(編集部撮影)

写真拡大 (全5枚)


大和ハウス東京本社ビルのワークスペースに出店した「ファミリーマート大和ハウス東京ビル店」。一般的な路面店舗と同じようにイートインやコーヒーコーナー、ATMもある(写真:大和ハウス)

東京都飯田橋に構える大和ハウス工業の東京本社・本店ビル。14階でエレベーターを降りて、セキュリティゲートをくぐると、執務フロアが眼前に広がった。そこは5月に新設された、グループの社員が自由に使用できるワークスペースだ。

ゆったりとした空間に、真新しい円形や長方形のテーブルが数多く置かれ、熱心に議論する社員の姿がある。フロアの奥に足を向けてみると、オフィス内では見慣れない、飲み物やお菓子が所狭しと並ぶ一角が現れた。

「ファミリーマートです」。大和ハウス総務人事部の福光亜樹子氏はそう説明した。

じわじわ増加のオフィスコンビニ

福利厚生の一環で、一般的な路面店と同じような「オフィスコンビニ」を職場に設ける会社が増えている。簡易的で無人のコンビニを設置するケースはあるが、オフィス内に本格的な店舗を設ける事例はまだ多くない。

ファミマの場合、オフィス内にある店舗は全国200店弱。大和ハウスのように1つの企業の関係者しか使用できない専用店舗は20店舗ほどしかない。

大和ハウスのオフィス内にある「ファミリーマート大和ハウス東京ビル店」には、イートインコーナーも設けられている。これは「全国的に見ても珍しい」(ファミリーマートの広報担当者)という。

【写真】商品数は1200種類。手軽に食べられるお菓子類が充実。「ファミリーマート大和ハウス東京ビル店」の様子

大和ハウスの東京本社・本店ビルで14階と23階のフロアの大規模改装が完了したのは今年5月のことだ。改装と同時にファミマも開業した。

29坪の面積の店舗には無人決済システムも設置しているが、基本的にはスタッフがいる。並んでいる商品数は1200種類。通常の路面店の3分の1だが、仕事中でも手軽に食べられるお菓子類が充実している。

とくにグミの品揃えは一般の路面店よりも多い。トイレットペーパーなど日用品も配備されている。業務終了後に日用品を購入して、そのまま帰宅する社員がいるようだ。


グミの種類が豊富なことに驚く。HARIBOブランドやグミサプリなどの商品も並ぶ。のど飴も種類が多い(記者撮影)

大和ハウスがコンビニを誘致したのは、働き方改革の一環としてフロアを刷新し、それに伴って社員にとって便利な労働環境を提供したいとの考えがあるからだ。

条件面の折り合いがなかなかつかず

1999年に竣工した大和ハウスの東京ビルは、収容キャパが2000人となっている。だが、現在はビルに入居するグループのスタッフが3500人を超える。

「フロアに席が足りない。打ち合わせする場がない」。そんな苦情が総務部に数多く寄せられ、これに対応するために一部フロアの大規模改装を決断。昨年8月にプロジェクトチームが発足した。

フロア改装の具体的な計画策定にあたり、事前に社員アンケートを募ったところ、「『新しいフロアにカフェやコンビニを入れてほしい』との要望が最も多かった」(改装プロジェクトリーダーの小松祐太氏)。

社員の士気が向上すると判断し、コンビニ誘致の交渉に乗り出した。ところが、折衝は難航した。「複数の会社に声をかけたが、条件面の折り合いがつかなかった」と、小松氏は振り返る。

大和ハウスのように1企業しか使用しないオフィスコンビニは事例が少ない。費用負担や品揃えをどうすればいいのか、コンビニ運営会社側にとって悩ましい側面があった。休日は基本的には営業しないこともあり、月商のメドが立つのかどうかという不安もあった。

