誰かに会った時の挨拶、別れ際の挨拶をないがしろにしていないだろうか。エグゼクティブコーチの鈴木義幸さんは「公園を散歩していると、すれ違う人からとてもすがすがしい笑顔で挨拶されることがあります。その場で出会った奇跡を称えあうかのような。挨拶は単なる儀式ではなくて、お互いの存在を認め合う行為です」という――。

※本稿は、鈴木義幸『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Drazen Zigic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Drazen Zigic

■本気のあいさつ

企業を訪問したり、お店に買い物に行くと、あいさつには2種類あることがわかります。ひとつは自ら進んで行う「自分のウィル(意志)」でしているあいさつで、もうひとつはやらされている感が透けて見える「他人のウィル」でしているあいさつです。

前者を聞いたときには、アクノレッジされた(自分の存在を認められた)との思いが高まりますから、瞬間的に距離が縮まるのを感じます。後者に触れたときは、ただ「音」が聞こえたという印象で、それによって関係が変化を起こすことはありません。

先日私の家の近くにコンビニエンスストアができました。近くに別のコンビニが2軒あり、決して経営環境は楽ではありません。

おそらく店長は店員にあいさつを元気よくしてもらうことによって、他のお店と差別化しようとしたのでしょう。そのコンビニに行くと、とにかく大きな声であいさつしてくれます。「いらっしゃいませ〜!」「毎度ありがとうございました!」。こちらが「おっ、何だ?」と、ちょっとびっくりするくらいの大きさです。

しかしこちらが良い気分になるか、本当に店に来たことを歓迎されたと思うか、物を買ったことを感謝されたと思うかというと、クエスチョンマークが付きます。ほとんど気持ちは動かされません。そこにまったくウィルがないからです。きっとあいさつしろしろ言われて、怒られるのが怖くてあいさつしているんだろうなあ、というのが垣間見えてしまうからです。

全員が全員ではないでしょうが、確かにディズニーランドのスタッフのあいさつにはウィルがあります。「おはようございます」の一言を決していい加減には発していないのです。入場ゲートでチケットを見るスタッフであれば、1日何千回も「おはようございます」や「こんにちは」を言うでしょう。でも1回が色褪せていません。そこにはゲストを大切にしようというウィルがあります。だからこそ毎回のあいさつがアクノレッジメントになるのです。

ということは、ディズニーランドにいるとあちこちのアトラクションの受付等で1日に100回ぐらいアクノレッジされたことになるわけです。すなわち100回存在を肯定されたことになります。これはとてもすごいことです。ディズニーランドにリピーターが多いのは、アトラクションの内容云々の前に、まずこのあいさつがあるからだろうとさえ思います。

さて、みなさんは部下にあいさつをするとき、家族にあいさつをするとき、どれだけウィルを込めているでしょうか。あくびをかみ殺しながらの「ち〜す」ではなく、できればあいさつを、この人生における奇跡的な出会いを称賛しあう行為にまで高めたいものです(ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが)。

アメリカで公園を散歩していると、すれ違う人からとてもすがすがしい笑顔であいさつをされることがあります。この広い世界の中で、ほんの一瞬、その場で出会ったその偶然を、その奇跡を称えあうかのように、あいさつが交わされるのです。

いつもいつもではないにしろ、時として、確かにこれは単なる儀式ではなくて、お互いの存在を認め合う行為なんだなと強く実感する瞬間があります。私にとっては何にも増して「アメリカっていいなあ」と思える瞬間です。

一度で良いですから「本気」であいさつしてみてください。

まず、鏡の前で何回も何回もその「本気」を練習してみましょう。そして朝、部下に会ったときには、しっかりとした、それでいて穏やかな眼差しを向けながら、少し声を低く落として伝えます。「おはよう」と。それまでのすべてのわだかまりを帳消しにして、新しい関係の始まりを予感させる「おはよう」を伝えるのです。

出典=『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす』

なお、そこで決して見返りを期待してはだめです。

「おい、あいさつしろよ」なんて言ってしまったら、相手は例のコンビニの店員になってしまいますから。相手がどうあろうとこっちは「本気で」あいさつするのです。もし部下にそんなあいさつをし続けたら、その部下もいつかディズニーランドのスタッフのように、周りにあいさつをし始めるかもしれません。もし妻にそんなふうにあいさつをし続けたら、いつの日か料亭の女将のように、心の底から労をねぎらうような声であいさつを返してくれるかもしれません。あくまでも可能性ではありますが。

