西武労組、ストを決断した社長との対決の舞台裏
写真:つのだよしお/アフロ
昨2023年8月31日、そごう・西武のファンドへの売却に反発して、労働組合はストライキを決行、西武池袋本店は臨時休業となった。その決断の裏側で経営と組合の間にどのようなやり取りがあったのか。そごう・西武労働組合中央執行委員長である寺岡泰博氏の著書『決断 そごう・西武61年目のストライキ』より一部抜粋・再構成のうえ、緊迫の舞台裏をお届けします。
誰がメディアにリークしているのか?
週が明けた月曜、28日の午後1時半から旧体制の経営陣とは最後となる団体交渉が行われた。前回、23日の団体交渉のあとも、様々な報道が飛び交っていた。多くのメディアが、9月1日が会社売却の完了日だと報じている。
しかし会社側からは、相変わらずなんの正式な情報提供もなかった。誰がメディアにリークしているのか分からないが、直接の利害関係者である社員や、労働組合に対してなぜ最優先で情報提供されないのか。
報道されているような、9月1日の売却完了は事実なのか。「いま決まっていることはない」「報道されていることは事実ではない」は井阪社長の常套句だったが、その言葉を鵜呑みにできないのは明らかだった。
この日の団交に臨むにあたり、出席する三役のメンバーには、「今日が最後の協議になるかもしれないから、言いたいことが言えなかったと後で後悔しないように、思いの丈を包み隠さずぶつけてくれ」と伝えていた。ホールディングスの取締役に忖度することなく、組合員の代弁者として言いたいことを言ってほしかった。
いつもは大人しい後藤も、今日は顔を紅潮させている。
池袋本店書籍館9階の役員大会議室で行われたこの日の団体交渉では、井阪社長が例のごとく報道を否定し情報漏れはないと強弁した。
「いまの段階でもクロージング日をいつにするかまだ決めておらず、どこからリークされているのか遺憾であり、残念です」
一方組合側は坂本が口火を切った。
「この場で言えないことが推測であるにせよ報道され、私たちが知らないようなことが報道されていること自体が、誠意を持って対応していただけていないと思います。セブン&アイ・ホールディングスとして情報統制しようと思えばできるはずではないでしょうか」
報じられていた25日の臨時取締役会こそ延期されたようだが、それ以外はほとんどの場合、報道された通りにその後の事態が進行している。つまり、リークはあるのだ。それもセブン&アイの相当高いレベルの経営幹部から。「誠意を持って対応していただけていない」という坂本の追及は、私から見れば遠慮気味にさえ聞こえた。
続けて坂本は以前の井阪社長自身の発言との整合性を追及する。
「(25日の)取締役の追加について、経営課題が複雑多岐にわたり、専門的に進めるためと伺いましたが、仮に24日に取締役の選任が株主総会で決まったのだとすると、それも23日の時点ではインサイダーになるから、われわれにも言えなかったということでしょうか」
「その段階では団体交渉の議題ではなかったこともあり、申し上げなかったのかもしれませんが、もともと3名の追加選任を行う予定でした。ただ、それによっていままで私どもが話してきたことが何か変わってしまうとか、重大な変更をもたらすことに繋がるという事案ではなかったことから、報告しなかったと思います」
ストライキの実施に向けて事前に会見を行った、そごう・西武労働組合中央執行委員長の寺岡泰博氏(撮影:風間仁一郎)
社長が仰ったことはまったく信用できません!