交渉は暗礁に乗り上げ、半ばあきらめかけていた。そこに事業面でつながりのある部署の社員から、「ファミマが『提案したい』と言っているよ」と声がかかった。

ファミリーマートは無人レジや無人決済店舗を活用したオフィスコンビニを運営している。人件費をなるべくかけない運営のノウハウを持っていた。

また、大和ハウスの店舗限定でファミマの自社アプリ「ファミペイ」で決済すると「ファミマポイント5%還元」を実施する需要喚起策を提案した。ほかにも取扱商品の多さやコーヒーマシンの設置などもあり、これらが決め手となって出店が決まった。営業開始予定のわずか1カ月前となる今年4月のことだ。

開店後は順調に稼働しているようだ。小峰一平店長は次のように語る。

「最初は採算ギリギリのラインだったが、今は社員のご利用が増えて日販も上がってきたので利益を確保できている」

コンビニ以外にも環境を大きく見直し

大和ハウスがフロアの大規模改装に伴って職場環境の改善を狙った施策は、コンビニ誘致だけではない。14階にあるワークスペース「JUNCTION−BASE(ジャンクションベース)」は人、モノ、情報が交わる場所として設置された。

「さまざまなタイプのイスやテーブルを用意した。好きな場所を選んで、自律的に働けるスペースにした」と小松氏。背もたれの高いソファーに座って2、3人で作業することができる通称「ファミレス席」は人気スペースとなっている。


14 階に新設されたワークスペース「JUNCTION−BASE」。さまざまなタイプのテーブルやイスが設置されている。窓際の「ファミレス席」がいちばん人気(記者撮影)

JUNCTION−BASEには、取引先のメーカーがカタログやサンプル帳を置く「マテリアルクローク」を設けた。各事業部を紹介するパネルを設置するコーナーも確保した。

「ほかの事業部の仕事内容がわからない」「部署と部署の横のつながりがない」との声が社内に多数あったことを反映した。建築やマンション、環境事業部といった部署ごとに注目案件が掲示されている。その事業に関わっている担当者の名前や問い合わせ先も表記されている。

もともと食堂だった23階も大規模改装し、食事も仕事もできるワークダイニングカフェ「I/O−BASE(アイオーベース)」にした。

全体で219席を備え、「ライトエリア」と「ダークエリア」の2つのゾーンにわけ、空間にメリハリをつけることで集中して仕事ができる環境を整えた。

I/O−BASEには観葉植物を数多く置いた。リラックス効果が発現すると言われる緑視率を保っている。


ワークダイニングカフェ「I/O−BASE」は食堂スペースとワークスペースとで照明の明るさを変えている(記者撮影)

20〜30代の社員が改装計画を立案

こういった大規模改装のプロジェクトは、20〜30代を中心とする若手社員が担った。昨年8月に社内公募で集まった29人の若手が2チームに分かれて、それぞれ改装案をまとめた。社内プレゼン、コンペを経て、1月に小松氏がリーダーを務めるAチームの案が採用された。

大和ハウスが若手社員の立案によるフロア刷新を図った背景には、建設業界の慢性的な人手不足がある。建設業界は従事者の高齢化が進む一方で、若手の入職が十分ではない。今年4月からは時間外労働規制が適用開始となり、労働力の確保がより深刻化している。

しかも大和ハウスは、文化放送キャリアパートナーズの「建設・住宅業界の就職人気ランキング」(2024年卒業の学生を対象に行った調査)で16位と、ライバルの住友林業(1位)や積水ハウス(6位)の後塵を拝している。入社3年目離職率も20%強(2023年度)と、危険水準とは言えないが改善は必要だ。

今年4月からは、勤務中の服装を柔軟に選択できるビジネスカジュアルを導入。2年ほど前からは、上司を含めた同僚を「さん」付けで呼ぶ運動を始めた。東京本社ビルは夜8時には消灯し、残業規制を徹底する。

ハード、ソフト両面から働き方改革を推進する大和ハウス。オフィスコンビニ導入を含むフロア改正を起爆剤に、若手の入職促進・定着率向上といった課題を解決できるか。ハウスメーカー大手の真価が問われる。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)