「日本の大企業は、古臭くてダメ」と切り捨てるのは間違い…日本のスタートアップが本当にやるべきこと
■「アメリカのほうが先を行っている」は本当か
アメリカで一年の大半を暮らしていて時折聞かれる質問に「アメリカと日本の違い」があります。そういった質問の端々に、「アメリカのほうが先を行っている」という意識、スタートアップ大国アメリカに対して、後れをとる日本というニュアンスを感じることもあります。
たしかに、ビジネスの世界では「アメリカで起こったことは、そのまま世界に波及する」という傾向があります。IT業界、マーケティング業界はとくにアメリカ主導の傾向が強いです。
アメリカが「先進」であり、正しいように思えますが、日本人としてアメリカの大学で教鞭をとる私の答えはこうです。
「アメリカってそんなに先を行ってるのか? 日本はそんなに乗り遅れているのか?」
■最近のアメリカは荒れている
4つの州(カリフォルニア州、オハイオ州、テキサス州、マサチューセッツ州)に住んだ経験から、言葉を選ばずに言うと、「最近のアメリカはちょっと荒れてないか?」と感じることも多いです。
そんな話をしていたある時、会話の相手からこんなことを言われました。
「でも山川さん、大昔の話ですが、Japan as No.1って言われた時代がありましたよね。アメリカ企業がこぞって日本型経営を研究した時期がありましたよね」
ビジネスのトレンドがアメリカ発なことが多いのは事実ですが、アメリカ人が日本型の経営について学んだ時期もたしかにあったのです。
■アメリカは「カオスな社会」
現在のIT社会の基盤となる企業は、なぜアメリカ企業ばかりなのか。
少し乱暴で抽象的な言葉ではありますが、その答えは、「アメリカがCHAOSな社会」だからです。
「CHAOS」は「混沌」、対義語は「COSMOS」、つまり「秩序、調和、ハーモニー」。
日本ではCHAOSを好まず、COSMOSに好印象を抱く人が多く、変化が遅くなる。その分、アメリカ企業に後れを取るというわけです。
それゆえ「アメリカ型社会にならなければ国際競争に勝てない」と考える人もいます。「日本の企業は判断が遅い」と批判する人も増えている印象です。
でも、それは本当でしょうか。
■変化の弊害も大きくなっている
私はアメリカに暮らしていますので、変化の弊害も見ています。アメリカでは変化に追随して大きく儲ける人とそうでない人の格差が目に見えて広がっています。
一方、日本ではそこまでの格差は生まれていません。
アメリカ型社会と日本型社会は「対立軸」として捉えられることがありますが、本来、どちらが良い、悪いというものではありません。
■「ベンチャー企業を応援」に違和感
何年も前になりますが、日本のレガシーな大企業の経営者100人とベンチャー企業経営者100人が集まったイベントがありました。
私はそのモデレーターロールの一端を担当したのですが、最終的にそのイベントを主導した経産省サイドが、大企業に対して「もっとベンチャー企業を応援してください」という締め方をしたのです。
私はこれに少し違和感を覚えました。
いま、日本政府は数多くのスタートアップ、ベンチャー企業の支援策を打ち出しています。私が共同創業した2つの会社、ベンチャーカフェ東京とその姉妹組織にあたるCICjapanには「スタートアップ創出元年」と書かれた岸田総理のサインがあります。感じるのは、政府が、大企業が、スタートアップを支援して「あげる」、というニュアンスです。
大人が子供を手助けするような、そんな雰囲気です。
■大企業も政府も「ベンチャー企業はよくわからない」
誤解のないように言えば、成長を促すことは素晴らしいこと、支援はとても心強いものです。一方、起業家は立派な大人なので、過保護にならない、あくまで対等な関係が望ましいと思います。
イベントのあと、大企業側の経営者のほとんどはさっさと帰路につきました。一方、ベンチャー経営者のほうは、どんどん私に話しかけたり、経営者同士の情報交換、コネクションづくりに余念がありません。
大企業経営者の視界には、そもそもスタートアップやベンチャー企業の経営者は入っていなかったのかもしれません。
政府も、大企業とはつながりもあり、理解しやすいが、ベンチャー企業はよくわからない、と感じているのでしょう。
■スタートアップは既存企業を見下している
