昨年発覚した情報流出問題に加え、業績低迷にも直面するNTT西日本。引責辞任を決めた森林社長に、今の心境と経営改革の進捗を聞いた(撮影:ヒラオカスタジオ)

まさに道半ば、での辞任だ。

NTT西日本の森林正彰社長が2024年3月末をもって辞任する。NTT西のグループ会社が10年間にわたり、928万件におよぶ顧客情報を不正流出させていたことへの責任をとった格好だ。社長在任期間は1年9カ月となる。

森林氏は海外経験が長く、地域通信を手がけるNTT西としては異色のトップ人事だった。経営改革を期待されて抜擢されたものの、その後の業績は停滞。辞任の引き金となった情報セキュリティ不全に加え、固定電話に代わる新規事業育成などの課題も山積している。

改革の目に見えた成果を出せぬまま社長を退く決断をした、本人の胸中とは。森林氏に直撃した(※インタビューはオンラインで実施)。

決めた以上、割り切るしかない

――3月末で社長を辞任することとなりました(後任はNTT東日本の北村亮太副社長)。昨年発覚した顧客情報流出は10年前から続いていた問題ですが、なぜ引責辞任を決めたのですか。

今回の事案では、長年にわたり非常に多くのお客様にご迷惑をおかけしてしまった。これは会社としても一定の責任をとらなければならないとの結論に至った。その際には、やはり最高経営責任者である私が責任をとる(べきであるという)ことになった。

まだ(経営改革は)道半ばなので、個人的には本当に残念。ただ、決めた以上は割り切るしかない。今いる社員たちは、(経営改革の重要性などについて)私が言っていたことを理解してくれたはずだ。新体制でも継続してもらえると期待している。


森林正彰(もりばやし・まさあき)/1962年生まれ。北海道大学工学部卒業後、1984年日本電信電話公社(現NTT)入社。海外畑を長く歩み、NTTコミュニケーションズ副社長やNTTリミテッドプレジデントなどを経て、2022年6月から現職。2024年3月末に退任予定。写真は2022年(撮影:ヒラオカスタジオ)

セキュリティ対策はきっちりやっておかないと、会社の屋台骨が崩れかねない。今後大体3年かけて約100億円を投じ、不正監視・点検体制の高度化などを進めていく計画だ。同様の事態を二度と起こさないためには、これぐらいの投資はやらざるをえない。

――社長を退いた後の予定は。別会社に移籍されるのでしょうか。

いや、今後についてはまだ何も決まっていない。まったくの未定だ。

――NTT西の目下の課題は、セキュリティ対策の強化だけでなく、業績の立て直しです。社長就任後の業績を振り返ると、2022年度は減収減益、2023年度も第3四半期までの累計決算は減収減益と低迷しています。

確かに結果として、数字は出ていない。2022年度の業績については、電気料金高騰や通信設備の故障などが打撃となったうえ、固定電話の落ち込みが相当厳しかった。電話だけで毎年、利益が200億円以上も落ちている(編集注・NTT西の2022年度の売上高は1兆5016億円、営業利益は1349億円)。

200億円の利益をカバーしようとすると、同じ額のコスト削減をするか、(NTT西日本の営業利益率は約10%のため)2000億円規模の新たなビジネスを創出するかの2択となる。コスト削減はこれまでにもやってきており、なかなか簡単にはいかない。


ただ、事業の中身や体質は着実に変わってきている。NTT西は地域密着が最大の強みだが、売り上げと利益を追求する姿勢が(社長就任の)当時は足りなかった。従業員には「利益をあげないとこの会社はダメだ」とずっと話してきて、意識の改革が進んだと思っている。

採算改善に向けて選別受注や作業工程の内製化を進めたほか、個別の企業・自治体ごとのSI(システム・インテグレーション)案件は極力、標準化したサービスを展開するようになっている。

今後2〜3年で伸びる下地はできた

――固定電話の収益は今後も落ち込み続けることが見込まれます。就任当初、代わりとなる新規事業の売上高比率を2025年度までに5割以上とする目標を掲げましたが、その進捗は。

高速光回線やDX(デジタルトランスフォーメーション)、電子漫画などを含む新規事業の売上高比率は、2021年度に3分の1だったが、2023年度には(まだ決算が締まっていないため)正確ではないものの、4割弱になると想定している。

「5割以上」の目標達成は厳しい状況だが、2025年度に向けて成長分野の事業の伸びを期待できるようになってきた。

新規事業は仕込み段階のもののほうが多い。2023年度はまだまだ(数字として)上がり切っていないが、今後2〜3年かけて伸びていく下地ができてきている。こうした事業の拡大が、会社全体としても業績改善のドライバーになるだろう。

――具体的にどんな事業で成長を見込んでいるのでしょうか。

まず自治体向けだ。(政府・自治体が扱う業務システムのITプラットフォームとなる)「ガバメントクラウド」の導入に伴い、2025年度末までにすべての自治体は国民年金や介護保険など20の業務システムを同クラウドへ準拠したものに移行することになる。

こうした20種類以外の業務システムについても、地域ごとのプラットフォームやプライベートクラウドのようなものが必要になってくる。そういったシステムのクラウド移行やセキュリティ、ネットワーク構築から日々のオペレーションに至るまで、NTT西がまるっと請け負う形での提案を始めている。


森林氏は、新規事業育成に向けた種まきはできたと振り返る。写真は2022年(撮影:ヒラオカスタジオ)

一方、2023年5月にはマイクロソフトとの協業を開始し、「マイクロソフト365(旧オフィス365)」や「Azure(アジュール)」など同社のサービスを使いながら、自治体向けにシステムのクラウド化やDX関連などのソリューションを共同で提案している。

すでに一部では受注もとれているが、大きな案件が動き出すのは2024〜2025年になるとみている。これには、かなりの伸びが期待できる。

学校向けのICTサービスや、高速の光回線「フレッツ 光クロス」も今後伸びていく分野だ。そのほか、直近では自動運転EVバスのシステム提供や、クラウドを使ったロボット管理などにも展開を試みている。

また、20年近く前から手がけている電子漫画「コミックシーモア」も順調だ。現在、電子漫画は北米市場向けに英語版を提供しているが、コンテンツの量を増やすことで、さらに強化していきたい。

技術者のスキルアップが課題

――マイクロソフトとの提携は、海外畑の森林さんの色が強く出ているように感じます。今後に向けて、積み残した課題は何でしょうか。

成長分野の事業を伸ばすためには、人材のスキルアップが不可欠となる。クラウドやセキュリティ、AI(人工知能)などの技術者を育成していく予定だ。

(リスキルや新規採用で)1000人規模でそういう技術者が集まってきており、準備は着々と進んでいる。

( 高野 馨太 : 東洋経済 記者)