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「メタ認知」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「メタ」とは「高次の」という意味で、つまり認知(記憶、学習、思考など)を、高い視点からさらに認知することを指します。三宮真智子大阪大学・鳴門教育大学名誉教授によれば「メタ認知は自分の頭の中にいて、冷静で客観的な判断をしてくれる<もうひとりの自分>。活用次第で頭の使い方がグッとよくなる」だそう。先生の著書『メタ認知』をもとにした本連載で、あなたの脳のパフォーマンスを最大限に発揮させる方法を伝授します!

【書影】三宮先生が「頭」をよりよくする方法を伝授!『メタ認知』

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学習に不向きな環境には案外気づかない

私たちは、たとえ学習に不向きな環境であっても、慣れてしまえば、認知活動への負の影響をあまり感じなくなります。

たとえば、いつも騒がしい場所で勉強していると、それが当たり前になってしまい、騒がしさゆえに頭の働きが妨げられていることに気づきにくくなります。

このように、主観的には環境の負の影響を感じなくとも、実際には認知活動への妨害効果が生じている場合が多々あります。

ある研究では、ニュースの内容を覚えておいて後で問題に答えるというテストの成績が、空調音や会話音といった騒音によって下がることが示されました。しかも、同じ騒音であっても、人が会話をしている音声の方が単純な空調音よりも妨げになりやすく、よりいっそうテスト成績が下がることがわかりました*1。

根性を頼みに無理やり認知作業を続けても成果は望めない

さらに、学習に及ぼす空気環境や温度・湿度などの環境の影響を調べた研究もあります。

建築分野の授業での学習において、学習者の主観評価(空気環境が授業の理解度を低下させるかなど)と理解テストによる客観評価から、空気の汚れやよどみ、におい、ほこりっぽさといった空気環境の悪さ、そして不快な温度・湿度などが、主観評価にも客観評価にも悪影響を及ぼすことがわかりました*2。

温度や湿度と言えば、蒸し暑い日本の夏は、空調を使わない限り、頭がよく働かないことを多くの人が経験しているのではないでしょうか。

暑さで体温が上昇すると、体内の熱を外に逃がすために皮膚の血管が拡張し、汗をかきます。すると、血液の水分量が減り、血圧が下がって脳に送り込む血液量が減少してしまいます。その結果、頭がぼんやりして働きが悪くなるのです。

こうした場合、我慢は禁物です。根性を頼みとして無理やり認知作業を続けても、成果は望めないでしょう。

環境を改善することで、頭の働きをよくすることができる

さらにまた、頭の働きに対するにおいの影響を調べた研究があります。

連想を働かせる課題において三つのにおいの効果を調べたところ、好ましいとされるアーモンドのにおいを嗅ぐ条件の成績が最もよく、次に水のにおい(無臭)、酢酸のにおい(不快臭とされる)の順になっていました*3。

こうした結果から、騒音、温度、湿度、においなどの物理的・化学的環境が頭の働きを左右することがわかります。物理的・化学的な環境要因が望ましいものでない時には、頭の働きが阻害されることが多いのです。

私たちの身の回りには、こうしたネガティブな環境要因が、決して少なくありません。しかし、できる限り環境を改善することで、頭の働きをよくすることができます。

余計なものは片づけるに越したことはなさそう

なお、環境には、ここまで述べてきたような、外部からもたらされる環境に加えて、自分で作り出すものもあります。たとえば、机の上の環境です。

机の上が散らかっていると、作業効率は悪くなります。認知的な作業ではありませんが、作業効率を調べた次のような実験があります。

テーブルの上や周辺に雑多なものが置いてある条件(散らかっている)と、必要なもののみが置いてある条件(すっきり片づいている)とで、「(1)クリームと砂糖を入れたコーヒー、(2)クリームだけを入れたコーヒー、をそれぞれ一杯ずつ作る」という作業の中で生じるよどみを調べました。

作業の中で生じるよどみとは、途中で作業をまちがえそうになり、慌てて軌道修正するといったことを指しています。二つの条件を比べた結果、雑多なものが置いてある散らかったテーブルで作業を行った条件で、作業のよどみが多く発生していました*4 。

このことから、やはり作業環境は、すっきりと片づけておいた方がよいことがわかります。頭を使う作業についても、同様のことが言えるでしょうから、余計なものは片づけるに越したことはなさそうです。

「なんだか頭がうまく働いていないな」と感じた時には

これに加えて、考えなければならないこと、覚えておくべきことを頭の外に出してしまうということも、環境の活用と見なせるでしょう。

しなければならないことを覚えておくという記憶を「展望記憶」と呼びますが、多忙で、すべきことがたくさんある時には、そのうちの一つ二つをついうっかり忘れてしまいがちです。

頭の中の展望記憶だけでは忘れてしまいやすいため、その内容を頭の外に出すこと、つまり外化(見える化)が大切です。メモなどの外部環境を活用し、ワーキングメモリにかける負荷を少しでも軽減することによって、限りあるワーキングメモリを無駄遣いせず、有効活用することができます。

すべきことをリスト化したものは、To - Doリストと呼ばれますが、このそれぞれの項目に所要時間の見込みを書き加えることによって、優先順位を考慮した無理のない計画が立てられ、時間を有効に使えるでしょう。私たちの毎日の限られた時間も、貴重なリソースです。時間をうまくマネジメントすることは、認知資源の活用につながります。

実は、時間管理ができていることと大学の成績との間には、高い相関が見出されています*5。

つまり、時間管理がきちんとできている学生は、学業成績も高いということです。たとえ潜在的な能力が高くても、時間管理がうまくできていなければ、レポートの提出期限に間に合わなかったり、準備不足の状態でテストを受けなければならなかったりするため、十分な成果をあげることはできないでしょう。頭を上手に使って成果をあげるためには、外部環境を利用して時間というリソースをうまく活用していくことが必要です。

頭の働きは、私たちが考える以上に、環境からの影響を強く受けています。

「なんだか頭がうまく働いていないな」と感じた時には、一度環境に目を向けてみると解決への糸口が見つけられるかもしれません。環境を改善することで認知活動が改善される、というメタ認知的知識を心に留めておくことは役立ちます。


「なんだか頭がうまく働いていないな」と感じた時には、一度環境に目を向けてみると解決への糸口が見つけられるかもしれない(写真提供:写真AC)

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*1. 辻村壮平・上野佳奈子(2010)「教室内音環境が学習効率に及ぼす影響」日本建築学会環境系論文集、75, 653, 561-568.

*2. 金子隆昌・村上周三・伊藤一秀・深尾仁・樋渡潔・亀田健一(2007)「実験室実験による温熱・空気環境の質が学習効率に及ぼす影響の検討―学習環境におけるプロダクティビティ向上に関する研究(その2)―」日本建築学会環境系論文集、 72, 611, 45-52.

*3. Ehrlichman, H. & Bastone, L. (1991) Odor experience as an affective state : Effects of odor pleasantness on cognition. Perfumer & flavorist, 1, 16, 2, 11-12.

*4. 鈴木健太郎・三嶋博之・佐々木正人(1997)「アフォーダンスと行為の多様性―マイクロスリップをめぐって―」日本ファジィ学会誌、9, 6, 826-837.

*5. Britton, B. K., & Tesser, A. (1991) Effects of time-management practices on college grades. Journal of Educational Psychology, 83, 3, 405-410.

※本稿は、『メタ認知』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。