最近見る機会が減ったバキュームカーですが、工事現場の仮設トイレや、下水道が整備できない地区などで、し尿の汲み取りは必要とされています(写真:筆者撮影)

先日、次のような光景に出くわした。

登校途中の中学生の集団の横を清掃車が通ったとき、そのうちの1人が迷惑そうな口調で「清掃車、臭いな」と大きな声をあげて言ったのだ。

確かに臭いはした。しかし、社会に必要な仕事に従事している人に向かって大きな声で言う言葉ではないだろう。しかも「清掃車自体が臭い」のではない。「排出するごみが臭い」のである。

中学生の集団は清掃車を馬鹿にしながら過ぎ去っていったが、関わりを持ちたくなかったので注意しなかった。だがしばらくしてから、注意しなかった自分を後悔した。

活躍しているバキュームカー

ごみ収集以外の臭いが伴う業務といえば「し尿収集」があげられる。現在では水洗トイレが普及しているため、都市部ではし尿収集にあたる衛生車「バキュームカー」をそれほど見ない。

しかし何らかの理由で下水道が整備できない地区や工事現場の仮設トイレにはし尿収集が必要であり、バキュームカーが活躍している。そしてその業務に従事している方々も当然いる。

筆者はし尿収集業務に携わる公益財団法人東大阪市公園環境協会の前田真氏(36)と偶然知り合い、東大阪市でのし尿収集を見学させていただいた。

本稿では、し尿収集業務の実態と、そこに携わる方々が職業差別を受けながらも自らの仕事の価値を高めて乗り越えようとしている状況を述べてみたい。

【写真7枚】知られざる「し尿」の収集作業に密着した

東大阪市は大阪平野の東端にあり、「中小企業のまち」「ラグビーのまち」として知られている。都市化された地域であるが、生駒山には岩盤が硬く下水道が敷設できない地区が存在する。

その地区の世帯や、借家の大家が下水道への接続を見合わせている世帯が約1300も存在する。

これらの世帯や工事現場等に設置された仮設トイレのし尿収集を担っているのが、2012年に東大阪市が100%出資した外郭団体・公益財団法人東大阪市公園環境協会(以下、協会)である。7台のバキュームカーを駆使して、約1300世帯のし尿を月2回収集している。


公園環境協会の事業所に並ぶバキュームカー(写真:筆者撮影)

し尿収集は汚れが伴う作業である。その汚れはし尿ではなく、むしろ家屋の裏までホースを伸ばしていく際につく土や泥によるものだ。もしし尿が付着してしまった場合はすぐに事業所に戻って着替える。

実際のところ過酷なのは臭いではなく、夏場に発生するハチだという。家屋の裏側で収集作業をしていると、アシナガバチやスズメバチに刺されてしまう作業員もいる。

過酷で難しい作業

作業は3人体制で行われる。これは詰まった汚物が吸い込まれ始める際にホースが暴れる(「走る」)ときもあるため、人にあたったり周辺の器物を損壊させたりしないように、足で踏みつけてしっかりと固定する必要があるからだ。


汲み取りを始める前に、ホースの位置を決める(写真:筆者撮影)

3人は多いと思うかもしれないが、安全作業で細やかな配慮を施しながら収集するためには必要な人員だ。

実際、ホースは重くて硬く、思うように取り扱えない。手元が狂うとホースに残る汚物が飛び散り、周囲を汚してしまったり自らも汚れたりする。慎重に便槽の蓋がある箇所まで伸ばしていき、吸引作業へと移っていく。

収集業務は便槽にホースを入れるだけに見えるかもしれないが、細やかにホースをコントロールする技術が必要だ。

便槽の中にホースを入れ、し尿の表層と同じ高さにキープするが、吸引力が強いため結構な腕力がいる。かなり速く吸引されるため、表層の位置が下がっていくのに合わせて高さをキープしなければならない。


ホースを固定しながら吸引していく(写真:筆者撮影)

吸引が弱くなったと感じたときは、いったんホースを汚物から外し、空気を吸い込ませてホース内の汚物をタンクへ送る。その際には「ゴロゴロゴロゴロ」という音が響いてくる。

やがてタンクの中に汚物が入ると「スーーー」という音に変わる。この「息継ぎ」が終われば再度、汚物の表層にホースを近づけて吸引作業を続ける。

生理用品やカイロが入っていることも

便槽にはし尿やトイレットペーパーがあるが、生理用品や冬場はカイロが入っていることもある。カイロは吸い込めないため、汲み取りの依頼者に処理を依頼するが、対応が難しい場合は別途収集することもある。


