西島秀俊のハリウッドデビュー作は「Apple TV+」で配信。日本の有名実力派俳優が脇を固める(画像:Apple TV+『サニー』より)

西島秀俊がハリウッドデビューしていた。

西島が謎のロボット研究者を演じるダーク・ミステリー『サニー』(全10話、Apple TV+)は7月10日から9月4日まで毎週水曜日に1話ずつ配信しており、8月28日には第9話が配信される。物語はいよいよ佳境を迎えているところである。

ハリウッドも西島の資質をよくわかっている

カンヌ国際映画祭4冠、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』で世界的に注目されている西島が海外での活躍を視野に入れて、22年もの間所属していた事務所から独立を発表したのは今年5月のことだった。

ハリウッド大手で、トム・クルーズやブラッド・ピットらが所属するタレントエージェンシー・CAA(クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー)と契約した最初の勝負作としては、『サニー』は悪くない。

西島が演じるマサは、アメリカ人のスージー(ラシダ・ジョーンズ)と結婚し京都で暮らしている。あるとき息子をつれて北海道に向かったところ、飛行機事故で息子共々消息不明になる。彼は妻に「サニー」という新型家庭用ロボットを残していた。

電子機器メーカー・イマテックで冷蔵庫の開発事業を行っていたはずのマサがなぜ、ロボットを作っていたのか。一連の謎の背後には犯罪組織の存在や、ロボットのプログラムを書き換える「ダーク・マニュアル」の存在が……。妻を混乱に陥れる謎を秘めた人物・マサは、公安刑事などをよく演じている西島にぴったり。ハリウッドも西島の資質をよくわかっているようだ。

西島演じるマサは、ある事情でしばらく家に引きこもっていたところ、京都のラーメン店でスージーと出会い、意気投合して結婚。男子をもうけ、仲睦まじく暮らしていた。息子の保育園にバイク(サイドカー)で迎えにいくようなイクメンぶりも発揮していたが、じつは愛妻に本当の仕事をひた隠していた。

マサが開発したらしいロボット・サニーを、スージーは当初毛嫌いしていたが、次第に打ち解けていき、ひとりと一台で協力して夫の秘密を探っていく。

ロボットがソフトバンクのペッパーくんの印象をもっとやわらかくした感じで、スージー共々、見ていて徐々に愛着が湧いてくる。かわいい顔とちょっと邪悪な顔になるときなど表情の変化が楽しい。

後半戦、第8回まで見た時点で、マサが引きこもっていた理由とロボットを作ることになった経緯がわかってくると、なるほどなるほどとナットクの展開である。このナットクの登場人物の過去が、現在、未来にどう作用していくか、まとめどころに期待が高まる。


意外とかわいい? ロボット・サニー(画像:Apple TV+『サニー』より)

西島秀俊のほかに出演する「豪華俳優陣」

原作は、日本在住のアイルランド人作家コリン・オサリバンによる小説『ダーク・マニュアル』とあって、へんなことにはならないと思われる。いや、日本の低予算、短時間でつくったドラマではないから、原作なしのオリジナルであってもヘタは打たないと思うのだが(日本のオリジナルに不信感が募る昨今です)。

製作しているのは、世界的に注目されている製作・配給スタジオ「A24」。“やばい”と日本でも話題になった『ミッドサマー』(2019年)が記憶に新しいが、第89回アカデミー賞作品賞に輝いた『ムーンライト』(2016年)や、同ノミネートの『レディ・バード』(2017年)など攻めた作品を手掛けている。

『ミッドサマー』を思うと、舞台は近未来の京都で、主題歌は昭和歌謡、主人公は夫の謎を追う日本語の話せないアメリカ人(製作総指揮も兼務するラシダ・ジョーンズ)と『サニー』が一風変わっていることにも説得力がある。単に間違った日本――しかも京都を描いた海外市場を狙った作品ではなさそうだ。

西島のほかに、ジュディ・オング、YOU、國村隼など、日本人でも注目せざるをえない名優たちが重要な役で出演しているのだ。今年3月、惜しまれつつなくなった寺田農も印象的な役で出演していて、追悼メッセージもクレジットされている。

ジュディ・オングはマサの母親ノリコ役。京都の古く裕福な家に生まれた人物で、はんなり京都ことばを話す。異国人の嫁にはちょっと厳しい目を向けるイケズさも。國村はロボット工学者タナカユウキ。知性的だがどこか食えないところのあるくせ者。YOUは京都のやくざの組長(寺田)の娘ヒメで、父の跡を継ぐつもりだが、周囲には敵もいて……といういわゆるやくざ映画の抗争的な環境に身を置いている。


