ロシア史上最悪のテロ被害に...。モスクワの「イスラム国テロ攻撃」を徹底分析
IS系列メディアが公開した動画に映るAK自動小銃を使うテロリスト。高度なプロではなく、町のギャングスタ―レベルらしい(写真:時事)
3月22日、モスクワ郊外のコンサートホールで過激派組織「イスラム国」(IS)のテロリスト6名によるテロ攻撃が行なわれた。13分間で数百発の弾丸を発射し、放火して撤収。このテロで死者は143人、負傷者は182人にものぼった。
記憶にも新しいこのテロに関して、元米陸軍情報将校の飯柴智亮氏がウクライナ戦争かに見るとこう言う。
「今、ウクライナがロシアに戦争で勝つ方法はテロしかありません。モスクワなどの大都市で次々とこのようなテロを仕掛けるのです。
しかし西側の支援を受け、『正義のウクライナ、悪のロシア』のプロパガンダをやっている以上、テロをやるわけにはいかないのです」
実際のテロの手口に関して、旧ソ連が侵攻したアフガン、クロアチア内戦、カレン民族解放戦線で実戦を経験した元傭兵・高部正樹氏は、ISが公開した襲撃の様子を撮影したとする動画からこう分析・推理する。
「映像を見る限り、全くの素人ではないですが、凄腕のプロとは言えません。少し訓練を受けた地方のギャングレベルですね。
ただし、2階席で撃っているテロリストは人を撃つのに躊躇せず、泡食っている様子も、引き金を引いて高揚して興奮している感じもない。人を殺した、もしくはそれに近い経験はあるのだと思います」
テロリストたちのレベルは、どの辺りで判断できるのだろうか?
「テロリストの中に確認できる、そこそこ戦闘経験のある指揮官が、広いホールから両開きのドアのある廊下に突入を命じています。
しかし、ドアから突入し、黄色のAK自動小銃を持って三方に撃っている人間は、銃身の先がドアに引っ掛かって一度上にずらしてから中に入っています。ここから銃を構えたまま入ろうとしたこと、AK小銃の長さの感覚がないことがわかります。
また、室内戦闘の場合、ドア付近の左右は見落としやすいポイントですが、この人間は確認していない左に背を向けたまま、いきなり右に撃っています。経験が浅く、十二分な室内戦闘訓練を受けていない者の証ですね。
さらに、広い室内の銃撃戦においては、避難する場所が数ヵ所に限られるため、非武装の民間人はそこに密集します。銃声から判断すると、その際には連続して弾が出るフルオートに切り替えて撃っています。その切り替えの訓練はしているはずです」
ロシア史上、最大の被害となった今回のテロ。ロシア国民の追悼の献花の多さは悲しみの大きさに比例している(写真:タス=共同)
現場ではAK小銃2丁、実弾500発、弾倉28個が見つかった。
「1弾倉30発で28個が全て空ならば、840発を撃ったことになります。ひとり4〜5個の弾倉を使った。ということは、ひとり8個ほど持っていたと思います。
それ以外に500発の実弾があったのは、彼らは治安部隊との交戦もあり得ると想定していたと思います」
IS戦闘員ならば通常、自爆ベストを付けて最後は自爆する。しかし、彼らは逃走を図った。
「確保された容疑者の4人は中央アジアのタジキスタン出身。なので、バリバリのイスラム教義が入っているISではなく、"俺もちょっとIS"くらいのレベル。報道ではそのなかのひとりが『82万円の報酬を約束された』と言っています。
だから、そもそも自爆する覚悟なんてない、自称ISな連中です。その報酬も傭兵の場合は、前渡し金として半分ぐらいしかもらえません。雇い主は最初から全員の報酬金額なんて準備しませんよ。どうせ戦死するか捕まりますから」
タジキスタンのひとり当たりのGDP(世界銀行 2022年)は1054ドル=16万円。約5年分の年収が13分の襲撃でもらえるならば、引き受ける人間は現れるだろう。
「ISには全世界から戦士が集まりました。だからロシア国内、さらにタジキスタンにも戦士はいるはずです。その彼らが一時的なグループを作ったのだと思います。
