●最初に「野戦病院」というワードがあった

小池栄子と仲野太賀がW主演するフジテレビ系ドラマ 『新宿野戦病院』(毎週水曜22:00〜)。日本の医師免許を持たないアメリカ国籍の元軍医(小池)と、美容皮膚科医(仲野)が、新宿・歌舞伎町を舞台に“救急医療”で奮闘するという、脚本家・宮藤官九郎初の医療ドラマだ。

演出を務めるのは、フジテレビ・エグゼクティブディレクターの河毛俊作監督。80年代は『君の瞳をタイホする!』や『抱きしめたい!』(ともに88年)といったトレンディードラマの先駆け的作品を手掛け、90年代には『沙粧妙子−最後の事件−』(95年)や、『ギフト』(97年)、『きらきらひかる』(98年)など、ハードで社会派な名作も数多く演出してきた。

そんな河毛監督に、今作のテーマ設定、ドラマ制作現場の今、その中でのこだわりなどを聞いた――。

『新宿野戦病院』河毛俊作監督


○いろんなカルチャーを飲み込んできた奥が深い街

物語の舞台である「聖まごころ病院」の救急外来を訪れる患者の多くは、貧しい路上生活者や在留外国人、ホストや風俗嬢など、特殊な“ワケあり”背景を持った人たち。そんな “歌舞伎町”の人々を描こうと思ったのは、なぜなのか。

「まず、“野戦病院”というワードが自分の頭の中にあって、そこにぴったりきたのが“新宿”だったんです。新宿っていろんなカルチャーを飲み込んできたすごく奥が深い街で、決して上品ではないんだけど、ニューヨークのダウンタウンっぽいと思ったんですね。だからそこに“野戦病院”というフレーズがぴったりきたんです。『六本木野戦病院』とか、『銀座野戦病院』とかだったら、なんかおかしいよね(笑)」

河毛監督自身も思い入れのある街なのかを聞いてみると、「どっちかというと六本木なので(笑)、自分の遊び場ではないんだけど、やっぱりドラマや演劇に関わる人生を送っていると新宿から下北沢は絶対外せないんです。自分も紀伊國屋ホールで芝居をしたりしていましたから」と教えてくれた。





実際に歌舞伎町で行われたロケのシーン (C)フジテレビ

○歌舞伎町で大規模ロケが実現

今作は、歌舞伎町一番街や新宿ゴールデン街、大久保公園など、新宿でのロケーションがふんだんで、それが最近のドラマの風景とは違った画的な面白さにもつながっている。自治体側も、実際の街がドラマに登場するのを歓迎しているそうだ。

「“こういうことはしないでくれ”とか言われることは全然なくて、むしろ歌舞伎町にもっと人が集まってくれるようにとお願いされているくらいなんです。これ以上に人が来てどうするんだろうって感じなんだけど(笑)。そもそも新宿のあの場所で大ロケーションをやろうというのは、他の作品ではあんまり思わなかったんじゃないかな」

道路を封鎖する必要もあることから、撮影はなるべく人通りの少ない時間帯を狙って行っているが、「朝6時ぐらいからとか、夜は12時過ぎてからとかになるんだけど、どの時間帯に行ってもほぼほぼ酔っ払ってる人しかいないです(笑)。今までのところ、酔っぱらってる人は意外に素直で撮影もすごくやりやすいんですよ」と、大きな支障もなくロケが行われている。

●ドラマ現場で進む働き方改革「助監督がとても増えた」

河毛監督は、80年代のトレンディードラマの時代から活躍する“レジェンド”とも言える存在。“働き方改革”が進む今、ドラマ作りの現場では、「助監督の数がとても増えましたよね。僕がやっていた時は、助監督は3人だったんだけど、今は途中で抜けて別の番組へ行っちゃうこともあるから、何人いるか分からないくらい(笑)」と変化を感じている。

今でも現場に立ち続ける河毛監督自身の変化を聞くと、「朝ごはんはちゃんと食べるってことと、撮影中に飲みに行かなくなったくらいですね。昔は撮った後に飲みに行って、そのまま撮影に行っていたこともあったからね(笑)」とヤンチャな時代を回想。

