(撮影:今井康一)

大手企業の中でも、新卒一括採用より中途採用の数を増やすケースが見られるなど、新卒一括採用という慣習が足元で大きく崩れ始めています。

そこで、毎年50人以上を新卒一括採用している大手企業の人事部門関係者32人にヒアリングを実施。新卒一括採用のメリット・デメリットについて尋ねました。

要員の充足やコスト面ではメリット

まずメリットからです。近年の人手不足を受けて、新卒一括採用は人材獲得手段として有効だとする意見が数多く聞かれました。

「いま製造現場やIT部門など多くの部署で人手不足が深刻で、『とにかく人を回してくれ』という要望が人事部門に届いています。スキル・経験よりもまず要員を充足する必要があり、大人数を採用できる新卒一括採用はますます重要になっています」(総合電機)

「近年、当社では即戦力の中途採用を増やしています。ただ、中途採用では、採用した社員の年収の約30%もの手数料を転職エージェントに払う必要があり、コストが問題です。新卒採用のコストも上がっていますが、中途採用に比べるとまだ割安で、コスト面でメリットがあります」(金融)

さらに、採用面だけでなく、組織運営の面や入社後の人材育成の面でも新卒一括採用のメリットは大きいという意見がありました。

「一番のメリットは、会社への帰属意識を高められることでしょう。何にも染まっていない学生は企業の理念や文化を理解し、柔軟に吸収してくれるので、会社への帰属意識が高まります。また同期どうしの連帯も深まります。このことが当社では、モチベーションアップや離職率の低下につながっています」(素材)

「IT業界では一般的人的資本が重要で、『経験者を中途採用すれば十分』という意見があるようですが、そうは思いません。ITの世界でも企業特殊的人的資本は非常に重要で、これを高めるうえで、新卒一括採用は良い仕組みだと思います」(IT)

ここでいう一般的人的資本とは市場全体で通用するような技能(語学・資格など)、企業特殊的人的資本とは特定の企業においてのみ役立つ技能(企業独自のノウハウなど)です。企業の競争優位の源泉になるのは企業特殊的人的資本で、社内で教育訓練をすることが有効だと言われます。

本当に新卒一括採用は低コストか?

一方、新卒一括採用のデメリットとして、中途採用に比べたコスト面などの優位性は乏しい(ない)のではないか、という指摘がありました。

「近年、当社では若手の退職が増えています。入って3年以内に辞められると、教育コストは完全にドブに捨てた形です。1人当たりの採用コストはたしかに中途採用の方が高いですが、教育コストも含めると、新卒一括採用の方がむしろ割高かなと思います」(サービス)

「新卒採用では、外資系コンサルティング会社などとの競合が激しく、優秀な人材を採れなくなっています。たまに採れても、優秀な者ほどすぐ辞めていきます。社員数の確保という面はともかく、会社の将来を担う中核人材の確保という点では、新卒一括採用への期待は下がっています」(保険)

また、「ジョブ型雇用の導入で他の人事制度との整合性を取れなくなっている」(商社、消費財など)という意見が数多くありました。この意見について補足説明します。

戦後、日本企業では、職能資格制度が広く普及しました。職能資格制度では、年齢とともに経験を積んで能力が上がる想定で、新入社員から年ごとに昇給し、役職が上がるという年功序列の運用が行われました。この年功序列が賃金・役職だけでなく、定年制・教育訓練・福利厚生などあらゆる人事関連制度につながっています。

近年、多くの日本企業がジョブ型雇用を取り入れています。ジョブ型雇用では、ある特定のジョブ(職務)を誰がやるかというだけで、新卒も中途も、年齢も関係ありません。

同じジョブを担当する限り年次が上がっても賃金も役職も変わりません。ジョブ型雇用は、従来の新卒一括採用から連なる年功序列の人事関連制度とはまったく相容れません。

新卒一括採用の停止は非現実的?

では、今後はどうなるのでしょうか。今回、回答者の多くが、新卒一括採用のメリットは大きく、今後も人材採用の中心であり続けると予測していました。

「今後ますます人手不足が深刻化します。生産拠点も本社も海外に移すというならともかく、国内の事業を維持するという前提に立つなら、社員数を確保するための中心的な手段として、新卒一括採用は維持していくべきだと思います」(機械)

「この数年、幹部や幹部候補を積極的に中途採用してきましたが、定着しなかったり、プロパー社員との軋轢があったりして、うまくいっていません。組織の中核で活躍する人材は新人から育てていくという方針に戻り、数にはこだわらず優秀な学生を採用しようと取り組んでいます」(食品)

また、新卒一括採用の限界を痛感しているものの、実際に停止するのは困難だという意見もありました。

「新卒一括採用はジョブ型雇用と相性が悪く、できれば停止したいです。ただ、実際に停止するとなると、頭数の確保が困難ですし、職能資格制度をベースにした人事関連制度を抜本的に見直す必要があります。雇用維持の社会的な要請もあり、ちょっと現実的ではないという気がします」(エネルギー)

ここで言う「社会的な要請」とは、若年層の失業を防ぐという企業の役割への期待です。ジョブ型雇用では、特定のジョブを担当するためのスキル・経験が要求されるので、新卒よりも経験者が有利です。未経験者の学生を積極的に採用する日本と比べて、ジョブ型雇用の欧米諸国では若年層の失業率が高まる傾向があります。

このように、人事部門関係者の間では「今後も新卒一括採用は維持される」という意見が大勢でした。しかし、筆者は向こう10年以内に新卒一括採用が崩壊すると予想します。

当の学生が望んでいない

第1の理由は、ジョブ型雇用が急速に浸透するからです。第2の理由は、当の学生が新卒一括採用を望んでいないからです。

今回、大学4年生にもヒアリングしたところ、新卒一括採用を前提とした就活のあり方を疑問視する意見が数多くありました。

「入社後の担当業務や能力の違いに関係なく、『大学卒』と一律に扱う現在の仕組みは、まったく悪平等です。私の周りでも意欲・能力が高い学生ほど、『なんでレベルが低い方に合わせなきゃいけないの』と不満です。新卒一括採用にこだわる企業には、『昭和の会社』という印象を持ってしまいます」(私立大学法学部)

「4月1日から『よーいドン』でみんな一緒に働けというのは、軍隊みたいでなんだか窮屈だし、気味悪いです。いろんな会社を見て、海外に出て経験を積み、自分なりに納得したときに働き始めるというのが理想だと思うのですが」(国立大学工学部)

こうした大学生に対して、企業側には「売り手市場で図に乗っている」(輸送機)という反発があるようです。ただ、少子化で今後も売り手市場が続くと予測される中、優秀な人材を採用しようと思ったら、学生の声を無視することはできません。

さすがに、政府・社会の雇用維持の要請を無視して、「新卒一括採用を停止します」と宣言する大手企業はないでしょう。しかし、ジョブ型雇用で中途採用が主体になり、将来の中核人材と期待する学生や若手社会人を一本釣りするようになり、新卒一括採用はなし崩し的に消滅していくというのが、高い確率で起こりうる近未来なのです。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)