シアスター・ゲイツ【撮影:田山達之、画像提供:森美術館】

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 森美術館(東京都港区)で開催中の「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」(9月1日まで)。「世界が注目するブラック・アーティスト」として知られるシアスター・ゲイツの、日本初にして自身最大規模の展覧会だ。ゲイツは2004年、愛知県常滑市が主催する「とこなめ国際やきものホームステイ」に参加。これをきっかけに常滑の焼き物の文化的価値と伝統に強い関心を持ち、現在まで現地との交流を続けている。「アフロ民藝」と銘打たれた展覧会では、一体何を見せてくれるのだろうか。アートディレクター・土居彩子氏が会場へ向かった。

(全2回の第1回)

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【写真】日本とは精神的に深い関わりが…ゲイツの作品を見る

日本での初の個展はこれまでの最大規模

 国際的な現代美術雑誌「ArtReview」が発表する「アート界で最も影響力のある100組」。2023年版のこのランキングに、シアスター・ゲイツは7位に登場している。世界に影響を与え、そして日本とは精神的に深い関わりがあるゲイツだが、案外日本ではあまり知られていないのではなかろうか。

シアスター・ゲイツ【撮影:田山達之、画像提供:森美術館】

 という私も、この展覧会のタイトルに「民藝」という言葉を見つけて初めて深くゲイツに興味を持った。

「世の中で芸術、と言われているものは、これは本当にそうなのだろうか? 美しいとはどういうことなんだろう?」

 その昔、答えを探してたそんな時に、私は柳宗悦(民藝提唱者)の本に出会い、「これはすごい、すごい」と興奮しながら読んでからというもの、「民藝」の言葉が心の底に流れている。

 で、「民藝の何がそんなにいいの?」とたまに聞かれるのだけど、私が大切にしている柳宗悦の言葉を伝えるならば、

「美しくなければならない、というところからの解放」

「執着からの解放」でもいいし、「美は自由の中に宿る」でもいい。

 さて、熱心な民藝ファンならば「アフロ民藝」という展覧会タイトルを聞くと、「そんなことがあるだろうか?」と戸惑うかもしれない。でも私は、これを聞いた瞬間、その振り切った感が爽快だった。

「アフリカの」という意味でもあり、アフリカの血を誇りに思う象徴の髪型でもあるアフロ。アフロと民藝がどこでどう繋がったのか。繋がった上で何が表現されているのか。

「アフロ民藝」は空想から生まれたひとつの提案

 これは面白そうだ。とにかく森美術館に行こう。シアスター・ゲイツ初の日本での個展であり、ゲイツ最大規模という展覧会に!

 森美術館の楽しさは、美術館がある森タワーの53階にたどり着くまでにもある。とにかく森タワー内のスタッフの対応が丁寧なのだ。丁寧さが形だけの流れ作業のようなものではなく、心が伴っている優しい丁寧さなのだ。展覧会は目で見る部分、そして心で見る部分も大きいので、美術館にたどり着くまでの心の状態も展覧会の印象に少なからず影響してくるものだ。

 さて展覧会場に入ると、大きな壁一面に、「アフロ民藝とは?」と題したゲイツの言葉が迎えてくれる。

――「アフロ民藝」は約束というよりもむしろ、空想から生まれたひとつの提案であると言えます。

 という静かな一文から始まり、やがて情熱と愛のあふれる旋律となって言葉が綴られている。これは実際会場で味わっていただきたいが、この言葉の響き、余韻が作品を見ている間にもずっと体の中に残るものだ。

 ゲイツの言葉に続いて私たちが出会う作品は、惜しみなく微笑みを湛えている木喰の彫刻である。民藝のど真ん中に位置する木喰の作品。そして、これとはまるで対照的でありながらしっかりと対になって存在するゲイツのタールの作品。この二つの間を、門をくぐるようにして展覧会場に入ってゆく。

