前川知大×安井順平×森下創×大窪人衛「小泉八雲は”聴覚の人”だと思うんです」~イキウメ『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』インタビュー
劇作家・演出家の前川知大が主宰するイキウメが、2024年8月9日(金)~9月1日(日)東京芸術劇場シアターイースト、9月5日(木)~8日(日) 大阪・ABCホールにて『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』を上演する。
本作は2009年に、世田谷パブリックシアターのプロデュース公演として初演された(仲村トオル、池田成志、小松和重 他出演)。その後 “奇ッ怪シリーズ”として、2011年には現代能楽集Ⅵ 『奇ッ怪 其ノ弐』、2016年には『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』が上演されている。
今回は、イキウメの浜田信也、安井順平、盛隆二、森下創、大窪人衛に加え、松岡依都美、生越千晴、平井珠生を客演に迎え、劇団公演として上演される。
上演に際して、作・演出の前川知大と、出演の安井順平、森下創、大窪人衛に話を聞いた。
初演と比べて八雲との距離感がグッと縮まった
前川知大
――本作は15年ぶりの再上演で、初演とはキャストも大幅に変わりますし、今回はどのように作品を立ち上げていくことになりそうでしょうか。
前川 改めて本を読み直してみたら、今の自分ではやらないような書き方も結構あって、そこら辺は残しながら今のイキウメで上演したらどうなるんだろう、という思いがまずありました。それから、初演の映像を見返したりする中で、当時は僕の方から小泉八雲の世界に寄っていく感じがあまりなかったように思ったので、今回は「小泉八雲っぽさ」を考えながら、それを演出にちゃんと入れていこう、と思っています。
――八雲っぽさ、というのは具体的にはどのようなものでしょうか。
前川 初演時は、視覚的にびっくりさせる演出を入れていましたが、やっぱり小泉八雲は「言葉の人」というか「聴覚の人」だと思うんです。八雲の怪談は伝承や古い物語を改めて書き記した「再話」というものです。八雲自身は日本語が読めなかったこともあり、妻のセツさんを通し、耳で聞いて書き記しました。演劇も元々は聞くものだった、というのがあるので、お客様の耳元で語られてるような感覚になるようなものを狙っていきたいなと思ってやっています。
――初演時と比べて、八雲に対する思いには変化がありましたか。
前川 初演の翌年、2010年の八雲生誕160周年のときに松江で開催されたイベントに参加したことはとても大きかったです。八雲が実際に過ごした町や住んでいた家などに触れたことで、初めて自分の中で八雲との距離感がグッと縮まったという記憶が強く残っています。その後、松江には2回行っていて、やはり初演時と何が違うかと言ったら、自分と八雲との距離感みたいなものがちょっと変わったなと思います。
――今回なぜ本作を15年ぶりに再演しようと思われたのでしょうか。
前川 ひとつ大きいのは、劇団員が初演時に出演してくださった先輩方の年齢に追いついたというのがあります。それと、語り手によって語られている物語が演劇として立ち上がっていく、というような手法を、この作品以降ずっと続けてきたので、語りと演劇のシームレスな演出とかが、異常に進化したと言っていいぐらいみんなうまくなったんですよ。なので、今もう一度そのスタート地点に行ってみたら面白いかな、と思いました。
今回はイキウメ流の『奇ッ怪』をやりたい
――ここ数年、前川さんの劇団員に対する信頼感がより強くなっていることが伝わってきますが、今回の上演に向けてはどのようなことを期待していますか。
前川 いや、もうおまかせです(笑)。『人魂を届けに』とか『外の道』とかは、語りと演劇の繋がりを完全に溶かしちゃったような演出になっていて、それは僕が最初からわかって作ったものではなくて、何の制約も持たずに書いた台本を稽古場に持っていけば、なんとかなる、と言ったらあれですけど、僕らにしかできないような形で立ち上げることができるという、それが信頼関係なのかなと思っています。稽古ではものすごく苦労して立ち上げたので、みんなはちょっと「勘弁してくれよ」と思っているでしょうけど(笑)。
――おまかせされたお三方は、本作に向けて現時点でどのような思いをお持ちですか。
安井 初演をお客さんとして見に行ったのですが、仲村トオルさんをはじめとする先輩たちが出ていた演目をうちらがやるんだ、と感慨深いものはありますよね。初演を見たときに、いい意味でも悪い意味でも、あんまりイキウメっぽくないなと思ったんです。前川さんがプロデュース公演を手掛けるのは、あのときがほぼ初めてぐらいだったんですよね。今回は、イキウメ流の『奇ッ怪』をやりたいなと思っています。15年前の作品ですから、ちょっと初期のイキウメに戻りつつ、雑味みたいな部分を出していけたら、人伝に聞いた話をまた別の人に話す、みたいな雰囲気が出せるのかな、とも思います。
安井順平
森下 僕も初演は客席から見ていました。あのときの皆さんと俳優としては立ち位置もキャラクターも全然違うんですけど、今の自分にはどういうことができるんだろう、と思っています。あと、劇団でやるということで、全体で1つの話にギュッと収束していくような僕たちのやり方をすることで、この作品が変わるんだろうなと思っています。