そのとき、書記長の後藤が突然割って入った。
「率直に申し上げて、いま、井阪社長が仰ったことはまったく信用できません!」
後藤の言葉に、思わず息を呑んだ。
「誠実に協議をするための場である団体交渉が継続しているにもかかわらず、3名の取締役を送り込む行為、この株式譲渡の件に関しては、言葉を選ばずに言うと取締役会決議でホールディングス籍の取締役が過半数を上回るための数合わせだと現場の組合員は思っています。少なくともいま、組合との協議中にやるべきことではないし、納得できません。そもそも、今回の株式譲渡の件はそごう・西武の取締役会でも決議をする事案だと聞いていますが、それは変わっていないという認識でいいでしょうか」
おお! 後藤、やるじゃないか。
外商セールス出身でお客さまとの関係をつくることに長け、良くも悪くも「いい奴」で、その分、経営陣に対して強く主張することをやや苦手にしていた後藤が、最後の最後に井阪社長に正論をぶつけた。土壇場まで追い込まれて、ついに一皮剥けた。
「後藤書記長は信用できないとのことですが、なんのために株式譲渡を行おうとしているかについて、あらためて申し上げます。要は事業の継続、企業の存続、そして雇用の維持のためにやろうとしているその大元のところはぜひご理解いただきたいと思います。
それをできるだけ速やかに瑕疵なく進めるための手続きをやらせていただいて、一方で事業計画、雇用の維持については真摯にこういった団体交渉の場で話をさせていただきたい」
論点をずらして逃げている
後藤の疑問に対して、井阪社長は真正面から答えようとせず、論点をずらして逃げているように聞こえた。
これまでろくな情報提供もしていなかったにもかかわらず、複雑な内容の会社売却をいきなり「飲み込め」「認めろ」と言われても納得できるはずがない。
セブン&アイ経営陣の口ぶりは、そごう・西武は実質的にもう倒産している企業だと言わんばかりだった。このディールを進めなければ会社が潰れる、3000億もの負債を抱えて生き残っている流通小売業はほかにないと畳みかけ、会社を売るか倒産(清算)するしかないと二者択一を突きつけ、判断を強いる。
しかし、それはおかしいというのがわれわれの考えだった。ヨドバシカメラにだけ有利な契約を慌てて結ぶのではなく、交渉を延期し、再考したり、百貨店事業の継続のためにもっとふさわしい交渉相手を探すこともできるはずだ。
「素朴な疑問ですが、井阪社長がそう仰るのであれば、なぜ当社の経営陣はみな賛成してその事業計画を進めようとしないのですか。数の論理で取締役を送り込まなくても、経営の皆さんのなかで話し合いをして、今回の事業計画を進めればいいのではないですか。
当社の経営、田口社長はじめ十分にまだ納得しておらず、不安があるからこそ進められない。前任の林社長はそういったこともあって、声を上げたら解任されたというなかで、株式譲渡日の期限が存在していて、クロージングするために取締役を送り込んでいるとしか思えません」
「そう思うのは勝手ですが、それは事実とは異なります」
「そう思うのは勝手……では組合員の前で、そう話してみてください!」
声を荒らげる後藤。本来、こういった協議の場では感情に任せて発言すれば負けだ。売り言葉に買い言葉になるだけで、生産的な議論にはならないからだ。
組合員の怒り、不信感はこんなもんじゃない
しかしこのときばかりは、そんなことはどうでもいいと思っていた。むしろいままで大人しく対応しすぎていたのかもしれない。後藤の言葉は確かに感情的だが、組合員の怒り、不信感はこんなもんじゃない。
後藤、もっと言え! 感情的に訴えろ! 最後は俺が引き取るから――
「思う、思わないではなくて事実の話をしています」
井阪社長は後藤の追及に真正面から応えようとせず、自分の言うことだけを言うという態度だった。四谷の本社で向き合ったときにも感じたことだが、井阪社長はどこまでいっても「腹を割って話す」ことのない人だ。
この日の交渉を締めくくるにあたり、委員長として言うべきことは言っておかなければならない。
「事実は『株式譲渡ありき』の強硬策で、これを信じてくださいと言われても、なかなか難しいと感じるのが社員感情だと思います。経営施策だと言われても、それがまともな経営施策なのか、誠実な行動なのかと問われれば、組合員はそのように見ないとわれわれは考えています。
株式譲渡を9月1日に完了することは事実ではないということですが、速やかにクロージングすべきというお考えが変わらないということは、私たちの理解・納得度にかかわらずクロージング決議がなされる可能性を否定できないと受け止めざるを得ません」
物別れに終わった団体交渉
そう前置きし、最後にこう通告した。
「したがって、労働組合としては、本日この協議をもって8月31日を開始日としたストライキ実施について予告通知をさせていただきます」
苦り切った表情の井阪社長との間に入るように、そごう・西武の手塚徹人事部長が発言した。
「いまの宣言は、8月31日にストライキを実行するという宣言だということでよろしいでしょうか……。ストライキ権が労働組合に認められた権利であるのは事実ですが、やる必要がないならばやらないほうがいいに決まっていますし、もちろん労働協約に基づいて実行されるものだと思っています」
「労働協約に則って、あらためて書面で正式通知させていただきます」
1時半から始まった団体交渉が終わったのは午後3時だった。結局、これが井阪氏と団体交渉で向き合う最後の機会となった。
(寺岡 泰博 : そごう・西武労働組合中央執行委員長)