今回のテロ計画をISが思いついたとしても、実行部隊は少数のリーダーの元に金で雇われた連中が集う緩いグループであり、ロシア国内に潜む協力者によって作られたロシア国内の情報と兵站のネットワークによってこれだけの事ができた。ロシア当局からすれば、事前に分かりにくいテロ組織です」
コンサートホールを襲撃した彼らは、ウクライナ方向に車で逃走して捕まった。
「これも推定ですが、『お前ら、これをやればウクライナで英雄として迎えられる手筈になっている。確実な逃走手段は用意してある』程度のことを言われ、それを信じて逃走したと思います。
実際、ISの看板を背負ってすさまじいテロをやった実行犯を、ウクライナが英雄視するはずはありません。しかし、プーチン露大統領は何が何でもこのテロをウクライナと関連付けようとするでしょうね」
■このテロは「イスタンブール型」
世界のテロ情勢に詳しい国際政治アナリストの菅原出(すがわら・いずる)氏は、テロのやり方からこう言う。
「そもそもISの基本は、『自分たちのハードコアな主張を支持しない奴はみんな敵』です。だから、全ての外国と戦っています。米国も中国もロシアもイランも、ISとは敵対してきました。
ISはスンニ派の過激派なので、シーア派のイランも敵視しています。ISは、シリアやイラクではイランの支援する民兵勢力と戦っています。サウジアラビアやUAEも敵で、腐敗した連中だと思っています。
さらにアルカイダに関しても、ISは「イスラム教徒の定義がヌルい」と考えています。アルカイダはテロ攻撃する場合、現地のイスラム教徒を巻き添えしないように配慮します。しかし、ISは配慮しません。IS支持者以外はみな、敵ですから。イスラム教徒でも別に死んでもいいし、殺してもいいという考えなんです」
すさまじい思想だ。
「そのISの仕掛ける銃撃テロには2種類あります。イスタンブール型とパリ型です。
イスタンブール型とは、2017年1月1日、トルコの首都イスタンブールで起こしたテロです。高級ナイトクラブのニューイヤーパーティーで、ウズベキスタン国籍のプロの殺し屋がAK自動小銃をひとりで速射して、39人が死亡、60人以上が負傷しました。この殺し屋は数日間、トルコ国内を逃げて、治安機関に捕まった。その時、現金で2000万円くらい持っていました。イスラム国にはすごい資金力があるのです。
彼は、最初にISから指示された襲撃場所から『警備が多くてダメだ。ナイトクラブの警備が手薄だからここが行けそうだ』と連絡しました。すると、IS本部は一気に現地の内部構造や警備状況を調査。その殺し屋が1時間で襲撃計画を立案し、ISの支援を受けながらテロ攻撃を実行しました。
これは今回のモスクワテロと同じ型で、襲撃してから自爆せずに逃走しています。
もうひとつのパリ型は、2015年11月13日にパリで発生した同時多発テロです。この時は、フランスに恨みを持った人々がシリアのイスラム国に行き、教育と訓練を受けて、フランスに戻りました。
そして、3グループが同時多発で銃撃及び自爆。カフェ、レストラン、コンサート会場などを襲い、死者130名、負傷者300名以上となりました。
このタイプが一番怖いです。シリアで洗脳され訓練されて、フランスに恨みを持っていて銃撃も巧み。人殺しも平気。さらに、自爆も効果的な場所でした。今回、モスクワテロ攻撃がパリ型の同時多発であれば、もっと被害は大きかったと思います」
モスクワテロはイスタンブール型なので、実行犯は逃走した。
「普通、銃撃が上手く、襲撃するスキルがある人間には、『こいつらを飼っておいて、また繰り返しやろう』と考えます。そのスキルがなければ洗脳して、自爆だけできるように訓練して、使い捨てです。
なので、今回のテロリストたちはある程度スキルのある人間なので、また襲撃テロをやろうとしていたということです。どこかに隠れ家があって、そこに行く途中で捕まったのかもしれません」
■プーチンの思考法とその先に潜む闇
菅原氏はプーチン・ロシア大統領のテロへの思考をこう説明する。
「1990〜2000年頃に起きたチェチェンのテロは、実は英米がテコ入れをしたという可能性が高く、プーチンの脳裏にはそれが鮮明に焼き付いています。
