伊藤沙莉

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「エール」以来、7作品ぶりの快挙へ

 朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」の人気が衰えを知らない。14日放送の第55回では番組最高タイの世帯視聴率18.0%(個人10.0%)を記録。世帯視聴率の18%超えは5月31日放送の第45回に次いで2度目。2020年度上期の「エール」以来、7作品ぶりとなる世帯視聴率20%超えも視野に入ってきた(視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区)。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 朝ドラは1961年度に始まり、「虎に翼」が110作目。平成期までの朝ドラは「世帯視聴率で20%超えは当たり前」と言われていた。

伊藤沙莉

 しかし、共働き世帯が1980年の約600万世帯から2023年には約1280万世帯に激増したため、視聴者の絶対数が減少。世帯視聴率も下がり、20%を超えた作品は「エール」が最後になっている。

 そのうえ、「エール」の場合、コロナ禍に放送されたため、在宅率が平常時より高く、それが視聴率を押し上げた一面がある。朝ドラが世帯視聴率20%を獲るのは至難の時代になっている。もっとも、「虎に翼」には可能性がありそうだ。まず「エール」以降の視聴率を振り返ってみたい。

・「エール」(2020年度上期)
期間平均視聴率は世帯20.1%、個人11.0%/最高視聴率は世帯22.1%、個人12.3%

・「おちょやん」(同下期)
期間平均視聴率は世帯17.4%、個人9.6%/最高視聴率は世帯18.9%、個人10.5%

・「おかえりモネ」(2021年度上期)
期間平均視聴率は世帯16.3%、個人9.0%/最高視聴率は世帯19.2%、個人10.6%

・「カムカムエヴリバディ」(同下期)
期間平均視聴率は世帯17.1%、個人9.6%/最高視聴率は世帯19.7%、個人11.2%

・「ちむどんどん」(2022年度上期)
期間平均視聴率は世帯15.8%、個人8.9%/最高視聴率は世帯17.6%、個人9.8%

・「舞いあがれ!」(同下期)
期間平均視聴率は世帯15.6%、個人8.9%/最高視聴率は世帯16.9%、個人9.7%

・「らんまん」(2023年度上期)
期間平均視聴率は世帯16.6%、個人9.4%/最高視聴率は世帯19.2%、個人10.9%

・「ブギウギ」(同下期)
期間平均視聴率は世帯15.9%、個人9.0%/最高視聴率は世帯17.3%、個人9.8%

「虎に翼」は14日放送の第55回を終えた時点で平均が世帯16.5%、個人9.2%。最高視聴率は世帯18.0%、個人が第45回の10.1%。既に最高視聴率は世帯も個人も「ちむどんどん」「舞いあがれ!」「ブギウギ」を超えた。

 ここに挙げた過去の8作品のうち、6作品が最高視聴率を後半(第60回以降)でマークしているから、「虎に翼」が「エール」以来となる世帯視聴率20%超えとなるのは十分あり得るはずだ。

 そう思う人は多いのではないか。ドラマの良し悪しを決めるのは国内外を問わず「1に脚本、2に俳優、3に演出」だが、この朝ドラは第1週から3拍子そろっているからだ。

ヒットの理由は?

 まず、吉田恵里香氏の脚本はシリアスとコミカルのバランスが絶妙。笑わせ方もドタバタ調でなく、スマートだから、広く受け入れられるだろう。また、法律、司法制度という硬質のテーマを扱いながら、観る側の肩を凝らせない。

 それでいて面白さを増すために、法律や判例を大きく曲げることもしていない。だから、元最高裁判事の桜井龍子氏(77)や有罪率99.9%の刑事裁判において無罪判決を30件以上も出した伝説の元裁判官・木谷明弁護士(86)ら、大物法曹人もこぞって絶賛している。史上最強のリーガルドラマと呼んで差し支えないだろう。

 主人公・佐田寅子役の伊藤沙莉(30)の演技も非の打ちどころがない。伊藤は2枚目も3枚目も得意で、それを瞬時に切り替えられる奇特な人だが、民放ドラマでは3枚目一色の役が目立ち、勿体なかった。