ヤクザの娘役で出演するYOU(画像:Apple TV+『サニー』より)

國村は『ブラック・レイン』、YOUは『誰も知らない』など海外でも馴染みのある俳優であろう。西島は『ドライブ・マイ・カー』がある。日本でも知らない人のいない有名俳優であり、海外でも知られた日本人俳優とは最強である。

感心するのは、西島と國村とジュディ・オングは英語セリフを流暢に語っていることである。やっぱり、ハリウッド大手と契約するだけあって英語でセリフを話すのは当然の前提なのかもしれない。

日本語と英語(日本語字幕)バージョンがあるので、好みのほうを選択できるのでご安心を。だが、國村の英語が吹き替えかと一瞬思うほどイケボなナレーションもあって、英語バージョンもおすすめである。


流暢な英語を披露し、視聴者を驚かせた國村隼とジュディ・オング(画像:ジュディ・オング公式Xより)

京都舞台なのに、ラーメン屋が「一蘭」

欧米が作る日本を題材にした作品はとかく、日本への間違ったイメージが先行しがちで、日本人には違和感が拭えないことも否めない。

昨今は、真田広之がプロデュースした『SHOGUN将軍』が誤解を埋めるべく尽力しているように感じるが、『サニー』の描く日本・京都はロボットの活躍する近未来とはいえ、やっぱりちょっとヘンテコである。

京都ロケも行っていて、おなじみ五重塔から、祇園の町並みや1960年代の近代建築を代表する国立京都国際会館(大谷幸夫設計)でのロケも敢行しているのだが、夜の祇園が歌舞伎町とごっちゃになっていませんか? というようなところもあって気になるといえば気になる。ラーメン店が福岡に本店がある一蘭であるのもあえてなのか。

ただ、『ブレードランナー』(1982年)リスペクトのような、近未来東京ならぬ近未来京都のような、レトロフィーチャー的なセンスは悪くはない。銭湯やあやしいガジェットショップなどは絵になるし、マサの乗ったバイクがサイドカーなのは無駄にかっこいい。YOUの着物姿もエキゾチックである。

渥美マリの『好きよ愛して』は毎回聞いているとなんだかハマるし、なつかしすぎる『子連れ狼』のイメージソング(「しとしとぴっちゃん」のフレーズが印象的)などがかかって、なんともいえないノスタルジックなムードを醸す。登場人物たちの造形にはコーエン兄弟やデビッド・リンチのようなセンスも感じる。

マサの妻・スージーを演じる俳優は馴染みがないが、日本だと水川あさみが演じそうな雰囲気で、スージーとバディのようになる見習いバーテンダーのミクシー(シンガーソングライターのアニー・ザ・クラムジー)もやっぱり馴染みはないが、見ているうちに慣れてくる。


主人公マサを演じる西島秀俊と妻・スージーを演じるラシダ・ジョーンズ(画像:Apple TV+『サニー』より)

「Apple TV+」の認知度は低いが…

なにより、先述した西島が、いつの頃からか身につけた、日本映画やドラマで見る公安刑事的な寡黙で無表情で物静かな人物しぐさとは違う、表情を生き生きと大きく動かしている場面もあって、新鮮なのだ。おそらく、日本では限界のある表現を海外に世界を広げたときに出すことができるのではないだろうか。

見るほうとしても、違う視点を提示される喜びはある。京都への視点も、マサたちが暮らす京町家の捉え方など、新鮮ではある。こんな家に住みたい。

馴染みがないといえば、最も問題なのは、配信プラットフォームがApple TV+であることだろう。NetflixやAmazonプライム、U-NEXTなどと比べるとまだ浸透していない。先日、韓国ドラマ好きの行きつけの美容師さんと話したときもApple TV+の認識がなかった。

だからこその西島、國村、YOU、ジュディ・オングに京都、見やすいダークミステリーなのだと思うのだが。なにより、1話が1時間ない、35分くらいなので見やすい。15分じゃ短いし1時間じゃ長い。ほどよい感じで続きを楽しみに筆者は見ている。

昨今、俳優もスタッフも続々と地上派ドラマから配信ドラマへと軸足を移していて、見たいドラマの数は増える一方である。俳優にとっても海外の視聴者との出会いによって自身の可能性を広げる絶好のチャンスであろう。

(木俣 冬 : コラムニスト)