「入社直前の内定辞退」「入社数日で退職」の法的リスクは?

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 多くの企業で入社式が行われましたが、毎年、入社してから数日後に退職してしまう新入社員がいて、問題となることがあります。また、企業の人事担当者を名乗る人が3月下旬、「入社直前にメール1通で内定を辞退された」などとSNS上に投稿し、議論を呼びました。

 企業の多くは採用や研修などに多大な労力や費用をかけており、企業側がこのようなケースに遭遇した場合、損害を被ることが想定されます。もし、学生が入社直前に内定を辞退したり、新入社員が入社後、数日で退職を申し出たりした場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

悪質な内定辞退の場合、法的責任が生じる可能性も

Q.そもそも「内定」とは、どのような状態なのでしょうか。内定通知書を出さない企業もありますが、内定は口頭でも成立するのでしょうか。

佐藤さん「法的な意味での『内定』とは、求職者と企業との間で労働契約が成立した状態です。ただし、内定が出た段階では、新卒者が学校を無事に卒業できるかどうかなどが分からないため、この労働契約は『学校を卒業できないなどの事由があれば解約できる』条件付きの契約とされています。

理論上、内定は口頭でも成立します。雇用について両者の合意があれば、契約は成立すると考えられているからです。

ただし、書面がない場合、後から『内定と言われた』『内定とは言っていない』と両者の言い分が食い違ったとき、内定の存在を証明するものがなく、裁判に発展した際に内定があったと認めてもらえないことがあり得ます。また、内定通知書が後日送付されることになっていた場合、内定通知書の送付が完了するまでは、内定が成立していないと評価されることもあるでしょう。

内定が正式に成立しているかどうかは、両者が予定していた採用手続きの中で、入社が確定したといえる段階に至ったかどうかがポイントになります」

Q.入社直前で内定を辞退した場合のほか、入社してから数日後に退職を申し出た場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「入社直前での内定辞退について、法的責任を問う訴えが提起されたことがあります。4月1日に入社する予定の内定者が、3月31日に内定を辞退した事案で、会社側が、こうした内定辞退は信義に反するとして、無駄になった採用費用などを求め、求職者を訴えました。

なお、本件は、求職者が『不当に内定辞退を余儀なくされた』として、会社に対し、留年費用や慰謝料などを求める訴えを先に起こしており、会社はそれを受けて求職者を訴え返した事案になります。

裁判所は、『就職留年を決めた時点で会社に対し、内定辞退の申し入れをしなかったことは信義則上の義務に違反する』としつつも、内定者研修で“内定辞退の強要”に近い辛辣(しんらつ)な発言があり、それが一つの理由となって就職留年手続きに至ったことなどを踏まえ、『信義則上の義務に著しく反するものではない』として、会社の請求を棄却しました。

一般的に、入社直前での内定辞退によって、求職者が賠償責任を負うケースは多くありません。しかし、こうした事例を踏まえると、場合によっては、一部の悪質な入社直前での内定辞退に限り、求職者の法的責任が認められる可能性も否定できないでしょう。

一方、入社数日での退職の申し出について、法的責任を認められることは考えにくいです。なぜなら、労働者には退職の自由があり、雇用期間を定めなかった場合、労働者はいつでも解約の申し入れをすることができ、解約の申し入れから2週間経過すると労働契約が終了することになっているからです(民法627条1項)」

Q.では、親の病気や介護など、やむを得ない事態が発生した場合、入社直前での内定辞退や入社後2週間未満での退職は、法的には問題ないということでしょうか。

佐藤さん「親の病気や介護など、やむを得ない事情が発生した場合、入社直前で内定を辞退したとしても、信義則に反することはなく、法的責任を問われることはないでしょう。誠意をもって、会社に丁寧に事情を説明するようにしましょう。

入社直後の退職の場合、先述のように、やむを得ない事情の有無にかかわらず、解約の申し入れをすることが可能です。解約の申し入れから労働契約が終了するまで、法律上は2週間の期間がありますが、会社が合意すれば即日退職することができます。やむを得ない事情がある場合、会社も即日の退職について理解してくれることが多いでしょう」

Q.入社直前での内定辞退のほか、入社してから数日後に退職を申し出た際に「採用や研修にかかった費用を返せ」と言われるなど、脅しのような対応を受けた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

佐藤さん「会社側は、コストをかけて採用活動を行っています。突然の内定辞退や入社直後の退職の申し出により、急いで新しい人材を確保しなければならなくなったり、業務に支障が生じたりすることもあるでしょう。

そのため、応募する側としても、会社に与える負の影響を小さくするため、できるだけ早めに内定辞退の意思を伝えたり、入社直後とはいえ引き継ぎの必要がある場合には、可能な限り対応してから退職したりするなど、誠意が求められるように思います。誠意をもって対応することによって、そもそも『採用や研修にかかった費用を返せ』と訴えられる事態を回避することができるでしょう。

それでも関係がこじれてしまい、会社が『採用や研修にかかった費用を返せ』と主張してきた場合、求職者(従業員)側に支払い義務が認められることは考えにくいです。金銭を支払う前に、弁護士に相談することをお勧めします」