“2つの心臓を持つ男”カンテが予想外のEUROで鮮やかに復活。フランス代表の同僚たちも驚愕「とんでもないレベル」「伝説なんかじゃない。狂気の沙汰だ」【現地発コラム】
![そもそも招集自体がサプライズだったカンテ。(C)Getty Images](https://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/7/4/74328_1429_43e41bb2_34849027-m.jpg)
最もありふれた瞬間でさえ、エヌゴロ・カンテの眼差しから恐怖の影が消えることはない。期待されずに生きることを学んだ少年時の無邪気さと恐怖が隣り合わせの面影は、多くの人が無敵のユーモアの表れと解釈する屈託のない表情と、茫洋とした微笑みに刻み込まれている。
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オランダ戦後、キリアン・エムバペのフェイスガード、マルクス・テュラムの有効な起用法、アントワーヌ・グリーズマンの精彩のなさ、フランスの議会選挙における極右勢力の勝算の可能性がアフリカ系移民にルーツを持った選手が大半を占めるドレッシングルームに及ぼす影響といった質問を投げかけられ、素っ気ない回答を連発していたディディエ・デシャン監督の表情が明るくなった瞬間があった。カンテの話題を振られた時だ。
指揮官は賛辞を惜しまなかった。「エヌゴロ? まだまだ走れる。しかもただ走るだけでない。彼は効率よく走る!前へ出て、攻撃に勢いをもたらすことができる。エヌゴロのおかげで、チュワメニとラビオで構成された中盤3人にバリエーションを与え、相手の予測を難しくした。チャンスを作り出せたのも、守備のソリッドさを維持できたのもエヌゴロの働きによるところが大きい」
カンテは、昨年6月、2年間、膝の負傷に苦しんだ末、契約満了に伴いチェルシーを退団。新天地にサウジアラビアリーグのアル・イテハドを選んだ。それから1年、競争力が落ちたのではないかと不安視されたが、それが全くの杞憂だったことが2試合で証明された。
「Opta」による今大会における各MFのパフォーマンスを示すヒートチャートとボールタッチのチャートを見ると、カンテの異才ぶりが浮かび上がってくる。自陣敵陣のペナルティエリア、コートの四隅付近、すべてのレーンとピッチのいたるところに顔を出してボールに関与し、しかもその頻度が多い。ジュード・ベリンガムも、トニ・クロースも、イルカイ・ギュンドアンも、ロドリも、その域には達していない。
クラウディオ・ラニエリがレスター時代に伝播させた「2つの心臓を持つ男」という神話は、誰も予想していなかったEUROで蘇った。
スポーツとスペクタクルの境界線上にあるサッカーのアンビバレントな現実が、2種類のスターを生み出すとプロの世界に身を置いている人間は繰り返し述べる。それは「ジャーナリストの選手」と、「選手の選手」である。フランスのベテラン選手たちは、カンテがその後者に属する選手の中でもさらに神格化された存在であると主張することを躊躇わない。
一方、テュラムは、その偉大さを知らない若手がカンテに抱く戸惑いを代弁する。「合宿が始まったとき、クレールフォンテーヌ(フランスの年代別の代表チームの練習拠点)には3人のカンテがいるとすら思った。あんな離れ業をやってのける選手を見たことがない!とんでもないレベルだった。ミニゲームも意味をなさなかった。彼が味方なら、そのチームが勝利するも同然だったからね」
才能の塊で、謙虚さ、寛大さ、勇気、シャイさを覗かせながら、局面に応じてどこに動きどこに展開していくのかを瞬時に察知する直感力と、100分間、間断なくターンし、プレスバックし、相手ゴールに突進し続ける広い視野、フットワーク、パワーがこの小柄なミッドフィルダーを、エムバペが君臨するフランスの真の精神的リーダーに昇華させている。
オーストリア戦の後、ドレッシングルームで収められた動画には 、スタンディングオベーションで迎えられるカンテの姿を映し出している。「クレイジーだ!クレイジーだ!こんな光景は見たことがない!」とイブラヒマ・コナテが驚嘆すれば。ユスフ・フォファナは興奮気味にまくしたてた。
「俺の言うことをよく聞いてほしい。俺はこの目で見たんだ、伝説なんかじゃない。狂気の沙汰だ!」
文●ディエゴ・トーレス(エル・パイス紙)
翻訳●下村正幸
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