元TBSのドラマプロデューサー磯山晶さん(右)がNetflixと5年契約を結んだことがわかった。7月11日にNetflixコンテンツ部門のバイス・プレジデント坂本和隆さんと共にコメントを発表したところ(画像:Netflix)

定年まで残された時間は残り僅か。そんなタイミングで、ドラマ「不適切にもほどがある!」を手掛けたプロデューサーの磯山晶(いそやま・あき)さんはTBSを退職し、Netflixと契約を結ぶ道を選んでいます。7月11日に発表された内容は、フリーのプロデューサーとして今後、Netflixと5年間にわたり新作シリーズ・映画を複数製作していくというもの。好条件を掴んだとも言えますが、50代でなぜ自身のキャリアを見切る必要があったのでしょうか。本人に話を聞きました。

「離婚しようよ」がきっかけに

「Netflixからオファーをもらう。これ以上に良い話ってありますか? 正直、“やったぜ”って思いました」

ドラマプロデューサー歴28年の磯山さんが長年勤めたTBSを退職した後、Netflixと契約するに至った現在の心境を語る言葉は率直です。Netflixは、全世界の会員数は2億人超えで動画配信プラットフォーム世界市場シェアトップ。時価総額は約2800億ドルと競合のウォルト・ディズニーよりも大きく上回りますから、大袈裟ではないのかもしれません。

【2024年7月18日15時45分追記】初出時の金額に誤りがあったため修正しました。

これまで手掛けたドラマ作品の1つが今回の話のきっかけにもなっています。Netflixシリーズ「離婚しようよ」です。TBSとNetflixの共同企画として制作、2023年に全世界配信されたもの。当時、磯山さんはTBSサイドのプロデューサーとして参加していました。宮藤官九郎と大石静という2人の巨匠脚本家が共同執筆し、「選挙が終わったら、離婚しよう」と口裏を合わせる松坂桃李と仲里依紗が離婚の危機を迎えた夫婦役を演じる物語です。


松坂桃李と仲里依紗が夫婦役を演じたNetflixシリーズ「離婚しようよ」はTBSとNetflixの共同企画として制作された。磯山さんにとってNetflix契約のきっかけにもなった作品だ(画像:Netflix)

「離婚しようよ」を作ろうと思ったそもそもの背景として、コロナ禍のステイホーム生活が影響したそうです。「Netflixの作品に夢中になってしまって。配信ドラマの勢いを感じ、配信ドラマを作ってみたいと思いました。社内でNetflixとの共同プロジェクト企画を募集していることを知り、企画を出した次第です。これが上手くいったら、私はきっと配信ドラマの道が開けるんじゃないかと、内心そんなことを思っていました」

結果はNetflix 週間グローバル(非英語)TOP10ランキングで10位(2023年6月26日〜7月2日の期間)。これが評価され、思惑通りNetflixから打診を受けることに。

1年に1本、あと数本しか作れない

「これまですごく作りたいものを作ってきました。でもそのとき、55歳。このままTBSに居続けて頑張っても1年に1本、あと数本しか作れない。石井ふく子さんのように90歳まで番組を作り続けることができるとは思えないので、だったら違う形態を試してみたい。TBSを円満に退職して、フリーになって、TBSで培ってきたスタッフを起用してまたドラマを作れるなら、それがいいかなって思いました」

そんな思いで、Netflixと5年間にわたり新作シリーズ・映画を複数製作する契約を結んだというわけです。7月11日の発表時にはNetflixの日本オリジナルコンテンツ制作を統括するコンテンツ部門バイス・プレジデント坂本和隆さんが磯山さんとパートナーシップを組むことに期待しているコメントも発表されています。

制作する立場から地上波とNetflixのドラマを比較すると、Netflixの場合は世界190以上の国と地域で同時に視聴してもらえるチャンスがベースとしてあり、予算も大きく、労働環境の整備が進んでいることも実感したそうです。これもまた新たな道を選んだ理由と言えるもの。

視聴スタイルが多様化している現状にも思うことがあるという磯山さん。「1週間に1時間、決まった曜日に視聴者をテレビの前に連れてくることには、限界以上の限界を感じています」

放送当時、世間で大きな話題になり、賞レースで受賞も続くドラマ「不適切にもほどがある!」で再び身に染みた「地上波の醍醐味」があったからこそ、余計に思うことなのかもしれません。


「不適切にもほどがある!」や「俺の家の話」など磯山さんが手掛けたドラマがNetflixの視聴可能リストに並んでいる(画像:Netflix公式サイトより)

「ふてほど」放送中にNetflix契約を決めていた

「1週間溜めて放送することで、視聴者の“期待&リリース”のような感覚を覚えたのが『不適切にもほどがある!』。なかなか味わえるものではありません。たまたま上手くいったからであって、『早く金曜日が来てほしい』なんて言われる作品はTBS全体でもそう多くはない。3カ月かけてちょっとずつ喜びを得ることができるのも地上波ドラマならでは。地上波でドラマがヒットするということはこういうことだったなと思いました」

「不適切にもほどがある!」を放送している段階で実はNetflixとフリーで契約する道を心に決めていたと言います。「自分にとって地上波で放送する最後の作品に相応しく、地上波でしかできないような企画でもありました。この作品で終われるなんて、これ以上のことはなかったです」

今回のNetflixとの契約は磯山さんにとって、悔いはない決断だったと言い切れるのはこれまでのキャリアパスの構築にも関係しています。ラインに乗る、いわゆる出世コースの道を自ら選ばなかったタイミングがありました。

「編成部にいた当時、そのままいくとドラマ部に戻ってライン部長になり、局長とか役員になる道の分かれ目があったんです。でも、私は出世するよりも現場が良かった。ドラマを作るたびに朝4時に起きて、私は何をやっているんだろうって思うときもありますが、楽しいからできる。それで、そのとき、希望を出してTBSグループで制作プロダクションを担うTBSスパークルに出向しました。待遇的には局長職でしたが、もうラインに乗っていませんでした。(TBSにいる)夫を見ていると選択肢はいろいろあったのかなって思ったりもしますが、今の道はその時点で作られたんだと思います」


ドラマプロデューサー歴28年の磯山さん。「このままTBSに居続けて1年に1本、あと数本しか作れない」と50代でキャリア転換を図った(画像:Netflix)

磯山さんは「こういう選択もあるっていうことを後人にもお知らせしたい」という思いも語っていました。

一方で、自身が手掛けたいドラマの方向性と配信の相性の良さも決め手になったと言えます。

「『木更津キャッツアイ』を2002年にTBSで放送したときに「(このドラマを)すごく好きな人だけが好きな空間で集まって観れたらいいのに」っておっしゃってくれた方がいて。この言葉に触発されて、映画にしたらヒットしたことがありました。ドラマには特性というものは確かにあって、自分が作るドラマは確かに配信に合うって思います」

TBSで2000年に放送された「池袋ウエストゲートパーク」がNetflixで2023年1月に配信されると、日本国内のNetflix 週間TOP10(シリーズ)で2週連続3位、3週目も4位にランクインするほど反響を呼んだことからも裏付けることができます。

「ふてほど」とは別のベクトルのSF設定

フリープロデューサーとなり、Netflixと5年契約を結んだ今、「たとえラブストーリーであっても、つい笑ってしまうような振れ幅が大きいドラマを作りたいと思っています。明るくできるものだったら、日本でもいろんな国の人にも通じるはず。挑戦したいです」と語る磯山さん。

第1作目は、TBSグループの海外戦略を担うTBSホールディングス100%子会社THE SEVENのプロデューサーとしてNetflixオリジナルドラマを制作する計画を明かしてくれました。宮藤官九郎脚本であることもわかっています。ドラマの具体的な内容は現段階では発表できないものの「ちょっとしたSFです」と話す磯山さんから、新天地で納得できるスタートが切れていることが伝わってきます。

「登場人物が極端な状況に置かれたほうが伝えたいことが伝わりやすいって思っています。『不適切にもほどがある!』とは別のベクトルのSF設定ですけどね。現代人の悩みとか生きづらさに寄り添ったものにしたいです」

(長谷川 朋子 : コラムニスト)