喫煙で辞退「宮田笙子」なぜあれほど批判されたか
喫煙と飲酒をしたため、オリンピック代表を辞退することになった体操の宮田笙子選手。猛烈なバッシングを受けたが、意外にもアスリートと喫煙は関係深い歴史がある(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
獲得した金メダルの数は20個で、アメリカと中国に続いて3番手となり、「大勝」で終わることができたパリオリンピック。
メダル獲得寸前だったものの、負けてしまい、涙を飲んだ選手も多いだろう。しかし、今回のオリンピックに「出場できなかった」ことで悔しさを募らせている選手もいる。それが、体操の宮田笙子選手だ。
宮田選手の代表辞退を発表
オリンピック開幕直前の7月19日、日本体操協会は会見を行い、同氏が代表を辞退することになったと発表。理由は未成年にもかかわらず、喫煙と飲酒をしたためだ。この行為は「行動規範」に反するとして、辞退に至った。
在籍する、順天堂大学も声明文を発表することとなった(画像:順天堂大学公式サイトより)
この報道を受けて、SNSの意見は割れた。「代表選手なのに自覚がなさすぎる」という批判の声もあれば、「酒とタバコくらい許してやれよ」という擁護の声もあった。
ただ、いくら日本代表とはいえ、法律は法律。喫煙や飲酒が発覚した高校は強豪校でも、甲子園大会を出場辞退した「前例」はいくつもある。また、サッカーやラグビーも含めれば、その数はさらに増えるだろう。
「高校球児とオリンピックの日本代表を同じにするな」という意見もあるかもしれない。しかし、こうした「前例を作った国」の代表だからこそ、国のルールは必要以上に守る必要があるのだ。
一方で社会通念に照らすと、正直未成年の飲酒や喫煙はなかば黙認されているのも事実だ。今は相当厳しくなっているはずだが、少し前までは大学の新歓コンパに参加すれば、新入生に酒とタバコの味を教えてくれる先輩は必ずいた。だからこそ、「酒とタバコくらい許してやれよ」という擁護の声も生まれるのだろう。
宮田選手も順天堂大学に通う19歳の大学生である。そう考えると、なぜ彼女の喫煙と飲酒はここまで問題視されたのだろうか? ここでは、過去の事例を振り返りながら、未成年とアスリートの「喫煙」について考えてみたい。
昔は子どもがタバコを吸っていた?
まずは、未成年の喫煙が禁止されるようになった歴史を振り返りたい。
「日経ビジネス」の「たばこの歴史に学ぶ“禁煙のヒント”」(2017年6月10日公開)という記事によると、江戸時代は歩きタバコの禁止令が出された程度だったそうで、年齢制限はなかったと推測されている。しかも、「子どもがタバコを吸っていたというエピソード」もちらほら見られるという。
とはいえ、今やタバコ1箱600円くらいする時代だ。当時もタバコは駄菓子感覚で購入できるようなものではなかったため、子どもたちもそんなに頻繁には吸えなかっただろう。
しかし、明治時代に入ると子どもたちは本当に「駄菓子感覚」でタバコを購入するようになった。というのも、京都のタバコ商「村井兄弟商会」が外国から輸入した紙巻きタバコのPRのために、トランプ花札、軍人の写真、西洋の女性画など、当時の子どもたちが喜ぶ絵が描かれた「タバコカード」を「おまけ」に付けたのだ。実際にJT(日本たばこ産業)の企業博物館「たばこと塩の博物館」に展示されているタバコカードを見るとわかるが、これらはカラフルでオシャレである。確かに欲しい。
このおまけに子どもたちは夢中になり、ほかの資料によると小学校でも子どもたちがタバコを吸う光景が当たり前になったという。筆者も喫煙者だが、さすがに小学生のときはタバコを吸いたいと思ったことがない。明治時代にNintendo Switchとドッジボールはなかったとはいえ、昔もたくさん楽しいことはあったはずだが……。
さすがに「世も末」と大人たちは思ったのか、1900(明治33)年に20歳未満の喫煙を禁じる「未成年者喫煙禁止法」が施行される。
今回は深掘りしないが、1922(大正11)年には「未成年者飲酒禁止法」も作られた。そして、1930(昭和5)年には「麻薬取締規則」というアヘン、大麻、コカインの流通をコントロールする規則が制定されている。
あくまでも、使用者個人を罰するものではなく、未許可での売買を禁じるというものだが、今の感覚からすると麻薬よりも先に、酒とタバコが規制されたのは興味深い(アヘンも江戸時代にはすでに輸入されていた)。
また、未成年の喫煙禁止のきっかけが、おまけに付いてきた「カード」というのは、いかにも日本っぽい。今は喫煙者の数自体が減っているが、仮にトレーディングカードなど「おまけ」を付ければ、きっと若者の喫煙者の数は増えるだろう。もちろん、そういうことは法律で禁じられているが……。
喫煙騒動の主題は日本体操協会にある
