海自潜水艦「はくげい」の進水式の様子(写真:時事)

海上自衛隊の潜水艦修理に絡む川崎重工業の裏金問題が明らかになった。川重は架空取引で裏金を作って、組織的に潜水艦乗員に対して飲食などの接待、家電やゲーム機、釣り用具などの物品を隊員に渡すなど便宜を図っていた疑いがもたれている。

我が国で潜水艦を建造できるのは川崎重工業(川重)と三菱重工業(三菱重工)の2社だが、潜水艦メーカーが本当に2社必要なのだろうか。

アメリカ、スウェーデン、イギリス、フランス、ドイツ、フランス、イタリアなどの潜水艦製造を行っている国では輸出を行っている国もあるが、潜水艦メーカーは1社に集約されており不都合は起きていない。例えばフランスはタレス社とフランス政府が株式を保有するDCNS、ドイツはティッセンクルップ・マリン・システムズ傘下のHDWなどだ。

海自潜水艦で競合関係にない川崎重工業と三菱重工業

海自潜水艦の設計は両社が共同で行っており、同じ潜水艦を隔年で建造しほぼ同じ価格で約400億円の売り上げを分け合っている。つまり2社が存在することで開発技術や性能、調達や維持コスト、品質などで競争は存在しない。実質的に1社の仕事を2社で分け合っている。

しかも両社の潜水艦ドックは神戸に隣り合わせで所在する。例えばこれが、片方が川崎あたりにでもあるのならば震災や敵の攻撃からのリスク分散という名目もあるが、それもない。無論価格や品質での競合も起こっていない。

そうであれば事業統合を行っても問題あるまい。そうすればドックは2つ維持するにしても管理部門などは統合、合理化ができるはずだ。防衛省としても管理が楽になる。そうすれば潜水艦の調達コストの低減も可能だろう。

ただ実際に三菱重工、川重のどちらかが相手の事業を買い取ることは難しい、ドックなど敷地や設備に相応の価値があり、これを普通に評価すれば将来事業拡大も見込めない事業取得のメリットは低い。過剰に安く譲渡すれば株主から突き上げられる。ゆえに両社が出資して特別会社を設立する手が一番スムーズだ。

その場合、役員人事などがたすき掛けになったり、経営の硬直化が心配される。新会社が政府の黄金株を発行して政府の関与を担保したうえで、どちらかの会社を主として、もう片方を従としたうえで、上場会社として経営を透明化する必要がある。経営幹部は財務省から出向させてもいいだろう。また社長を外部から招聘するなどの措置も必要だろう。

木原稔防衛大臣は会見で筆者の質問に対して、防衛産業の再編は民間の問題であり、防衛省は関与しないと答えた。だがそれは責任の放棄である。潜水艦は唯一の顧客であり、税金を使って装備を調達している防衛省には防衛産業の適正化の義務があるはずだ。

防衛省は事業統合による生産効率も求めず、利益率を原価の8パーセントでは低いからと「他国並」に13パーセントに上げるが、これは事業統合を阻害し、経営の効率化や合理化の意思も奪う悪手である。他国のメーカーの利益率が高いのはリスクを負って自主開発を行い、輸出市場で勝負しているからだ。リスクを取らない国内の防衛産業の利益率を同じにする必要はない。利益率を上げるならば、事業統合による生産性の向上やコスト削減をセットにすべきだ。

他国より短い期間で廃棄される潜水艦

事業統合すれば潜水艦の製造ペースを下げることも可能だろう。その分防衛費を節約できる。海自の潜水艦部隊は長年16隻(+練習艦)体制だったがこれは戦略的な理由というよりも潜水艦メーカー2社を維持することが優先された結果だ。当時潜水艦はこの体制のためにわずか15年で「使い捨て」にされてきた。他国ではありえないペースで廃棄している。実際海自は耐用年数を15年と定めている。

他国は20〜30年ぐらい使用され、退役後に輸出されることも少ない。確かに艦齢が長くなれば潜水可能水深深度が浅くなることはあるが、15年でそこまでひどくなることはない。