元を遡(さかのぼ)ればイスラム過激派といえば、80年代のアフガンでの対ソ連工作です。米国を含む西側はそれをバックアップしていました。米CIAやサウジなどが金を出して、イスラム過激派ムジャヒディンを隣国パキスタンで訓練して、アフガンに送り込んだ。
そして1989年にソ連がアフガンから撤退。その10年間で大量のイスラム過激派が育ってしまいました。そんな中、9.11を起こしたアルカイダも生まれた。そういった歴史があります。
そして、そのイスラム過激派にはチェチェン人もたくさんいました。彼らが祖国に戻って、プーチンを相手に始めたのがチェチェン紛争です。
チェチェンはアゼルバイジャンの首都バクーから西側に繋がる石油パイプラインの通り道です。その利権を持っていたチェチェン人マフィアやロシアのオイルマフィアと組んだ西側の連中が、プーチンを弱体化させるためにチェチェン紛争を支援した。そんな歴史もあります。
この歴史を踏まえれば、プーチンはロシア国内で起きるイスラム過激派テロは西側の支援を受けていて、『またやりやがったな』と思い込みますよね。だから、今回のテロはウクライナから英米のバックアップを受けたテロリストを送り込んできたのだろうという方程式で考えます。実際に『やはり英米がバックアップした』と疑った声明を出していますから、プーチンは本気でそう思っていますね」
プーチン露大統領はテロのあった3月22日を「服喪の日」とした。どう考え、何を導き出し、実行に移すのか......(写真:Sputnik/共同通信イメージズ)
3月27日にボルニコフ露連邦保安局長官は、起訴された実行犯らの証言により、今回のテロにウクライナの関与が「確認されている」とした。
「あのテロ実行犯の中には、ウクライナで義勇兵をやっていた者がいる可能性もありますから。しかし、ISのほうがテロ実行者の詳細な個人情報を持っています。下手にロシアが何かを出したら、『いや違う。実行犯はこの人間だ』と出されるかもしれません。
パリ同時多発テロでは、一か月経ってある映像が公開されました。自爆テロで爆死した実行犯の生きている時の動画から始まり、シリアで楽しそうに人間の首を切ってニコニコしながら、『これを今度パリでやるんだよね』と言っていました。そして、最後はCNNの事件映像が流れて。素晴らしい編集でしたね」
情報戦での対応もISは備えありだ。そしてまだ先がある。
「3月26日にウォールストリートジャーナルが、日本語訳で『カチカチ時限爆弾』というタイトルの記事を出しました。
ISの戦士とその家族と12歳以下の子供が2万人以上、計4万6500人が収容され軟禁されているキャンプが、実はまだシリアにあります。2019年に自称『カリフ国』の指導者・バクダディが死に、一応ISは無くなったとされます。しかし、戦闘員を全員殺したわけではなく、これだけ今も残っているんです。
たとえば、ISに賛同してベルギーからカリフ国に移住した女性が、戦闘員と結婚して子供ができたものの夫は死亡。さらにカリフ国が無くなりました。けれども、彼女はベルギーから国籍を剥奪され、国に戻れないため無国籍状態なのです。
どこの国もこの人たちを引き取っていません。シリアのアサドも統治できないため、米国が支援しているクルド勢力の民兵組織がその軟禁状態キャンプを管轄しています。
もしトランプが次期米大統領になって、『そんな金出して支援するのを止めろ』と言ったら、警備しているクルド人武装勢力もやっていられない。すると、IS戦闘員とその家族と子供たちが解き放たれる可能性があります。そこに闇があります。
逆にロシアからすると、『そこから連中を訓練して、モスクワに送り込んだんじゃないか?』と思っているかもしれません。ロシアもイランも、ISは基本的に米国の手先と考えていますからね。
事実、いまロシアはウクライナとの戦争に若い連中が出て行って、人手不足。そこで、モスクワに中央アジアから労働者が沢山入っている。だから、またそういうルートを使って、テロはやりやすい状況になっているのは事実です」
今回のモスクワテロは、終わりのない情勢の始まりかもしれない。
取材・文/小峯隆生