大阪王将が「町中華」を別ブランドで出す深い意味
様々な背景で、密かに衰退している「町中華」。持続可能な形で文化を残すべく、工夫を凝らした「町中華」運営を行う企業も出てきている(筆者撮影)
「大阪王将」で知られる、株式会社イートアンドホールディングスが、新たなる「町中華」業態に本格的に取り組み始めています。町中華が衰退するなかで、なぜこのような取り組みをしているのでしょうか。ラーメンライターの井手隊長さんがレポートします。
先日、筆者は東洋経済オンラインに、ー突如閉店「メルシー」店主に聞いた本当の"真相" タモリも愛した早稲田の老舗ラーメン店に一体何がーと題した記事を寄稿した。6月29日に、突然閉店を発表した早稲田の老舗町中華「メルシー」に、閉店の裏側を取材したものだ。
この記事は結果として多くのPVを集め、筆者としても注目度の高さを実感したが、一方で、町中華は全体として減少のトレンドにある。
チェーンが手がける町中華
帝国データバンクが今年1月に発表した調査によると、2023年(1〜12月)の飲食店事業者の倒産は768件発生し、過去最多の水準となっている。そして、そのうち14.2%を占めるのが「中華・東洋料理店」(109件)である。「町中華」はまさにここに当てはまる。
町中華が消えていく背景には、以下のような、複数の要因がある。
(1)「家業」という考え方が薄れ、子供に継がせたがらない店主が増えた
(2)コロナ禍での環境の悪化
(3)物価高が進む一方で、「昭和価格」を求められる
町中華は町のソウルフード的に愛されている。昨日まであった町中華が町から急になくなり、それを嘆く常連客は数多い。もちろん次世代に継承できる店もあるだろうが、日本全体で見れば町中華というジャンルが大きく廃れていく懸念がある。
【画像9枚】「炒飯は調理ロボも活用」「名物・肉玉炒飯はSNSで何度もバズる」…。「新御茶ノ水 萬龍」2号店の様子はこんな感じ
そんな中で、「大阪王将」で知られるイートアンドホールディングスグループが面白い動きを展開している。同社にて、ラーメン事業を手がける株式会社一品香が、町中華「新御茶ノ水 萬龍」の2号店をオープンした。場所は、2024年6月24日にオープンした東京ドームフードホール「FOOD STADIUM TOKYO」内だ。
こちらがその外観(筆者撮影)
同グループの町中華のお店としては4店舗目で、チェーンが手がける町中華として注目が集まっている。今回はその飛躍の秘密やこだわりに迫ってみたい。
「テクノロジー×町中華」で活路を開く
いちばん最初のお店は、2019年10月に東京・恵比寿にリニューアルオープンした「大龍軒」だ。イートアンドグループとしては「大阪王将」という有名な中華ブランドがあるにもかかわらず、このお店は「大阪王将」とは全く別の町中華のお店としてオープンした。
「『大阪王将』は既にイメージが確立されています。そこで、新たな町中華ブランドを立ち上げて、それを一から育てていこうという選択になったんです」(一品香 代表・鳥生恒平さん)
「大龍軒」はオープン時から非常に売り上げ好調で、2020年4月には御茶ノ水に「萬龍」をオープンしたが、同時にコロナ禍に突入した。
面白いのは、チェーンが手がけているにもかかわらず、「大龍軒」の2号店にせず、別のお店として立ち上げたということだ。その後、3店舗目として2020年11月、東京・大塚に「幸龍軒」をオープンする。
「お店の名前はそれぞれ変えて、それぞれを個性ある町中華のお店にしようという戦略は初めから打ち立てていたものです。メニューや味づくりはある程度各店の店長に任せて、お店ごとの楽しみ方を作るのが町中華らしさだと考えました。チェーン店っぽくせず、あくまで町中華として楽しめるお店づくりがポイントです」(鳥生さん)
企業が手がけるメリットと、個店らしさを、うまく共存させようという試みだ。
「萬龍」の肉玉炒飯(筆者撮影)
とはいえ、「萬龍」はオフィス街である御茶ノ水のど真ん中でオープンしたため、コロナ禍の2〜3年間は売り上げの厳しい時期が続いた。近隣に住んでいるお客さんがその間を支えてくれた。
その後「肉玉炒飯」が地域の町中華のイベントで取り上げられ、しだいにSNSで話題になっていく。絵力のあるそのビジュアルはSNSに強く、その後『嵐にしやがれ』『マツコの知らない世界』でも紹介され一気にバズっていく。
「はじめは多店舗展開をする予定はありませんでしたが、予想以上の反響で店舗展開する決心がつきました。一時のブームで終わらず、お客さんのニーズが長く続いていくのを感じました。当然、『大阪王将』と比べると広がりづらいのですが、それをカバーするために調理ロボを導入することにしました。テクノロジー×町中華という形であれば展開ができるのではないかと活路を見出したんです」(鳥生さん)