それを踏まえ、「この仕事における体力ってなかなか難しくて。例えばバリバリの体育会系出身で体力があるって人が続くかというと、実はそうでもなかったりするんですよ。身も蓋もないかもしれないんだけど、要はどれだけ現場が好きかってことだと思いますね」と実感した。

仲野太賀(左)と小池栄子=『新宿野戦病院』第5話より (C)フジテレビ

○どうしても入れたかった昔の新宿の映像

今作は放送終了直後にFODで次話が配信されるなど、かつての地上波だけの放送スタイルとは全く異なっている。そこでの意識は、「配信は締め切りが早いから大変というだけで、別に配信だからこう演出しようとかは全然考えてないですね。むしろ“地上波ギリギリだよ!”ぐらいがいいと思っていて、内容とかフォーマット的には別に何も変えていないので、配信大歓迎です」と受け入れている。

そんな中で、今作において河毛監督のこだわりがより感じられるのは “エンディング映像”だ。最近のテレビドラマは、終盤の劇中にキャスト・スタッフなどのエンドロールが流れ、そこに主題歌が重なるスタイルが多いが、今回はかつてのテレビドラマらしく、次週への期待感が高まった瞬間、エンディング映像にサザンオールスターズの主題歌「恋のブギウギナイト」が流れ出す構成になっている。

「たぶん毎分視聴率的なことで今の形になっていったと思うんだけど、僕的にそれはあんまりよろしくないと思っているんです。音楽構成がめちゃくちゃになっちゃうし、セリフも歌もどっちも聴きづらいことになっちゃうので、やっぱりちゃんとエンディング映像があるべきだと思いますね。そこに流れる昔の新宿の映像はどうしてもやりたくて、プロデュース部が頑張ってくれて、配信も含めて権利的に使えるものを探してもらいました。さっきも言ったように、新宿のカルチャーの変遷をそこで表現したかったんです」

●今後の展開は「話がスケールアップしていく」

物語もいよいよ後半戦。今後の見どころについては、「たぶんみなさんがご想像なされるより大きな話になっていくと思います」と予告し、「やっぱり宮藤さんのいいところはコメディでありながら、社会性を正しく掘り下げていくというところがあると思うので、もちろんエンタテインメントではあるんだけど、話がスケールアップして、どんどん面白くなっていくと思いますよ」と自信をのぞかせる。

きょう31日に放送される第5話は、1話と2話に続いて河毛監督の演出回。「話がスケールアップしていく」と言う通り、かなり社会性のある物語に舵を切っており、これまでとは一味違った視聴後感を味わえるだろう。

河毛監督は今でもテレビドラマが大好きで、多くの海外ドラマも視聴しており、日本のドラマでまだ描けていない“ハード”な作品にも挑戦していきたいと教えてくれた。テレビドラマへの情熱を絶やさない河毛監督と、さらに深みが増してきた宮藤官九郎氏の脚本が織りなす、この夏どの作品よりも濃くて熱いドラマが最後まで楽しみだ。



●河毛俊作1952年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学卒業後、76年フジテレビジョンに入社。『君の瞳をタイホする!』『抱きしめたい!』『沙粧妙子−最後の事件−』『ギフト』『きらきらひかる』『ナニワ金融道』『タブロイド』『救命病棟24(第4シリーズ)』『松本清張 砂の器』といった同局のドラマの演出ほか、WOWOWの『パンドラ』シリーズ、映画『星になった少年』『仕掛人・藤枝梅安』などの作品で監督を務める。

「テレビ視聴しつ」室長・大石庸平 おおいしようへい テレビの“視聴質”を独自に調査している「テレビ視聴しつ」(株式会社eight)の室長。雑誌やウェブなどにコラムを展開している。特にテレビドラマの脚本家や監督、音楽など、制作スタッフに着目したレポートを執筆しており、独自のマニアックな視点で、スタッフへのインタビューも行っている。 この著者の記事一覧はこちら