生成AIは今後の金融業界をいかに変容させるのか
金融業界における生成AI活用の未来について解説します(写真:metamorworks/PIXTA)
2022年のDALL·E 2やChatGPTのリリース以降、生成AIが多くの人に知られるようになり、その技術の進歩には驚きをもって世間では受け止められた。それまで研究段階であった生成AIが、いよいよ多くの業界で生成AIのビジネス活用が進み始めている。
本記事では、生成AIがどのようにビジネスを進化させるかを描いた『AIナビゲーター2024年版』の筆者の1人で、野村総合研究所・シニアリサーチャーの金子洋平氏が、金融業界における生成AI活用の未来について解説する。
生成AIの導入には3つのフェーズがある
金融業界においても、当然その活用が多く検討され始めており、特に、大規模言語モデル(LLM)を中心とした生成AIの金融機関内での活用が注目されている。今回は、金融機関におけるLLMの活用の進み方を大きく3つのフェーズに分類した。
フェーズ1は自社データと連携しない形で既存のLLMを安全に活用できる環境が整備された状態である。この状態にある金融機関はすでに多く、自社専用のLLMベースのChatGPTライクなチャット環境を利用してアイデア出しや文章案の作成などを行っている方も多いのではないだろうか。
フェーズ2は、自社データと連携し既存業務の効率化を行うフェーズである。RAG(Retrieval-Augmented Generation)などの技術を用いて自社データとLLMを連携し、チャットなどを介して自社データを容易に参照、自社データの情報にもとづいた文章生成を行える状態である。
フェーズ3は生成AIによるビジネスモデルの革新である。現状ではアイデアベースの議論は行われているが、金融機関においてフェーズ3の具体的な検討や実現に向け推進し始めるには至っていない。
現状、取り組みが進んでいる金融機関であっても、フェーズ2の段階にあり、自社データとLLMを連携させてPoC(Proof of Concept)を進めている。具体的には、文章作成、問い合せ応対支援、議事録生成などの主に一般的な社内業務に生成AIを活用し、業務効率化を図る取り組みが行われている。ただし、本格的な実用段階はこれからであり、現在はPoCを通じた試行錯誤の段階が多いといえる。
(出所)野村総合研究所
実用に向けた課題をいかに乗り越えるか
生成AIを実用段階に移行するためには、いくつかの課題を乗り越える必要がある。金融機関では生成AI活用の課題として、データ保護、回答の正確性(ハルシネーションの発生)、活用のためのリテラシー、回答の不確実性(回答文章が生成の度に異なる特性)などが挙げられることが多い。また、実用段階への移行においては生成AIの導入によって、どの程度の効率化や品質向上を達成したかの費用対効果や従業員への影響の評価も重要になってくるだろう。
これらの課題に対処するために、まずデータ保護の観点では、入出力データがLLMを動かしているデータセンターに送信されることを防ぐため、自社統制下のプライベートクラウドやオンプレミス環境でLLMを動作させることが理想的であろう。しかし、それが難しい場合は入出力データの保存や再学習を行わないことなどが規約で定められているサービスを使うことも考えられる。
回答の正確性や回答の不確実性については、ハルシネーション(LLMが誤った情報を生成してしまうこと)の発生を最小限に抑えるために、RAGなどにより外部知識を参照して回答を生成する仕組みの整備や、ユーザーである人間が必ず生成された文章を確認するなどの運用が考えられる。
また、LLMが不適切な表現を行ってしまう恐れについては、LLMサービスが提供しているコンテンツフィルターを活用することなども効果的である。ただし、一般的に不適切とされている表現はLLMサービスのコンテンツフィルターで対応可能であっても、自社特有、業界特有の不適切な表現については注意が必要である。そのような表現については、個別に定義し独自にフィルタリングを実装することが必要になる可能性がある。
生成AIを活用するためのリテラシーについては、社内教育や利用ガイドラインの整備などを通じて、従業員の理解を深めていく必要がある。生成AIの特性や限界を理解し、適切な利用方法を身につけることで、効果的な活用が可能となる。また、継続利用による習熟度の向上を促進するために、社内表彰や社内コミュニティによるサポートなどの環境整備も考えられる。
すでに実用段階に移行しているユースケース
これらの課題を踏まえて、一部のユースケースでは、既に実用段階への移行が始まりつつある。例えば、問い合せ応対支援などである。お客様からの問い合せに対し、従来はオペレーターが実施していた回答作成の一部をLLMが実施し、オペレーターはその文案を推敲し、最終文面を確認してお客様に回答するようなユースケースである。これにより回答品質均一化や生産性向上などが見込まれる。
実用段階への移行に際しては、LLM利用のチューニングも含めた丁寧なPoCを通じて、生成AIの導入効果を適切に評価することも重要である。どの程度の業務効率化や品質向上が達成されたかを定量的に把握し、費用対効果を検証する必要がある。併せて、生成AIの導入が従業員の業務にどのような影響を与えたかについても、丁寧に評価することが求められる。
生成AIの活用を検討する企業は、これらの課題に対処しながら、着実に取り組みを進めていくことが肝要である。生成AIのポテンシャルを最大限に引き出し、自社業務への活用範囲を広げてゆくことは、自社の競争力を高めるうえで重要であろう。
(出所)野村総合研究所
このように、金融機関の生成AI活用は課題がありながらも進んでおり、今後も確実に活用は進んでゆくと思われる。また、生成AIに関連する技術の進歩は極めて早く、そして継続的に進歩してゆくことも間違いないだろう。そこで、進歩の方向性と今から検討すべき備えの例を示す。
金融業界における生成AI活用の未来
生成AI活用技術の進歩の方向性の1つとして、例えば、LLMが外部システムやAPIと連携することを可能にするFunction Callingや、LLMがユーザーの指示を自律的に判断しタスクを実行するAIエージェントなどの普及や技術進歩があるだろう。このような技術を活用することで、現在はチャットベースの質問応答などに限られるLLM用途も、ユーザーの指示をAIエージェントが自律的に判断、タスクに分解し、Function Callingなどにより外部システムと連携し順次処理、回答を生成する等の用途に広がるであろう。
第2の例として、LLMとの対話インターフェースとして、テキストベースのチャットだけでなく、音声対話や画像・動画を活用したマルチモーダルなインタラクションも、今後の技術進歩で進んでゆくと思われる。マルチモーダルな生成AIを活用するためには、文章データだけでなく、画像、音声、動画などの多様なデータの収集・整備が必要になる。また、AIエージェントとの対話においては、マルチモーダルなデータを活用することで、より自然で感情豊かなインタラクションを実現できるのではないだろうか。
これらの取り組みを推進するには、大前提として進歩の早い生成AIの技術動向を適切に収集・把握することが大切である。それに加え、今回の例ではFunction Callingで連携される既存外部システムのAPIなどの整備や、マルチモーダルの普及を見据えてテキストだけでないデータ基盤の構築、データ収集といったデータ活用のための環境整備が必要になる可能性がある。
もちろん、今回挙げた例以外にも、生成AIの技術進歩は目覚ましく多くの変化やユースケースの拡大が今後生じることが予想される。これらの変化を的確にとらえて自社ビジネスに活用することは各金融機関にとっても競争力強化につながる大きなチャンスであり、生成AIを活用するための戦略的な取り組みや備えを通じて、イノベーションを推進していくことが大切である。
(金子 洋平 : 野村総合研究所 シニアリサーチャー)