床から天井まで伸びた棚にびっしりと本が

「神聖な空間」と名付けられたこの部屋は広く、作品はポツリ、ポツリ程度で作品同士の余韻が重ならないところが気持ちがいい。余白が多く取られているせいか、自分自身の存在が空間の中で目立ち、自分で自分を意識しながら作品と向き合うことになる。

 一歩一歩あるくことも何かことさら特別感があるような……と思いつつ進んでいると、なんだか足元が妙なのだ。おや? と思いしゃがんで床を見、そして触ってみるとザラザラとした土を固めたような素焼きの四角いもの。これが一面に敷き詰められている。なんとこれは常滑で焼いたレンガだそうで、床そのものが作品になっているのだ。

 ひっそり目立たず静かに場の空気を作り、やがてジワジワと一番目立ってくる途方もない作品だ。

 使い古された板で組まれた十字架、ハモンドオルガン、と作品を眺めながら進んでいくと、次には床から天井まで伸びた棚にびっしりと本が収められている部屋に入る。

「手にとって読めます」と書いてあるので開いてみるが、どうも黒人の歴史について書かれているようだ。英語の書籍が中心だが、日本語のものも少しある。一番てっぺんにある本も手にとっていいのだろうか、と見上げながら、このスケールの大きさに圧倒される。

 しかし実は、この壁面を覆い尽くす書棚は、ゲイツが取り組んでいるドーチェスター・プロジェクト(シカゴで最も治安が悪化した貧困地区の再生プロジェクト)のほんの一部を再現展示しただけなのだ。何とおおもとは建築レベル、都市レベルのスケール感なのだ。ここに展示されているのはほんの一部。

そこには「敬意」と「自由」がある

 さらに進むとゲイツのパフォーマンスの映像で、ゲイツの太く優しい歌声に触れられる。

 次の部屋では陶器一つ一つが人のような存在を感じさせる「ブラック・ベッセル (黒い器)」に会える。常滑(愛知県)で穴窯の技法を習得したゲイツは拠点のシカゴにも自ら穴窯を作り、何日もかけて薪で焼き、灰の力を借りて美しい黒を生み出す。

 それと向かい合うように、屋根の補修素材からなる巨大な7つのペインティングからなる《7つの歌》(2022年)。そしてひたすら年表だけで覆い尽くされた部屋を抜けると、圧倒的な物量で迫ってくる常滑の焼き物たち、貧乏徳利たち。それらがくるくる回る氷山のようなミラーボールの光とDJブースの音楽を浴び、一層重厚さを増して愉快そうにしている。

 展示してある作品全てを拾い上げてしまうと、作品一つ一つが持つ物語を延々と語りたくなるので泣く泣く走り書きなのだが、ゲイツの作品を一通り味わって思うのは、そこには「敬意」と「自由」がある、ということだ。

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 第2回【世界が注目するブラック・アーティストが20年間も訪日を続ける理由 日本初の個展に見える「その地が持つ文化への敬意」】では、森美術館キュレーターの徳山拓一氏が実際に接したゲイツについて語っている。

シアスター・ゲイツ
1973年、米国イリノイ州シカゴ生まれ、同地在住。アイオワ州立大学と南アフリカのケープタウン大学で都市デザイン、陶芸、宗教学、視覚芸術を学ぶ。土という素材、客体性(鑑賞者との関係性)、空間と物質性などの視覚芸術理論を用いて、ブラックネス(黒人であること)の複雑さを巧みに表現している。2004年、愛知県常滑市「とこなめ国際やきものホームステイ」(IWCAT)への参加を機に、現在まで20年にわたり常滑市の陶磁器の文化的価値と伝統に敬意と強い関心を持ち、陶芸家や地域の人々と関係を築いてきた。

土居彩子(どい・さいこ)
1971年富山県生まれ。多摩美術大学芸術学科卒業。棟方志功記念館「愛染苑」管理人、南砺市立福光美術館学芸員を経て、現在フリーのアートディレクター。

デイリー新潮編集部