成功に近づくための楽観主義とは何か。行動経済学のコンサルティングを行う山根承子さんは「楽観的であればあるほどいい、と煽るビジネス書の教えを『正しかった』と結論付けるのは早計だ。人には自分事か他人事かにかかわらず、全体的に強い楽観がある。ある研究ではベンチャー起業家の楽観度合いが高いほど、収益や雇用の伸びが低いことを実証的に明らかにしている」という――。

※本稿は、山根承子『努力は仕組み化できる』(日経BP)の一部を再編集したものです。

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■「楽観的に考えるとうまくいく」は本当か

本書では、楽観的な人ほど病気になりにくく、たとえ病気になってしまったとしても治りやすい、という結果を紹介しています。この結果を見ると、やはり楽観主義は「お得」な感じがしてきます。

では、楽観主義は、成功とも関連しているのでしょうか。ビジネス書では、「楽観主義者はなぜ成功するのか」や「楽観的に考えるとうまくいく」という主張をよく見かけます。これは本当なのでしょうか。

ある研究者は、「楽観主義は赤ワインのようなものである」と述べています。「多過ぎると害だが、毎日少しなら健康にいい」という意味だそうですが、これはなかなか本質を突いているように感じます。

つまり、ポイントとなるのは楽観主義の程度で、ほどほどの楽観はいい影響を招きますが、行き過ぎると危険なものになるのです。

まずは健康について見てみましょう。本書では、楽観的なほどがん患者の死亡率は低くなり、心臓バイパス手術からの復活率も高くなることを紹介しています。

しかし反対に、楽観主義が悪影響を及ぼす例も知られています。それは、楽観主義が行き過ぎると、病気に罹患する確率を低く見積もるようになってしまうというものです。

■喫煙リスクを当人は低く見積もりがち

例えば、「自分が肺がんになる確率」を小さく考えてしまう傾向を明らかにした研究があります。

この研究では、喫煙者を集めて2グループに分け、1つ目のグループには「非喫煙者と比較して平均的な喫煙者が肺がんになる確率」を尋ね、2つ目のグループには「非喫煙者と比較して自分が肺がんになる確率」を尋ねました。

出所=『努力は仕組み化できる』

結果は図表1の通りで、「自分がなるリスク」は「平均的な喫煙者がなるリスク」よりも小さく見積もられることがわかります。「自分は大丈夫」という楽観が働いているのです。

この楽観が、肺がんの予防行動や治療態度に影響を及ぼすことは明らかでしょう。「自分は肺がんにならない」と思っている人が、日々の努力を要する予防行動を継続できるとは思えないからです。

なお、この研究では約55%の喫煙者が「自分が肺がんになるリスクは非喫煙者の2倍以下だ」と考えているのですが、日本医師会によると、喫煙による肺がんのリスクは、男性は約4.8倍、女性は約3.9倍になるそうです。

自分事か他人事かにかかわらず、全体的に強い楽観があるようですね。

■研究で明かされた「お花畑脳」

「自分だけは大丈夫」という思い込みは、病気だけではなく日常的なイベントについても起こります。しかもこれは、ネガティブなイベントを起こりにくく感じさせるだけではなく、ポジティブなイベントを起こりやすく感じさせる方向にも働くことがわかっています。

様々なライフイベントを羅列して、「同大学同性別の人と比較して、そのイベントが自分に起こる確率はどのくらいだと思うか」と尋ねた研究がわかりやすくて面白いので紹介しましょう。

このリストには「家を買う」「初任給が1万5000ドル以上になる」「80歳以上まで生きる」「仕事で表彰される」などのポジティブなイベントと、「アルコールで問題を抱える」「結婚後数年で離婚する」「肺がんになる」「大学を中退する」などのネガティブなイベントの両方が含まれていました。

この研究では、プラスに大きい数値であるほど「他人には起こらないだろうが、自分には起こるだろう」と考えているイベントになるように測定されていました。

結果はどうだったでしょうか。

出所=『努力は仕組み化できる』

「家を買う」は平均で44.3、「初任給が1万5000ドル以上になる」は平均で21.2という値だったのに対し、「結婚後数年で離婚する」の平均はマイナス48.7、「肺がんになる」の平均はマイナス31.5という値になっていました。

つまり、「いいことは自分に起こると思いがちで、悪いことは起こらないと思いがち」であることが、かなりわかりやすく示されているのです。

■行き過ぎた楽観主義の人は、将来をきちんと考えられない

ではいよいよ、本書のテーマである「努力」、そしてその結果としての成功と、楽観主義の関係性について見ていきましょう。楽観主義が、日常や人生における様々な意思決定に影響していることを実証的に明らかにした研究があります。

様々な意思決定とは例えば、労働時間や退職のタイミング、貯金、クレジットカードの利用、資産運用、結婚や離婚などのことです。

写真=iStock.com/pepifoto
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まず全体的に見ると、楽観的な人はより長時間働き、退職後も働き続けることを希望し、より貯蓄し、(離婚率と楽観主義の間には関連はないが)再婚しがちであることがわかりました。この結果は、楽観的であるほど「努力」をしているようにも読めるかもしれません。

しかし、この結果は、「楽観的であればあるほど」ということではありません。この研究では、楽観度合いが上位5%の人を「極端な楽観主義」として、それ以外の「ほどよい楽観主義」と区別して分析しています。