 その演技力は主演作「獣道」(2017年)などの映画でしか存分に生かされてなかったが、このドラマは違う。伊藤の持ち味が存分に表されている。

 また、寅子の夫・佐田優三役の仲野太賀(31)が死去により退場し、淋しさをおぼえていたら、寅子の直属の上司で家庭裁判所設立準備室長・多岐川幸四郎役の滝藤賢一(47)が登場。観る側の喪失感を最小限に食い止めている。寅子のモデル・三淵嘉子さんの生涯をなぞっているとはいえ、よく出来ている。

 2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に次いで制作統括を務めている尾崎裕和氏らの施す演出も出色。法律が絡む物語はどうしても硬くなりがちだから、視聴者側が物語に慣れるまで無声映画風の劇中劇などを採り入れた。今は固定ファンが付き、その必要がないので、奇をてらった演出をなくした。

 作品の逃げない姿勢もいい。憲法第14条がテーマだから、おのずと男女不平等問題、民族差別問題、経済的格差問題が関わってくるが、それを真正面から描いている。意見が分かれている少年犯罪と刑罰の問題についてもそうだ。

 どんな作風のドラマにも社会問題を盛り込むのは、欧米のドラマならごく自然なことであるものの、自主規制が横行する日本のドラマ界では珍しい。「虎に翼」は知らぬ間に国際規格のドラマになっている。

 政治色があると批判する向きもある。そうは思わないが、米国ドラマでは登場人物たちがクリントン、オバマ両元大統領らを批判したり、からかったりするのは当たり前だ。世間の人の姿を再現するのだから。

「虎に翼」程度の内容が問題視されるようでは、表現の自由などあったものではない。また、大物法曹人が揃って誉めていることでも分かるとおり、放送法にも全く触れていない。

「時報代わり」時代の終焉

 若い世代もよく観ている。若い世代は動画で海外ドラマを見慣れているので、国際規格ドラマになっていることも影響しているのではないか。

 関東、名古屋、大阪の世代別視聴率を見てみたい。関東で2度目の世帯視聴率18.0%(個人10.0%)をマークした14日の第55回の数字だ。

・関東/世帯18.0%、個人10.0%、F1層(女性20〜34歳の個人視聴率)1.5%、T層(13〜19歳の個人視聴率)1.0%

・名古屋/世帯17.6%、個人9.8%、F1層4.9%、T層0.9%

・関西/世帯14.5%、個人7.7%、F1層0.5%、T層1.2%

 名古屋のF1層の数字が突出している。同じ日の同地区での「ミュージックステーション2時間スペシャル」(テレビ朝日系メ〜テレ)のF1層4.7%、「イップス」(フジテレビ系東海テレビ)の同1.1%、「9ボーダー」(TBS系CBS)は同4.0%を超えている。

 3番組はいずれもF1層を意識したもので、しかも視聴者の多いプライム帯(午後7〜午後11時)での放送だったから、それを上回ったのは大きい。

 この朝ドラは東京制作。関西では東京制作作品の視聴率が低くなりがちだが、この朝ドラは様相が異なる。大阪制作「ブギウギ」の同じ第55回の関西での視聴率は世帯13.4%、個人7.2%、F1層0.3%、T層1.7%だったので、T層以外はかなり上だ。

 物語がスピーディに進むところも若い世代には合うのだろう。なにしろドラマや映画を2倍速、3倍速で観る人もいるのだから。また、1回15分に収められている内容の密度も濃い。だから、家事や出勤準備をしながらの“ながら視聴”は難しい。

 また、伊藤ら出演陣は表情だけで胸の内を表す演技を多用している。たとえば第57回。大晦日まで働いた寅子が、新年2日に多岐川から「キュウヨウアリ」という電報を受け取った際の怒りに満ち満ちた顔である。やはり、ながら視聴は困難だ。

 しかし、そもそも「おかえりモネ」が放送中だった2021年、NHKの正籬聡副会長(当時)は「もうリアルタイム視聴に拘らない」と声明した。録画やNHKオンデマンドなどでじっくり観ることも歓迎するという意向を示していた。

 朝ドラを1作品、大河ドラマを3作品書いた大脚本家は昭和期、「朝ドラは正面から、横から、上から撮るもの」と言った。ながら視聴組が多いから、それくらい丁寧に描かないと内容が伝わらないという意味である。

 しかし、「虎に翼」のヒットによって、朝ドラが時報代わりだった時代は完全に終わりを遂げた。

高堀冬彦(たかほり.ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部