ただ、私はそれが悪いことだとは思っていません。
スタートアップがよくわからないながらも、あの手この手で支援しようとしてくれているわけです。現状への危機感がなければなかなかできないことです。
中には、「私にはわからないから、ベンチャー起業家に任せる!」と言う大企業経営者もいました。これもある意味勇気のある発言であり、私はポジティブにとらえました。
逆に、スタートアップ、ベンチャー企業の側は、大企業側の思いについて理解しているでしょうか。
単に「古臭い」「時代に合っていない」「既得権益」などと、悪く思って見下している人もいるかもしれません。
そういう風に見るのは間違いだし、「損」だと思います。
■相互に尊重し学び合うことが大事
既存の企業や社会のあり方に問題意識をもち、そのカウンターであろうとすることは重要です。
ですが、既存企業を敵視することはまた別の問題です。
既存の企業を敵視し、排除することが、ベンチャー企業やスタートアップにとって得になるとは思えません。
先ほど「わからないから、ベンチャー起業家に任せる!」という大企業経営者の発言をご紹介しましたが、ある意味、この経営者のほうがクレバーだと思います。
スタートアップのことは理解していないかもしれませんが、それを自覚した上で、変化の重要性について認識しているわけですから。
大事なのは、相互尊重(mutual dependence)、お互いに学び合う(mutual learning)、こと。成長はその先にあるのです。
■いまやGAFAMは「レガシー企業」
15年前、私がバブソン大学で教鞭をとり始めたころ、学生たちの意識は「次のGAFAMは誰だ」に向いており、自分たちがそうなってやろうという熱量がありました。
ところが、いまやGAFAMはレガシーな企業になりつつあります。
起業家志向の学生たちは「次の新しい業界」を生み出す必要がありますが、しかし、新たな業界はなかなか生まれるものではありません。
自然とアイデアは「既存事業の間を狙う」ものが増えてきます。
大企業が手をつけていない、手をつけられない、見落としているニッチな市場、事業を見つける方向に走るのです。
もちろん、ニッチだから駄目だという話ではありません。十分なサービスが行き届いていないニッチな市場にサービスを提供するというアイデアは素晴らしいものです。
でも、少し寂しい気持ちにもなります。大スケールの事業はスタートアップの手には負えない、と思い込んでいるのではないでしょうか。
■「レガシー企業」を敵視してはいけない
「やめたほうがよくない?」
「これまで誰もやってないでしょう?」
「失敗したらどうするの?」
「うまくいく保証はあるの?」
秩序を守る傾向が強い日本では、こういう声が大きくなりがちです。
その反面、日本ではスタートアップやベンチャー企業の人間が、「レガシー企業」を敵視してしまいがちです。
そうではなく、既存の社会を受け入れた上で、「自分が信じた道を行く」ことが重要なのです。
日本社会の「秩序」はメリットです。それを受け入れつつ、変わる必要があれば変わる。それが大事なのです。
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山川 恭弘(やまかわ・やすひろ)
バブソン大学准教授
慶應義塾大学法学部卒。カリフォルニア州クレアモントのピーター・ドラッカー経営大学院にて経営学修士(MBA)課程修了。テキサス州立大学ダラス校にて国際経営学博士号(Ph.D.)取得。2009年度よりバブソン大学准教授。同大学は起業家教育分野において30年連続全米1位との評価を受ける。専門領域はアントレプレナーシップ。バブソン大学では、学部生、MBA、エグゼクティブ向けに起業道を教える。東京大学特任教授をはじめ、日本国内でも多くの大学にて教壇に立つ。数々の起業コンサルに従事するとともに、自らもボードメンバーを務める。2022年度までCICジャパンプレジデント、ベンチャーカフェ東京代表理事、2024年よりベンチャーカフェ東京顧問。経産省J-Startup推薦委員。文科省起業教育有識者委員会メンバー。
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(バブソン大学准教授 山川 恭弘)