を居抜いたドンキ石和店(筆者撮影)

また、逆に撤退が早いこともドンキの特徴だ。例えば、かつて存在した神保町店などは、わずか数カ月で撤退した。その地域の需要になかなか応えられないことがわかったからだろう。このように、「マジボイス」に限らず、顧客からの反応を見て、素早くそれを基に改善を加えていくのが、ドンキの一面なのだ。なにも、思いつきで派手なプロモーションをやっているだけでない。

あるいは、細かい取り組みになると無数にある。

例えば、2024年の4月、ドンキではレジ打ち業務の一部に椅子が導入された。特にインバウンドが活況な店舗では免税レジの列が途切れることがなく、従業員が立ちっぱなしになってしまうため、従業員の負担が多くなっていたのだ。そこでレジに椅子が導入され、職場環境の改善に役立っているという。

これも大きな意味では、インバウンド店舗の改善につながっているだろうし、PPIH全体の「細やかな改革」がよく現れている一例だろう。

「まじめにふざける」ドンキはどうなっていく?

こうして、一見すると派手で猥雑なイメージを持つドンキだが、その裏では堅実な改革を進め、35期連続増収を果たしてきた。その企業としてのあり方は、まさにブルーノ・マーズのCMに現れている。

一見すると、「ネタか?」と思われる一方、そこにはインバウンドに向けた着実な戦略がある。その二面性がおもしろい。それは、いわば「まじめにふざける」ことを地でいっているのかもしれない。


そういえば、PPIHといえば、現会長・安田隆夫氏の息子・安田裕作氏が取締役に就任することも話題。というのも、裕作氏、22歳なのである。東証プライム上場の企業が20代を取締役にするのはきわめて珍しい。

将来的に経営者になるには、まだ何年もかかるだろうが、この発表には、「結局、同族経営なのか」や「先行きが不安」という声も出ている。また、ブルーノ・マーズのCM同様、ある種の注目集めだと思われている節もある。

しかし、もちろん狙いはある。PPIHの取締役会は、20代を中心とする若い世代の感性を取り込むための方策だと説明し、今後のドンキ利用者層を見据えた上での策であることが明らかにされている。この決定も、ある意味で「まじめにふざける」ドンキの一つの現れなのかもしれない。

小売業の様々な固定観念を壊してきたPPIH。CM戦略や人事戦略を含め、これらの「まじめにふざける」戦略がどうなっていくのか、注目だ。

【画像12枚】「ニセモノかと思った」「よく連れて来たな」 話題のドンキ「ブルーノ・マーズ」CMはこんな感じ

その他の写真


渋谷店の中のインバウンドコーナー(筆者撮影)


浅草店の中のインバウンドコーナー(筆者撮影)


浅草店は、店頭で「免税店」アピールが(筆者撮影)


踊るブルーノ(画像はmajicaアプリからの引用)


しっかりPB商品を選ぶブルーノ(画像はmajicaアプリからの引用)

(谷頭 和希 : チェーンストア研究家・ライター)