大窪 僕は初演のときはまだ劇団員じゃなかったんです。初演の映像を見ましたが、成志さんや小松さんが大暴れしていて(笑)、前川さんの作品なんだけど、イキウメからは結構はみ出てる部分もあって、そこをお客さんが楽しんでいるのかな、という印象を受けました。先入観がない状態で、安井さんがおっしゃった雑味みたいな部分を残しつつ、稽古場でイキウメ流の居方を探っていけたらなと思います。
――前川さんの作品では、例えば大窪さんが主演された『暗いところからやってくる』などでも、幽霊的であったり物の怪的であったりするような、人ではない存在が登場することがよくあります。そういった作品だからこそ感じる面白さは何かありますか。
大窪 僕は映画『学校の怪談』がめちゃくちゃ好きで、小学生のときは夏になったら狂うように見ていました(笑)。『学校の怪談』には“コワかわいい”みたいな感覚があるので、そういう雰囲気を本作でもできたらいいんじゃないかなと思います。
今回の稽古は森ではなく草原をさまよう感覚
『人魂を届けに』(2023)
――前回の劇団公演『人魂を届けに』のインタビュー時に、安井さんが「とにかく脳みそを使って考える稽古場だ」というお話しをされていましたが、今回も同じような感じになりそうでしょうか。
安井 稽古初日は本読みもせずに、和服に慣れようということで着物の着付けを教わりました。和服だと足元の可動範囲が決まってくるじゃないですか。まずは立ち稽古で所作とか足の使い方とかを体感していて、それはそれで楽しいですね。今は(稽古が始まったところなので)まだ脳みそはそんなに使っていなくて、これからだとは思います。今回の台本は15年前の若い前川さんが書いていますから、ここ整合性取れないですね、ということが出てきても、それも雑味に繋がる部分なのかもしれないから、それはそれとして1回残してやりませんか、と楽しんでいこうと思います。
――森下さんと大窪さんは『奇ッ怪』初参加になりますが、何かお稽古場の雰囲気など、普段との違いを感じるところはありますか。
森下 最近の劇団の稽古は、森をさまようような、答えを先に求めないという感じでやっていました。今回はちょっと先が見えているような状態なので、森じゃなくて草原を歩いてくださいと言われてます。広いしどこを歩けばいいのか逆に選択が難しいな、という感覚ですね。自由の度合いが違うというか。
大窪 僕は、やっぱりイキウメらしい稽古だな、と感じました。他のカンパニーのやり方と全然違うし、創さんがおっしゃったみたいに、草原に放り出されて、みんなで考えながら止まる時間がたくさんあって。
森下創
――客演のお三方について教えてください。
前川 キャスティングを考えたときに、旅館の女将についてはもう松岡さんが絶対合うな、と思ったんです。実際に稽古で松岡さんが着物を着たときの説得力がすごかったんですよ!
安井 だって稽古のとき、一番最初にみんながスッと出てくるところで女将さんが先頭なんですけど、説得力がすごすぎて思わず笑っちゃいました(笑)。全然笑うところじゃないのに、松岡さんの女将さん感が半端なくて面白かったな。
前川 あれはすごいなと思ったよね。もう女将さん仕上がってるな、って。松岡さんをキャスティングした時点でもう既に高得点をたたき出していただいているので、よかったと思いました(笑)。
安井 「正解!」って感じですね(笑)。
前川 生越さんは、キャスティングの時点ではすっかり忘れていたんですけど、松江出身なんですよ。しかも高校の同級生に、八雲のひ孫の小泉凡さんのお子さんがいらしたそうなんです。そんなご縁もあって、生越さんが「小泉八雲の話が来た!」とすごい喜んでいて、その時点で「これまた正解引いちゃったな」みたいな感じでした(笑)。八雲はそういうご縁とか偶然とか、シンクロニシティみたいなことがすごく好きな人なんですよ。平井さんは、以前別の作品のオーディションに来てくださって、この作品の雰囲気に合っているし共演者とのバランス的にもいいかなと思って今回お願いしました。
大窪人衛
――では公演に向けてのメッセージをお願いします。
大窪 公演期間が長いですが、頑張ってちゃんとやるので……
前川 ちゃんとやってないときなんてないでしょう(笑)。
大窪 チケット代以上の価値があるものを、ちゃんと1人1人が責任を持ってやるので……
安井 なに、チケット代を気にしてるの?
大窪 今、演劇界も厳しいですから……
一同 (笑)
安井 どこの立場でしゃべってるんだろう(笑)。
大窪 ぜひ見に来ていただけると劇団員一同嬉しいです!
森下 ……立場は、一同でしたね(笑)。夏に小泉八雲の話ということで、この時期にマッチした怖い話を期待されている方も多いと思いますので、ぜひ楽しみに来ていただければと思っています。
安井 怖い話が駄目だから今回行きません、という人が一定数いらっしゃるようなので、そこはちょっと待った、と言わせてください。そんなに怖くないです(笑)。どちらかというと不思議なお話という感じで、大きな音とかでお客様を驚かせたりするような場面もないですし、そこはあまり心配せずに来ていただきたいなと思います。怖いものと笑いというのは表裏一体だったりもするので、その辺はもうしっかりエンターテイメントに仕上がっていくと思います。
前川 人衛さんがさっき言ったけれど、子どもも楽しめる作品だと思います。元々プロデュース公演として書いたというのもあるし、原作があるものなので、普段のイキウメよりわかりやすいというか、間口が広いと思います。原作があるからこそできる、普段やらないようなベタっぽい感じもあるし、そういう点では初めてイキウメを見る人も面白く見てもらえる気がしますので、ぜひ足をお運びいただきたいです。
取材・文=久田絢子 撮影=田中亜紀