■別れ際の一言

山口良治先生をご存じでしょうか? 京都の伏見工業高校ラグビー部の総監督です。昔『スクール☆ウォーズ』というテレビドラマで、俳優の山下真司さんが主演されたラグビー部の監督のモデルになった方といえば、ピンと来る人も多いかもしれません。

どうしようもない不良ばかりを集めた、大会に出ても1回戦負けばかりだったラグビー部を、たった7年で全国大会優勝チームに仕立てあげてしまった監督さんです。今では一線を退いていますが、彼の「物語」はいまだにテレビで特集として取りあげられたり、雑誌の中で語られたりしています。

以前、この山口先生と神戸でお会いする機会がありました。先生の教え子でもあり、元ラグビー日本代表チーム監督の平尾誠二さん率いるNPO主催で開かれた「コーチング・パネルディスカッション」に参加したときのことです。

3時間にわたるセッションも終わり、しばらくパネラーやスタッフの方と雑談を交わした後、そろそろ帰ろうかと、控え室のドアを半身出かかったところで、山口先生が私に声をかけました。びっくりするような大きな声で。

「おい! 鈴木さん」

そして今度は少し声を落とし、真剣な、本当に真剣な眼差しでこちらを見据えながら、ゆっくりと噛み締めるように言いました。

「また、会おうな」

鈴木義幸『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

その瞬間、体に鳥肌が立ちました。電流が流れました。その日それほど多く山口先生と一対一でコミュニケーションを交わす機会があったわけではないのです。いわばまだあまり知らないストレンジャーに対して、このセリフ。そう言えるものではありません。

もしその後山口先生から「グラウンド10周走ってこい!」と言われたら、「はい!」と喜んで走ったかもしれません。こういう一言をかけられるから、この先生はいわゆる「不良」の心さえもぐっと捕まえてしまうのだなと思いました。

山口先生だけに限らず、私の知る限り、人心掌握に長けた人はこの別れ際の一言がものすごくうまいのです。決してそれを軽くは扱いません。どれだけ頻繁に会っている人に対しても、別れ際の一言には想いを込めます。その人が自分にとっていかに大事か、大切か、重要な人物であるかを瞬時に伝えるのです。

だから別れた後、アクノレッジされた側では1分、5分、時には何カ月も何年も、そのすばらしい別れ際の一言をかけてくれた人のことを頭の中で思い起こすのです。

私の場合、山口先生の顔を、新幹線が新大阪駅に着くぐらいまでの間ずっと思い浮かべていました。

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■「お疲れさん。気を付けて帰るんだよ」

手前味噌になりますが、弊社の会長はこの別れ際の一言が非常にうまいのです。夜に彼と食事をともにすることがよくありますが、別れ際、必ず彼がこう言います。

「お疲れさん。気を付けて帰るんだよ」

気を付けて帰るんだよ。何気ないセリフですが、これを言われるとその瞬間、ああ、大事にされてるんだな、と思います。別れた後、一瞬とても温かい気持ちになります。

出典=『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす』

私は彼から食事に誘われると、よっぽどのとき以外は、どんなに忙しくても断りません。もちろん彼との食事はそれ自体が楽しいですが、最終的にその「物語」がとても温かい気持ちで終幕することがわかっている、だからちょっと無理をしてでも行ってしまうのかもしれません。

1日に何回ぐらいみなさんは「別れ」を経験するでしょうか。お客様と、同僚と、部下と、あるいは家族と。どのくらいその別れを大事にしていますか。

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鈴木 義幸(すずき・よしゆき)
株式会社コーチ・エィ代表取締役 社長執行役員/エグゼクティブコーチ
慶應義塾大学文学部人間関係学科社会学専攻卒業。株式会社マッキャンエリクソン博報堂(現株式会社マッキャンエリクソン)に勤務後、渡米。ミドルテネシー州立大学大学院臨床心理学専攻修士課程修了。帰国後の1997年、コーチ・トゥエンティワンの設立に参画。2001年、株式会社コーチ・エィ設立と同時に取締役副社長就任。2007年1月、取締役社長就任。2018年1月より現職。200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを実施。リーダー開発とともに、企業の組織変革を手掛ける。また、神戸大学大学院経営学研究科MBAコースをはじめ、数多くの大学において講師を務める。
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(株式会社コーチ・エィ代表取締役 社長執行役員/エグゼクティブコーチ 鈴木 義幸)