かくして、この国の未成年喫煙の法律は制定された。そして、「20歳未満の者の喫煙の禁止に関する法律」と名前を変え、今も生きている。
また、これは今も昔も同じことだが、未成年がタバコを吸ったところで、本人が罰せられるわけではなく、販売者と親権者が罰せられるのだ。このことが宮田選手の問題をややこしくさせている一因でもある。
「タバコを吸う未成年が一番悪いだろ」と思うかもしれないが、この法律はあくまでも「未成年を保護」するために制定されたものなのである。つまり、未成年者に対する罰則はない。
むしろ、大人(販売者)がタバコを売らなければ、大人(親権者)が吸わせなければ、未成年が吸うことはなかったという理論である。そのため、法律上は今回の喫煙騒動の主題は宮田選手ではなく、彼女の喫煙を見抜けなかった日本体操協会にあるともいえよう。この法律が未成年本人を罰するものであれば、宮田選手は法律違反ということで、簡単にクビを切ることができただろう。しかし、実際は注意喚起くらいで済むのだ。
とはいえ、それで親や販売者が罰せられるのだから、堪ったものではない。実際、1959年10月25日号の『週刊サンケイ』(産業経済新聞社)にある『“一箱のピースもし売らずば”「未成年者喫煙禁止法」違反に問われた主婦』という記事では、タバコ店で働く主婦が少年2人にタバコを売ってしまったことで、少年2人は「補導」で済んだが、主婦は「五千円以下【編注:当時の価格】の罰金」を言い渡されたという。怒りが収まらないこの主婦は「警察のデッチ上げ」と言い放つ始末だ。
ちなみに、今でもコンビニなどで未成年者にタバコを売ってしまった場合は、50万円以下の罰金を払わなければならない。
また、未成年が吸っていることをわかっていながら、黙認していても罪に問われる。1984年5月31日号の『週刊新潮』(新潮社)の「新聞閲覧室」という地方紙のニュースを集めたページを見ると、長崎県で「わが子を含む未成年の不良グループに自宅を喫煙場所として提供していた佐世保市内の主婦を県少年保護育成条例違反(喫煙場所提供)と未成年喫煙法違反(親権者静止義務)の疑いで検挙」されている。
その一方で、1994年11月14日号の『週刊大衆』(双葉社)の『ルポ 都立高校に「生徒用喫煙室」がある!?』という記事では、タバコをやめられない生徒たちのために、教室のひとつが喫煙室として利用されていることが報告されている。しかも、同記事によれば長野県でも同じ取り組みが行われていたらしい。これは監督責任には当たらないのだろうか……?
「嫌煙権活動」の大きな影響
ただ、喫煙者への世間からの風当たりが強くなったのは、この法律ではなく70年代後半から始まった「嫌煙権活動」の影響が大きいだろう。
今では考えられないが、昭和は列車、会社、飛行機でもタバコが吸えた時代。タバコの煙が嫌いな人間にとっては生きづらくて、しょうがなかったという。
そこで、1977〜78年にかけて、全国各地で嫌煙権運動市民団体ができ、国鉄(現・JR)の全列車に半数以上の禁煙車を求めて1980年に「嫌煙権訴訟」が行われる(全面禁煙を主張できないほど、当時は喫煙者のほうが多かったのだろう)。その後、全国各地の交通機関で禁煙化が進み、1985年には専売公社が日本たばこ産業(JT)として民営化される。
そして、1987年に嫌煙権訴訟は「受動喫煙の害・不快感は認められるが、国鉄車内における受動喫煙は一過性であって受忍限度の範囲内である」などを理由に請求棄却された。しかし、原告側は訴訟以降に国鉄車両の禁煙車および席が増加したことから、実質的な勝訴として控訴せずも確定判決となった。筒井康隆の喫煙者差別がもはや排斥運動となって過激化していく様子を、主人公である小説家が国会議事堂の屋根に座りながら振り返る『最後の喫煙者』が発表されたのも同じ年だ。
そして、2000年代に入ると嫌煙権は「受動喫煙防止」へと名前と運動が変わり、2002年に「健康増進法」が施行されたことで、これまでの嫌煙権活動は成功を収めた。
その後、喫茶店や居酒屋でもタバコの吸えない、喫煙者にとっては肩身の狭い時代が訪れるわけだが、禁煙車うんぬんの前に嫌煙権活動が行われていた時代は、未成年の喫煙率がとにかく高かった。
90年代に「タバコ問題情報センター」が未成年者の喫煙について調査したところ、1978年に比べて1990年の未成年者によるタバコ消費本数は、6倍にもなっていたという。そのため、1991年には『スモークバスター』(ぱすてる書房)という中学生向け禁煙読本までもが発売されている。本当に世紀末である……。
後編の記事ー体操・宮田笙子の「喫煙辞退」で得をしたのは誰か 意外と関係深い、アスリートと喫煙の歴史【後編】ーでは、スポーツ選手や著名人の喫煙スキャンダルと、その背後でうごめく写真週刊誌の事情を深掘りしていきたい。
20日までに、宮田選手は自身のインスタグラムの投稿をすべて削除している(画像:本人のインスタグラムより)
(千駄木 雄大 : 編集者/ライター)