55年連続「ミシュラン三つ星獲得」店が明かす秘密
ミッシェルの息子で4代目シェフのセザールを中心にきびきびと動く料理人たち。トロワグロの料理には醤油、味噌、シソなど日本の食材も使われている© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン監督(94歳)がフランスの三つ星レストランを撮影した「至福のレストラン/三つ星トロワグロ」が、8月23日から東京のBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国で順次公開される。
親子3代、55年連続でミシュランガイドの三つ星を獲得している「トロワグロ」に密着し、食材の調達、広々とした厨房、メニュー開発、スタッフの教育、サービスなど、レストランのすべてを見せる4時間の長編だ(上映時は途中休憩あり)。
撮影を受け入れたトロワグロ3代目オーナーシェフのミッシェル・トロワグロ氏が、ワイズマン監督の撮影の様子、レストランの仕事の魅力、三つ星のプレッシャーなどについて熱く語った。
映画撮影のきっかけ
――ワイズマン監督が「トロワグロ」を撮ることになったきっかけを教えてください。密着取材によって店の秘密が明らかになってしまうことに躊躇はありませんでしたか?
ワイズマンさんがブルゴーニュの友人宅に滞在していた2020年に、トロワグロに食事に来られたんです。
お帰りになって数週間後、ドキュメンタリーを撮らせてほしい、という正式な依頼をいただきました。
どのような手法で映画を製作するかもきちんと書いてくれて、「撮影はごく小規模で、なるべく迷惑がかからないようにする。その代わり、何も隠さないですべてを見せてほしい。ここで映るもの、私が見たものはすべて美しいのだから」ということでした。
フランス中部のウーシュにあるトロワグロの外観。周りには田園風景が広がる。持続可能な社会に向けた取り組みが認められ、ミシュランのグリーンスターも獲得© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
この時点でワイズマンさんと信頼関係ができたので、私たちは100パーセント信頼して、ここは見せないでおこうとか、ここは隠しておこうという秘密は一切なしで映画の撮影に臨みました。
ワイズマン監督のドキュメンタリーはナレーション、インタビュー、音楽を使わず、映像ですべてを語る。本作は全米映画批評家協会賞ノンフィクション映画賞などを受賞© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
――忙しいレストランで撮影を受け入れるのは大変だったのでは?
ワイズマン監督、カメラ、音声の3人だけのチームでしたし、少し離れたところから撮影していたので、われわれにベタッとくっついているわけではなかったんです。
ワイズマンさんとはすぐに打ち解けて、私はフレッドと呼んでいました。彼らは近くに一軒家を借りて泊まり込んでいて、2週間もたつと撮影していることを忘れるくらい、トロワグロのスタッフに溶け込んでいましたね。
レストランの客席はガラス張りで外の緑が見える© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
レストランの社員食堂で午後2時くらいに一緒にまかないを食べたり、ディナーのサービスが終わった夜11時に夜食をとったりして、とても仲良くなりました。
当初は8時間の映画だった
――撮影はどのくらいの期間、続いたのですか?
2カ月くらいたったとき、ワイズマンさんから「ありがとう、ようやくいい映像が撮れた。これから1年、僕はトロワグロ・ファミリーと過ごすよ」と言われました。つまり、撮りためた映像を1年かけて自分で編集するということです。
ようやく仕上がったという連絡をもらったとき、なんとこの映画は8時間の長さでした。160時間の映像を8時間にしたけれど、もうこれ以上、削ることはできないと言うのです。
私は料理人なので、フォン・ド・ボーを思い出しました。フォン・ド・ボーというのは、寸胴鍋にニンジンやタマネギ、肉の端切れや骨を入れて長時間煮詰めたもので、肉や野菜の旨味が凝縮されています。
8時間に編集した映画はフォン・ド・ボーみたいにいろんな味が詰まっている。でも、みんな8時間も映画館にいられないから、結局、4時間に編集されました。
――完成した映画をみて、どう思いましたか?
芸術的で真実を描き出している、素晴らしい映画です。レストラン、料理、キッチン、サービスがどのような仕組みで動いているかを包み隠さず見せています。
食材の生産者さん、周りの風景も映っています。私たちトロワグロ・ファミリーとレストランを取り巻くすべての世界を見ていただけると思います。
――撮影時のエピソードを教えてください。
90歳を超えていたワイズマンさんは、精力的に撮影されていました。日が昇ると同時くらいに活動を始めて、夜遅くまで撮影して、寝る前に必ず、その日に撮った映像を全部見返すんです。すごい熱量と作業量です。
ある朝、4時に起きて、ヤギのミルクでチーズを作っている牧場を訪ねました。ヤギ小屋が標高の高い山のほうにあり、早朝に出発したこともあって、ワイズマンさんは途中で具合が悪くなって座り込んでしまったんです。この映画はもう終わりかな、とヒヤッとしましたが、しばらく休むと回復されて、その場でまたカメラを回し始めました。
チーズ熟成工場、牛を育てる農家、菜園、ブドウ畑など、食材の生産者も登場する© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
――ミッシェルさん自身はレストランの仕事の中で、いちばん面白くて夢中になれるのはどんなときですか?
一言で言えば全部です。新しい料理を考える、お客さんと話す、ワインの知識をソムリエから得る、料理人を指導する、スタッフと話し合う。これらすべての瞬間が私は大好きで、日常は楽しいことに埋もれていると言ってもいい。
トロワグロ3代目オーナーシェフのミッシェル・トロワグロ氏。1958年、フランス・ロアンヌ生まれ。1996年に父親のピエールからオーナーシェフを引き継ぐ© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
とはいえ、やはり新しい料理を創作しているときが、いちばん情熱を感じる面白い時間かもしれません。頭を使って一生懸命に考えないといけないので、エネルギーが必要で、非常に凝縮された時間です。
その料理がどういうものになるのか、自分がどこへ向かって何をしようとしているのか、どうすれば考えがまとまって形になるのかもわからないまま、しゃべったり、味わったりしているんです。
撮影されていることを忘れることも
――映画の中でいうと、牛の腎臓の料理を試食して、周りの人たちと話している場面ですね。
自分でもわからない不確実なものを形にしていくときの産みの苦しみ、そして周りにいる人たちに思いや考えを伝える難しさ、もどかしさが、あのシーンにはにじみ出ていると思います。
あまりにも料理に集中していたから、実は撮影されていることを知らなかったんですよ。撮影すると言われていたとは思うんですけど、完全に忘れていました。
わけのわからない難しい人みたいに映っているから、自分としては見るに耐えないのですが、多くの人がいいシーンだと言ってくれました。あのシーンにはわれわれ料理人の仕事のすべてが詰まっていると思います。
チームでプレッシャーを分かち合う
――ミシュランの三つ星という高い評価を受け続けているとプレッシャーも大きいのでは?
私一人ではなく、周りにプレッシャーを分かち合う人たちがいるから大丈夫です。イメージとしては、スポーツのチームみたいな感じですね。
チーム一丸となって勝利に向かって日々練習して、トライをしていく。情熱を傾ける対象があり、楽しい時間があり、同時にプレッシャーもあるけれど、それらは混じり合っていて、私たちは分けては認識していません。パッションとプレッシャーが混じり合っている中に生きている。それが私たちの生き方なんです。
(仲宇佐 ゆり : フリーライター)