JR湖西線「強風・比良おろし」に翻弄された半世紀
近江高島付近を走る湖西線特急サンダーバード号(写真:traway/PIXTA)
JR西日本湖西線は関西と北陸を結ぶ大動脈で、特急「サンダーバード」が京都駅と敦賀駅を最短52分、最高時速130kmで走り抜ける。
東海道本線山科駅からトンネルを抜け、大津市街地を高架線で進むと、車窓右側に琵琶湖の青い水面を一望できる。左は比良山地の緑の山々が続き、棚田が広がる区間もある。意外に風光明媚な路線だ。
一方、冬季は、日本海側からの強い風「比良おろし」の影響で徐行、運転見合わせが続くのが悩みの種である。多い時期は月に3〜4日、運休する日がある。
今年7月20日に開業50周年を迎える湖西線。3月の北陸新幹線敦賀開業で重要度を増したその姿を追っていこう。
高速運転を前提に勾配やカーブも緩めで設計
湖西線は正式には山科―近江塩津間の路線であるが、実態としては東海道本線京都駅と北陸本線敦賀間を結ぶ路線となっている。
開業は1974年とJR線では比較的新しい。特急の高速運転を前提として勾配やカーブも緩めで設計された。線内は高架線やトンネルが連続する完全立体交差で、踏切はない。
湖西線の使命は2つある。
1つは、大阪・京都と北陸を結ぶ北陸特急の短絡路としての役割である。
大阪―敦賀間の特急サンダーバードは1日25往復運行されている。以前は金沢まで運行されていたが、今年3月の北陸新幹線延伸で敦賀駅発着となり、新幹線「つるぎ」への乗り換えが必要になった。湖西線内全駅を通過するのが基本だが、一部は朝夕に堅田駅、近江今津駅に停車し、通勤特急としても利用される。
湖西線内での特急利用人員は2018年度で9213人(下り片道1日平均)で、JR西日本管内で一番多い。コロナ禍による急減もあったが、2023年は回復基調にあった。
ただ、北陸新幹線敦賀延伸直後となる2024年ゴールデンウィーク、利用実績は前年比90%と振るわなかった。JR西日本に聞くと、北陸応援割終了による反動や、1月の能登半島地震の影響があったという。ほかにも、特急自由席廃止によるピーク時の乗客減、敦賀駅での乗り換えの手間が報道されたことなど複合的な要因が考えられる。
湖西線の課題は秋から春の強風「比良おろし」
湖西線のもう1つの役割は、滋賀県の琵琶湖西岸、湖西地区の通勤通学輸送だ。
利用が多いのは、大津市西部に位置する大津京―堅田間である。5駅計の2019年度の乗車客数は1990年度比で47%増と好調が続く。
大津京駅の乗車客数は2019年度で1日当たり9672人(1990年度比79%増)と線内で一番多い。付近で大規模マンションが次々と建設され、駅利用者は順調に増えている。堅田駅は大津市北西部の中心地で、江若(こうじゃく)交通が周辺地域にバスを走らせている。比叡山坂本駅は、延暦寺と日吉大社の門前町である坂本に近い場所にある。
大津市北部(旧志賀町)小野―北小松間では、湖西線開通後、戸建て住宅の整備が進んできた。京都に近くて地価が安いこともあり、ファミリー向けの需要が増えた。珍しいのは、市立志賀中学校の通学利用で、全校生徒540人の約8割が電車で蓬莱駅まで通う。北小松・比良・蓬莱駅では小学生の電車通学もある。ゆえに強風による運休時の対応が悩みの種である。近年は、地域の少子高齢化、湖西道路の無料化の影響もあって利用減が目立つ。
厳しいのが高島市の近江高島―マキノ間の各駅だ。主要駅である安曇川駅の2019年度の乗車客数は2000年度比71%、近江今津駅は同69%と利用が芳しくない。高島市の高校生の人口(2022年、15〜17歳)が2007年比63%に激減した影響が大きい。
長浜市にある永原―近江塩津間の普通は、開業時だと気動車で1日3本、20年前でも交直流電車で同8本と極端に少なかったが、2006年の直流電化で、湖西線新快速が敦賀まで乗り入れるようになった。北陸新幹線の敦賀開業で、今後、新快速の直通客が増えていくかもしれない。
湖西線の最大の課題は「比良おろし」と呼ばれる強風である。日本海側の若狭湾から比良山地を越えて琵琶湖へ吹き降ろす北西の風で、秋から冬、春にかけて発生する。堅田駅以北で比良山地沿いの高架線を走るため、強風の勢いを真横から受けやすい。1979年と1996年、台風の影響を受けて貨物列車が脱線している。
運休が特に増えたのは2006年以降である。前年の羽越本線の特急脱線事故以降、JR各社は強風による運転見合わせの基準を秒速30m以上から同25m以上と強化。瞬間的な風速でも適用するようになり、2006年度は運休が33回あった。以降、利用者は、ネットで天気予報とJRの運行情報をチェックするのが日課になった。朝に電車が止まると通勤通学ができなくなるし、夕方に運休すれば家へ帰れなくなる。
大変なのは特急サンダーバードも同じだ。湖西線が運転見合わせとなると、東海道本線米原駅経由に変更されるが、大回りとなるため、定刻より20〜30分の遅れが見込まれる。敦賀駅で接続する新幹線つるぎは到着まで待機してくれるが、乗り換え客は広大な駅コンコースを小走りで移動せねばならない。気が重い。
防風柵で運休時間は7割減になったが…