両者に差が出たのは、貯金やクレジットカードの利用、資産運用についてでした。ほどよい楽観主義者たちは「貯金はいいものだ」と答え、クレジットカードの残高を毎月完済しており、10年かそれ以上の計画で金融資産の運用を行っていました。

一方、極端な楽観主義者ではこれらの確率が低くなっていました。

つまり、楽観的過ぎる人は「貯金はいいものだ」とは考えていないし、クレジットカードの残高を毎月完済しないし、長期的な計画で資産運用を行っていなかったのです。

これらは全て、将来への備えに関わる行動だといえるでしょう。

要するに、行き過ぎた楽観主義の人は、将来をきちんと考えることができていないといえるのです。

■楽観主義と努力量の関係

この結果は、イソップ寓話の『アリとキリギリス』を思い出すまでもなく、私たちの直感にも反しない結果です。というのも、「どうにかなる」精神が強過ぎると、「その日暮らし」のようになってしまうことは想像に難くないからです。

「今がよければそれでいい」というその日暮らしは、未来に向けて努力を重ねることとは対極にあります。

楽観的なのは悪いことではないのですが、将来について考え、それに向けた努力をしようとするときには、普段の自分のやり方とは切り離して考えていくほうがよさそうです。幸運についても同じことがいえましたが、過度の「どうにかなるだろう」は危険なのです。

極端な楽観主義は「楽観バイアス」とも呼ばれ、実際のビジネスにも大きな影響を及ぼしています。

実際に、ベンチャー起業家の楽観度合いが高いほど、収益や雇用の伸びが低いことを実証的に明らかにした研究があります。しかも、この傾向はその起業家が過去に多くの会社を創業しているほど、そして変化の激しい産業であるほど強いという結果でした。

これは恐ろしくも思える結果ですが、どこか納得のいくところもあるのではないでしょうか。経験豊富な人ほど、「きっと大丈夫だろう」という楽観に陥りやすくなる。変化の激しい業界ほど、日々の「努力」が必要となる。

ベンチャーの経営にはたゆまぬ「努力」が必要であることを思えば、楽観主義と努力量の関係が透けて見える結果だともいえます。

まとめると、成功も心身の健康と同様に、楽観主義と関連しているといえるでしょう。しかし、楽観的であればあるほどいい、と煽るビジネス書の教えを「正しかった」と結論付けるのは早計です。

成功を呼び込むのは「ほどほどに楽観的」な場合のみである、という注釈が必要だからです。

楽観主義と成功の関連だけを見ていれば、「楽観主義ゆえにうまくいくこともあれば、楽観主義ゆえにうまくいかないこともある」という揺れた結果が導き出されるでしょう。

その差は、楽観主義の程度から来ています。行き過ぎた楽観主義は「先延ばし」と「刹那的な生き方」の原因になります。うまくいく人の楽観は「ほどほど」なのです。

■夏休み最終日に宿題で泣く人の心理

このような楽観主義の悪影響は、もしかしたら「先延ばし」を経由しているかもしれません。面白い実験を紹介しましょう。

山根承子『努力は仕組み化できる』(日経BP)

被験者は実験室に入り、まず「課題文」を読みます。そのあとで、課題文の内容に関連した簡単なタスクを行います。

このタスクは30分ほどかかるものだと知らされているのですが、いつ始めるかは被験者が自由に決めることができました。「課題文」には楽しそうなものと楽しくなさそうなものの2種類があり、どちらを読むかはランダムに決定されていました。

「楽しそうな課題」は、ある女子大学生が、今夢中になっている先生への思いの丈を書きつづった日記で、「楽しくなさそうな課題」は、工場で用いられる新しい機具に関する技術的なレビューでした。

そして、この部屋には面白い映画が常に流れており、それを見てタスクを「先延ばし」することが可能になっていました。

結果、楽観的な人ほど、「楽しくなさそうな課題」を先延ばしすることがわかりました。いつも先延ばししていたのではなく、「楽しくなさそうな課題」のときだけ先延ばししていたのです。

先延ばしは努力の敵です。楽観から生まれた先延ばしが、あなたを努力から遠ざけているのかもしれません。

※参考文献
・Puri, M., and Robinson, D.T. (2007) “Optimism and economic choice” Journal of Financial Economics, vol. 86(1), pp. 71-99.
・Weinstein, N.D., Marcus, S.E., and Moser, R.P. (2005) “Smokersʼ unrealistic optimism about their risk” Tobacco Control, vol. 14(1), pp. 55-59.
・Weinstein, N.D. (1980) “Unrealistic Optimism About Future Life Events” Journal of Personality and Social Psychology, vol. 39(5), pp. 806-820.
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・Hmieleski, K.M. and Baron, R.A. (2009) “Entrepreneursʼ Optimism and New Venture Performance: A Social Cognitive Perspective” Academy of Management Journal, vol. 52(3), pp. 473-488.
・Sigall, H., Kruglanski, A., and Fyock, J. (2000) “Wishful Thinking and Procrastination” Journal of Social Behavior and Personality, vol. 15(5). pp.283-296.

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山根 承子(やまね・しょうこ)
パパラカ研究所 代表取締役社長
博士(経済学)。専門は行動経済学。大学教員を経て、企業や自治体に行動経済学のコンサルティングを行う法人を設立。行動経済学会常任理事、一般社団法人投資信託協会理事。著書に『今日から使える行動経済学』(共著、ナツメ社)、『行動経済学入門』(共著、東洋経済新報社)など。
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(パパラカ研究所 代表取締役社長 山根 承子 図版制作=キャップス)