東京ドームフードホール「FOOD STADIUM TOKYO」内にオープン(筆者撮影)
6月には「萬龍」の2号店を東京ドームシティ内の「FOOD STADIUM TOKYO」にオープンした。ここから「萬龍」という町中華のブランドをさらに強固にしていくという大きな決断だった。
職人の技術をコピーする炒め調理ロボット『I-Robo』を導入することによってクオリティが安定し、さらには人手不足の解消にもつながる。調理ロボと言っても、その腕を侮るなかれ。熟練職人の鍋さばきを様々な角度から研究し、加熱温度、加熱時間、フライパンの回転スピード、回転方向まで細かく調整、プログラミングし、コピーしているのだ。
昨今、チャーハンの人気が復活傾向にあるが、中華鍋を振るのは、肉体的な負担が大きい。職人不足や、職人の負担の軽減につながる意味で、ロボットの活用は、町中華という文化を残す一助になる可能性があるだろう。
“文化”として町中華を残す手法
これからも町中華のニーズは高まってくるとイートアンドは読んでいる。ショッピングセンター内にはまだ町中華のお店があまりないため、今後は路面店よりも商業施設内での展開を中心に考えている。
町中華らしさと、今っぽさがミックスされた内装(筆者撮影)
首都圏のショッピングセンターやフードホール、オフィスタワーの中など人の集まる施設に出店し、食事需要・飲み需要に応えていく。普段なかなか町中華に行けない女性や若者なども取り込めるというメリットがある。
東京ドーム店は坪月商100万円以上の売り上げを上げており、大変好調だ。
「『大阪王将』もエリアによっては町中華的に使われていますが、それがすべてのお店にハマるわけではありません。中華レストランとしての使われ方も多くあります。一方で「萬龍」は個人店っぽい広げ方を考えています」(鳥生さん)
メニューはこんな感じだ(筆者撮影)
調理については、「聘珍樓」出身の料理長が各店の店長に技術を教え、それをそれぞれの店長が各店のメニューに落とし込んでいくというやり方だ。あえて非効率なやり方をすることで、それぞれのお店の特徴が生まれる。
餃子やシュウマイなどはセントラルキッチンで仕込んで各店に配送しているが、なんと工場では1個ずつ手作業で作っている。手作りなのだ。すべてにおいて機械を取り入れるわけではなく、味や、職人の負担など、さまざまな観点からベストを選択していく形だ。
まさに「ネオ町中華」的な店づくり。老舗の町中華の事業承継は「大阪王将」が手がけているが、「萬龍」は“文化”として町中華を残す手法である。
餃子も、自慢の一品だ(筆者撮影)
「東京ドームシティもそうですが、こういったエンタメ感のある場所で町中華は求められると思います。価格も1人2000円台までいくとなかなか日常的にはなりません。
一方で、町中華は手軽に友達や家族で何品か頼んでシェアもでき、かつSNS的なエンタメ性もあります。我々も『萬龍』のブランディングを通してチャーハンの魅力を再認識しました」(鳥生さん)
ヤケクソ感から生まれた「肉玉炒飯」は看板メニューに
そんな「萬龍」の看板メニュー「肉玉炒飯」は、コロナ禍でのヤケクソ感から生まれた商品である。
「萬龍炒飯」より有名になった結果、ドドンと前面に出ている「肉玉炒飯」(筆者撮影)
酒類を提供できなかった時期に、とにかくお客さんに元気になってもらえる食べ物をラインナップしようとして生まれた商品なのだ。大盛りのチャーハンの上にふわふわの卵焼き、そして大量の豚バラを乗せ、横にはシュウマイを2つ添えた。
「こだわりのシュウマイを横に置いてしまうというヤケクソ感は、コロナ禍でなければ思いつかなかったと思います。『元気にご飯を食べよう』『ガッツリ食べよう』というシンプルなメッセージです。一見雑な感じの見た目ですが、見ただけで脳に響くウマそう感にこだわっています。お酒を出せなかったので逆にターゲットが絞りやすかったのも大きかったです」(鳥生さん)
中華には、ビールが欠かせない(筆者撮影)
日常食を中心に提供している会社としては、お酒をしっかり売ることが一つの大きな課題になっている。今後はお酒×町中華メニューをさらに追求していきたいという。
「人手不足、人口減少、仕入れの高騰など外食自体は今危機的な状況です。その中でお客さんに選んでもらえる店だけが残ると思っています。お客さんのニーズを細かく感じながら、さらにブランドを伸ばしていきたいと思います」(鳥生さん)
町中華が消えていくなかで、それを持続可能な形で残そうという、イートアンドグループの試み。「資本系だから」「機械を使っているから」という先入観で判断する時代では、もはやなくなっているのだ。
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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)