そうした不安定な運行は沿線住民の利便性を阻害している。高島市では、湖西線の強風問題が若者定住、人口減少などに影響を及ぼしているとの議論もある。
JR西日本も湖西線の運休防止のための対策を推進してきた。
2008年に湖西線比良―近江舞子間の高架線の山側に防風柵が完成する。レール面から高さ2mの強化プラスチック製で、整備区間の規制値を秒速30mとすることで、運転見合わせ時間が約3分の1以下になると試算。実際、運転規制は2007年に38回発生したのが、2012年に6回まで減少した。防風柵は順次延長され、2019年に計14.6kmが完成する。また、和邇駅に折り返し設備が増設された。特に風の強い志賀駅以北で風速が規制を上回ったときでも、京都―和邇間の電車を運転できるようになった。
ただ、高島市議会2024年3月議会の会議録を見ると、「暴風壁(ママ)が整備される前より、今は悪くなった」との声もあるようだ。
実際はどうなのか。JR西日本に確認すると、「防風柵の設置で運転見合わせ時間が約7割低減」という目標は達成しているという。ただ、年ごとに規制がかかる日数が変動するため、単純に比較するのは困難なようだ。
湖西線には強風「比良おろし」対策の防風柵が山側に設置されている(筆者撮影)
そこで、JR西日本がX(旧Twitter)で公式に運営している「JR西日本列車運行情報(湖西線)」の運休情報を拾い上げてみた。
湖西線で強風による運転見合わせが多発するのは、例年10月から4月にかけての時期で、風を理由にした運休の日数は、2021―2022期で12日、2022―2023期で5日、2023―2024期で14日とシーズンによって大幅な変動がある。以前は風が強くなったので1〜3時間運休して運転再開というパターンが基本だった。しかし、2023―2024期は、前日に「強風が見込まれるため、明日は始発から運休が見込まれています」などとアナウンスし、実際に運転を見合わせる計画運休が増えた。
計画運休とは、台風や雪など天候の変化をあらかじめ分析し、早期に運休を決定し告知する列車運行管理の考え方だ。JR西日本は、2014年10月の台風のときに、夕方から京阪神地区の全列車を運休させ、一定の評価を得た。JR東日本など他社も計画運休を導入した。批判の声もあるが、リスクマネジメントとして方向性は間違っていない。
年十数回の運休がライフスタイルに影響
ただ、JR西日本には苦い経験がある。2023年1月に起きた雪のトラブルだ。東海道本線山科―高槻間の各所でポイントが凍結し、15本の列車が駅間で動けなくなり、計7000人の乗客が車外に出られず立ち往生した。以降、JR西日本はダイヤ混乱時の運行に慎重となった感がある。湖西線の強風対策でも、計画運休の考え方を導入し、運転見合わせの時間が増えた。
湖西線で高島市から京都駅まで通勤している運輸関係者は「安全運行は何より大切で台風や大雪の運休は理解できる。ただ、風での運休はもう少し工夫してほしい」と実感を込めて語る。家族が大学の入学試験を受けたときは、運行の不安定さを危惧して京都市内のホテルに泊まらせたという。台風や大雪による計画運休は年に1〜2回なので、利用者も許容できる。だが、湖西線の強風による運休は、多いシーズンだと年に十数日あり、仕事や通学、生活への影響が大きすぎる。
湖西線で電車が止まると、運転区間の北限となる和邇駅、近江舞子駅の駅前ロータリーには送り迎えのクルマがあふれる。大津市と高島市を結ぶ国道161号は大渋滞し、いつ自宅に帰れるかもわからない。マイカーも代替手段にならない。
強風問題は湖西線沿線住民のライフスタイルに大きな影響を与えている。運行可否の判断とタイミングが難しいのは理解できるが、風が強くもないのに運転見合わせを続けるケースもある。
細かい情報発信をするなど利用者目線での配慮、運用が大切だ。JR西日本は強風予測の検証などの対策を進めており、今後の研究の深化が望まれる。
沿線人口減少への対応も課題に
湖西線の将来ビジョンを描くとき、JR西日本と地域との協働がカギとなる。
特に高島市の人口は、2005年の5.5万人から2024年は4.5万人に減った。2050年は2.8万人に急減するとの推計もあり、人口戦略会議は「消滅可能性自治体」に分類した。高島市の高齢化率は37.6%と県内市町でトップ。高校生など若年人口が急減し、それが市内各駅の利用の大幅減につながっている。北陸新幹線の並行在来線問題も影を落とす。地元としても定住人口の確保が喫緊の課題だ。
JR西日本は、高島市と提携して「おためし暮らし」キャンペーンを展開。自然豊かな地方で暮らしながら都市圏の職場へ行き来するライフスタイルの開拓を目指す。市は空き家などの斡旋をおこない、JR西日本はJR運賃や特急料金の最大40%をポイントで還元している。
また、2021年からは、おごと温泉駅に近い成安造形大学と湖西線アートプロジェクトを展開している。地域と学生とJRでワークショップを開き、駅で学生たちのアート作品が展示されている。
近年、JR西日本は、沿線との共生を目指して、地域の活性化や課題解決につながる取り組みを各地で展開している。地域に根差した地道な取り組みで湖西線の魅力向上へつなげることを期待したい。
(森口 誠之 : 鉄道ライター)