実際に第2次安倍政権では海自潜水艦隊が6隻増やされて22隻体制に増強された。だが増加分の潜水艦は延命措置によって既存の潜水艦の耐用年数を増やすことで対応している。「おやしお」級の1、2番艦は練習艦に艦種変更されたが、3番艦「うずしお」は2000年竣工だが、延命措置を受けて艦歴23年で現役である。つまり海自自ら耐用年数15年は嘘だったと公言しているに等しい。

潜水艦22隻体制を維持することは今後、人的資源の面からも不可能だ。護衛艦などの水上戦闘艦にしても慢性的に乗員の充足率はかなり低い。そして潜水艦乗組員、サブマリーナは航海中に密閉させた艦内で過ごすことからより厳しい適性が求められる。

ジミー・カーター氏は潜水艦乗組員だったが、適性がないと判断されて政治家に転向し、合衆国大統領となったほど適性がある人は限られる。当時の彼の著作『Why not the best?』のタイトルは潜水艦乗り時代の上官であったハイマン・G・リッコーヴァー提督の言葉であった。

そもそもきつい艦隊勤務は人気がなく、パワハラやセクハラが問題化されにくい組織文化と相まって離職者も少なくない。防衛省は「人的基盤の抜本的強化に関する検討委員会」も設立して対策を講じているが、これまで防衛省の対策は成果が上がっているとは言えない。しかも今後少子高齢化で若年勤労者の数は減っていく。サブマリーナの確保は困難だ。

筆者は7月9日の防衛省会見で木原大臣、酒井良海上幕僚長に潜水艦22隻体制を人的資源の面から今後も維持できるのかと質したが、両者とも我が国の防衛省22隻体制の堅持は必要で維持すると述べた。

だがそれは精神論、べき論ではないか。現実問題として2023年度の自衛隊の募集計画の達成率は過去最低の51パーセントまで下がっている。特にいわゆる「兵隊」「水兵」にあたる任期性自衛官の募集達成率は30パーセントに過ぎない。その中で潜水艦乗組員の適性を持ったものはどの程度いるのだろうか。しかも問題は新規の隊員だけではない。自衛隊では中途退職者が極めて多く、財務省も長年警鐘を鳴らしてきた。だが中途退職防止策も功を奏していない。いくら防衛省が力んでも乗組員が集まらなければ22隻体制は画餅である。

他国で導入されているクルー制は実現せず

省力化によって1艦あたりの乗員数減らすことを進めても潜水艦の数は減少せざるを得ないだろう。潜水艦の隻数を例えば12隻、10隻に減らして他国でも導入されているクルー制を導入すべきだ。クルー制とは1隻の潜水艦に2組の乗員を用意し、交互に乗り組むシステムだ。こうすれば現状は帰港後、遊んでいる潜水艦を有効利用でき稼働率を上げることができる。

また乗員の年間の乗艦期間を減らし、航海の負担を減らすことができる。陸上で教育を受けたり、他の任務に従事したりもできる。少ない艦でもより高い稼働率を維持でき、また任務の苛烈さからくる離職者も減らせるはずだ。

実は海自でも「もがみ」級フリゲートの導入にあたっては3隻に対して4組のクルーを用意したクルー制を導入する予定だったが、実現していないという。これは筆者の海幕長への質問で明らかになったが、その事実も理由も海自は説明してこなかった。また先の海幕長会見でもこの件を質問したが、回答できないとのことだった。我々納税者は海幕が適切な対策を取っているのか知るすべはない。これは納税者に対して説明責任を果たしているとは言えまい。

さらに申せば護衛艦も潜水艦も本来定員に入っている医官はまったく乗り組んでいない。例外は海外任務のときだけだ。医官の不足は深刻であるが、これも長年放置されて改善していない。それは戦争を想定していないのか、戦時の人的損害に無頓着ということだ。これではかつての帝国海軍以下である。これまた木原防衛大臣、酒井海幕長に尋ねたが、具体的な対策を聞くことはできなった。

実は海自の潜水艦の性能は大概怪しい。海自の潜水艦は世界最高レベルだと自画自賛しているが根拠はない。我が国の潜水艦は輸出もされていないし、諜報機関があるわけではないので、他国の潜水艦の実態がわかるはずがない。

