上司と部下が違う方向を向いてしまう根本理由
上司=決める人、部下=実行する人というように役割を分けると、チームが方向を見失いがちになると著者は指摘します (写真:mits/PIXTA)
立場が上の人が発した言葉が会議室を支配してしまい、正解から程遠いものだったとしても、誰も異議を唱えられる状況に陥ったことはないだろうか。
そうして下された決断は、「声の大きい人々の英知」であって、上司と部下の分断を深刻化すると主張するのは、米海軍の原子力潜水艦元艦長のマルケ氏だ。マルケ氏の近刊『最後は言い方』から、分断を避け、チームの多様な意見を引き出すコツを紹介しよう。
上の人が口を開いて、下の人が同調する構造
私は管理職向けのリーダーシップ研修を開くと必ず、参加者にこう聞くことにしている。
夫と妻のそれぞれに、自分が家事をどれくらい請け負っているかを申告してもらう実験があります。その実験で、夫と妻の申告値を足すと、決まって100パーセントを上回ります。では、過大申告の平均はどれくらいでしょうか。
制限時間は90秒とする。これで彼らには、時間を守らなくてはならないというプレッシャーがかかる。
この出題には隠された意図がある。各テーブルのリーダーが、プレッシャーのもとでどのように決断を下すかを観察することだ。
彼らはご多分に漏れず、産業革命期のやり方に従う。室内のどのテーブルでも、会話の流れは基本的に次のようになる。
1.問題が発表されたとたん、立場が上の参加者が最初に自分の推測を口にする。
2.するとほかのメンバーがそれに同調し、その数字に近い推測を口にする。
3.その時点で沈黙を保っているメンバーは、そのまま発言しない可能性が高い。
これはまさに産業革命時代のやり方だ。
議論してから投票するという、意思決定に至る構造が、決断を下す前に出る意見のバリエーション(ばらつき、多様性)を減らすものとなっている。
こうして下された決断は、「声の大きい人々の英知」と呼んで差し支えないだろう。
立場が上の人が発した最初の数字がそのテーブルを支配し、それが正解からどれほどかけ離れていても、最初の数字に限りなく近い数がそのテーブルの最終的な回答となる(ちなみに正解は130パーセントだ)。
違う数字を思い描いているメンバーは発言を控えるので、有意義な情報を得る機会や分析の機会が奪われる。
なぜそんなやり方になってしまうのか
これがグループで決断を下すときの最善のやり方でないことはおわかりだろう。だが、グループで決断を下すケースのほとんどが、これとまったく同じやり方をしている。
2015年に嵐のせいで沈没した貨物船「エルファロ」でも、このやり方が行われていた。船長が決定し、それを周囲のメンバーが後から知るというやり方だ。
エルファロは、フロリダのジャクソンビルからプエルトリコの首都サンフアンまでの航海中に、ハリケーンに向かって進んでいって沈没した(こちらの記事参照)。
近代的な無線システムや航行設備を搭載していたが、船に乗っていた33名は、全員命を落とした。
エルファロの船内で実際に何が起きたのかは、事故後、回収されたボイスレコーダーから推測できる。先に述べたように、エルファロは産業革命期のやり方に従っていた。
産業革命期のやり方とは、上司=決める人、部下=実行する人というように役割を分けて、考える仕事と実行する仕事を分断することだ。これをしてしまうと、部下からの多様な意見が出てこなくなる。
よりよい決断を下すには、異なる意見を集めることから始める必要がある。グループ全体の意見、とりわけいちばん上の立場の人間が影響を及ぼすよりも先に、各自に意見を発表する機会を与えるのだ。
1人ひとりの思いを潰さないようにすれば、多種多様な考えが最大限集まる。それを実現させたいなら、議論を始める前に各自にそれぞれ意見を書かせればいい。
意見が集まったら、グループ全体で見直す。その際は、誰の意見かは明らかにしないまま、グループ全体で選択肢を狭め、意見を収束させていく。
こうして生み出された成果は「集団の英知」だ。条件が整っていれば、グループとしての見識は、そのグループに属するどの一個人のそれよりもつねに優る。
行動こそ重要という先入観を捨てよう
エルファロの船長と船員の命運が尽きたのは、過去のやり方に従い、それに伴う言葉を使うことが身体に染みついていたからだ。
彼らは時代遅れのやり方にとらわれて、違うやり方に目を向けることができなかった。
たとえ違うやり方を思い描けたとしても、仕事に就いてから従い続けているパターンから抜け出すことは困難を極めたに違いない。
身体に染みついたパターンを壊そうと試みる(そして失敗する)エルファロの高級船員たちの言葉には、不安が見て取れる。
行動を起こすことは大事だが、思考とのバランスをとる必要がある。会社として、個人として、学習し成長するには、行動と思考の2つの活動のバランスを正しくとることが重要なカギとなる。
何かについて考えようが、何かに関する決断を下そうが、その正否を確かめる行動をとらない限り、学習は生まれない。他者の指示に盲目的に従って行動する場合も同じだ。
行動と思考のバランスをとるのは必須だが、一方で私たちは長きにわたり、行動こそ重要という先入観にとらわれてきた。
これからは、組織のトップだけでなく、どの階級のどのレベルの人も、すべての行動に思考を伴わせるようにする必要がある。
(L デビッド マルケ : 米海軍攻撃型原子力潜水艦「サンタフェ」元艦長)