収集作業にあたる前田氏(写真:筆者撮影)

また、固形物が大きくホースに吸い込まれないときも大変だ。

ホースの口の角度を変えて吸い込ませると一気に流れ込むため、ホースが暴れる現象が起こる。吸引者が「走るよー」という声をかけ、残りの2人はしっかりとホースを固定し、器物の損壊を防ぐ。

3人のチームワークにより収集作業が続けられていく。

きれいにし尿を取ることを心掛け、借りた水を便槽に流し込み、固形物が残らないように全て吸い取る。留守中に収集するときは、収集が完了した旨を伝えている。たくさんの細やかな配慮を施しながら作業を行っている。


し尿は前処理・希釈され下水道に放流する(写真:筆者撮影)

バキュームカーのタンクがいっぱいになってくると「し尿等下水道放流施設」に向かい、そこに汚物を降ろして再度現場へと向かっていく。

「臭い」の声、屈辱的な体験を重ねて

バキュームカーには脱臭機を装備しているが、作業では臭気を伴うため子どもに限らず大人からも「臭い」と言われたり鼻を摘ままれたりする屈辱的な経験を前田氏は重ねてきた。

たとえば収集作業中、中学生の一団が街の美化活動の一環でごみ拾いをしながら近づいてきたときのこと。前田氏はホースが暴れてぶつからないよう、道の端に寄せて足で押さえ「ご迷惑をおかけしております」と言った。

しかし、生徒のうちの一人がわざとらしく大声で「くっさ!!きも!!」と言い、それに続くように幾人もの生徒が、にやにや笑いながら「くさいなぁ。きもいなぁ」と吐き捨てて去っていった。

この暴言は、その列が通り過ぎるまで吐かれ続けたという。列の前後には教員がついていたが、謝罪はなされず、作業員の方々と目を合わせることもせず、そそくさと去っていった。

生徒の暴言や教員の態度に前田氏をはじめとする作業チームのメンバーには激しい怒りがこみ上げたが、「相手にせんとこ」と言って、怒りをぐっとこらえて鎮めた。

前田氏は帰宅途中、市役所の壁に吊るされた垂れ幕が目に入った。そこには「みんなで差別をなくそう」と書いてあった。それを見た瞬間、自然と涙が溢れだし、嗚咽が暫く止まらなかったという。

「し尿収集者は社会の宝」

このような経験をしても、前田氏ら協会の皆さんは職業差別を超越した次元で仕事を極めようとしている。

職場での研修を通じてコンプライアンス遵守を徹底し、自らの使命「地域の公衆衛生を守る、まちをきれいに守る」を確認し合い、その目標に全てのパワーを集中させるように歩んでいるのだ。

どんな罵声を浴びせられようが、それに反応するパワーまでも目標へのエネルギーへと変換させ、地域の公衆衛生を守る方法とは何か、平時・災害時を問わずまちをきれいに守るためにできることは何かを議論し合い、実践でそれを追求している。そのうちの1つが「トイレの専門家になる」である。

実際に前田氏らは次世代へつなげていくため、2つの改革を実践している。

まず第1に「親切・丁寧・迅速・確実な収集の徹底」として、丁寧な声掛けやきめ細かい配慮をこれまで以上に強化した。また災害時における収集処理行動計画や事業所のBCP(業務継続計画)を策定し、「災害時のトイレ対策のスペシャリストになる」ようにした。


職場全員でBCPへの認識を深めている様子(写真:筆者撮影)

災害時のために各家庭で携帯トイレを備蓄してもらい、その使用方法を市民に周知徹底するなどしている。

これらの取り組みは汲み取り業務を進化させ、社会の誰もから必要とされる業務へと昇華させる先進的な取り組みだ。

全国的に広がれば、し尿収集に携わる職員が、私たちの日常の排泄を守ってくれる人たちであるという認識が浸透していき、これまでの職業差別が一掃されていくのではないかと思われる。

この流れの先には、「し尿収集者は社会の宝だ」と認識される社会が展望される。

【写真7枚】知られざる「し尿」の収集作業に密着した


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(藤井 誠一郎 : 立教大学コミュニティ福祉学部准教授)