かつて海自の掃海能力は世界一と自画自賛していた。ところが湾岸戦争後ペルシャ湾で掃海任務に派遣されたときに、他国の掃海艇が高度自動化され、船体もFRPが主流であった。対して海自掃海艇の装備は旧式で人力に頼ることが多く、船体は木製だった。これに慌てて海自は他国から掃海装備を導入し、船体もFRPに変更した。このように海自の自画自賛は得てしていわゆる「大本営発表」であることが多い。

潜水艦にしてもソナーなどのシステムは貧弱である。例えばイージス艦が搭載している米国製ソナーで探知できる潜水艦が汎用護衛艦の搭載する日本製ソナーでは探知できない。ソナーメーカーは我が国ではNECと沖電気の2社が存在しているが、競合することなくそれぞれアクティブソナーと、パッシブソナーで棲み分けをしている。当然輸出はしていない。本来これも事業統合が求められる。同じ分野で開発費なども按分しており、効率が悪い。両社とも音響工学の博士号をもった社員もいないという。

デバイスに関して日本製は問題ないが、ソフトの面では欧米に大きく遅れている。以前オーストラリアに日本製潜水艦を売り込んだが失敗に終わった。その原因の1つがソナーなどを含めるシステムの低性能にあると言われている。

またソノブイにしても米国製の何倍も高価なのに性能は低い。このためリムパックなどでは米国製ソノブイを使ってきたという。国産ソノブイの性能が低いので、海自哨戒ヘリ用にソノブイを調達しているがあまり使用されていない。本来哨戒ヘリはソノブイを投下して、敵潜水艦の位置をある程度掴んだ上で、機体から下ろすデッピングソナーを使用するが、海自の哨戒ヘリはほとんどデッピングソナーしか使用しないという。

今年海自哨戒ヘリ同士が夜間に衝突して8人が亡くなるという痛ましい事故が起こった。防衛省の事故調査報告書ではその指摘はない。報告書では指示を出していた指揮官が2機のヘリが同一の目標を捜索していることを互いに伝えていなかった上に、2機に安全な高度差を取るよう明確に指示していなかった、というがデッピングソナーをしていれば同じ高度を取るしかない。この点がなぜ指摘されていないのか。もしデッピングソナー偏重運用の問題が背景にあったのだとすれば、あの事故は「人災」とも言えるかもしれない。

輸出市場で顧客からの評価もなく、小さな防衛省市場をわけあっているので人員や開発費も増やせまい。売り上げが少なく、計画当初は必要ないとされていた「いずも」級にNEC製バウソナーを搭載している。このため余分なソナー要員が乗員に必要となり数年に一回ゴム製の外皮を取り換えて莫大な維持費がかかる。

中古潜水艦の輸出は有効活用の1つの方法

税金の有効活用という面では中古潜水艦の輸出も行うべきだ。世界最大級の通常動力潜水艦の中古を売るのは大変難しい。フィリピンなどでは手に余るだろう。だが比較的早く退役させるのであれば中古の輸出は1つの方法だ。潜水艦は高張力鋼の塊なので解体するにも莫大なコストがかかる。であれば安くとも輸出をしたほうがいい。また輸出を通じてその維持や運用に関してはメーカーの仕事が増えるし、指導などでは海自のOBの再就職にもなるだろう。

また輸出用の比較的小型の潜水艦の開発も行うべきだろう。その際コンポーネントなどは国際競争力の高い、外国製を積極的に導入すべきだ。それによって外貨を稼ぎ、雇用を増やす努力を行い、売り上げが増大すれば自社の開発費用も増やすことができるはずだ。また自国の潜水艦の技術水準を客観的に把握することにもなる。また自衛隊以外のユーザーの厳しい意見も性能や品質の改善につながるだろう。

数年前に6兆円もなかった防衛費が現在は8兆円弱まで増えている。そのうち約5000億円は建設国債という借金である。日本は国と地方合わせればGDPの2倍以上の借金を抱えており、いつまでも「借金軍拡」を続ける国力はない。同時に人的な余裕もない。そうであれば早急に費用対効果の高い潜水艦運用と、国産潜水艦技術の維持のために抜本的に政策と運用を見直す必要がある。

(清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト)