ニュース提供取りやめに「テクノロジー暴君」と非難も(写真・GettyImages)

ビッグテックの一つでFacebookやInstagramを運営するMeta社が、オーストラリアやカナダ政府を相手に激しいバトルを展開している。

国内メディアの衰退に歯止めをかけるために利益の一部の還元を求める政府と、毎月、世界で数十億人が利用するネットビジネスの影響力を背景に一歩も譲ろうとしないMetaとの衝突は、インターネット空間の隆盛が生み出した新たな国際問題の様相を呈している。

Facebookで「ニュース取りやめ」各国が反発

2月末、Metaは突然、オーストラリアでのニュース記事の提供をやめるとともにオーストラリアのメディアに対する支払いを2024年の契約期間終了後にやめると発表した。

Metaは2023年秋に英国、フランス、ドイツでも同様の対応を決めており、各国政府相手の全面戦争となっている。

オーストラリア政府は激しく反発し、Metaとの交渉は続けるものの、Metaが応じなければ最悪の場合15億豪ドル(約1400億円)の罰金が科されるとしている。またオーストラリア国内メディアの反発も激しく、MetaのCEOであるザッカーバーグ氏に対して「テクノロジー暴君だ」などと批判が強まっている。

Metaとオーストラリア政府の対立は2021年に遡る。

国内のテレビや新聞など伝統メディアの経営悪化と相次ぐ休刊や倒産に危機感を抱いた当時の政権が「苦境に立つ報道機関には財政的支援が必要である」として、報道機関の記事を使用している巨大プラットフォーム企業に報道機関への対価の支払いを義務付ける「メディア取引法」を制定した。これは世界でも初めての試みだった。

オーストラリア政府は独自の調査を実施し、国民の約4割がGoogleやFacebook(現Meta)などのSNSを利用し、この2社が国内のデジタル広告収入の81%を占めていることが判明した。

しかし、これら2社は国内メディアの発信するニュースを活用してユーザーを獲得しているにもかかわらず、メディアに対して適正な報酬を支払っていない。この結果、国内メディアの経営が悪化し深刻な状況に陥っているというのである。

対抗措置で政府の災害情報も見られず

政府が打ち出した仕組みは、莫大な利益を上げているプラットフォーム企業が国内メディアから求められた場合は対価の支払いについて協議し、交渉が合意に達しない場合、政府主導で仲裁を進めるとしている。

FacebookとGoogleは巨額の資金提供を義務付けられる不利な内容であるため強く反発し、一時的にニュースの表示を停止した。その結果、災害などを知らせる政府の緊急ページも見ることができなくなった。

あまりにも傲慢な対応にはオーストラリア国内だけでなく国際社会からも批判が出たため、両社は法律が執行される前にメディア側と話し合い、合計2億豪ドル(約195億円)を支払う契約を結んだ。

オーストラリア政府の対応は決して極端な話でもない。

ニュースをはじめ多種多様なアプリやコンテンツを並べてユーザーをひきつけるプラットフォームビジネスの急激な普及で、各国の新聞やテレビなどの伝統メディアは広告収入を奪われてしまい、ニューヨーク・タイムズなどごく一部を除きほぼ例外なく厳しい経営状況に陥っている。

その結果、民主主義が定着している欧米諸国などではメディアの衰退は言論空間の衰退、さらには民主主義の崩壊につながりかねないという危機意識が強まっている。

先頭を切って法制度を作ったのがオーストラリアだったわけで、この動きが他の国を刺激した。

カナダは2023年7月にプラットフォーム企業とメディアの交渉、当局による仲裁手続きなどを定めた「オンライン・ニュース法」を定めた。EU(欧州連合)はじめ欧州、アメリカ、英国、ブラジルなどいくつかの国でも似たような動きが出ている。

複数の国家が巨大なプラットフォーム企業と対峙するという構造ができつつあるのである。

穏やかなGoogle、闘うMeta

こうした動きに対しGoogleはこれまでのところ、各国メディアとの協議を進め対価を支払うという比較的穏やかな対応をしている。それに対してMetaは冒頭に紹介したオーストラリアでの支払い拒否の公表だけでなく、各国と「闘う姿勢」を鮮明にしている。

カナダの法制化に対しては、報道機関への支払いに合意したGoogleとは異なり、Metaは今も支払いを拒否するとともに、カナダ国内でのニュース配信を停止している。

例年、カナダは夏に山火事が頻発し大問題となる。2023年夏も記録的な山火事が起きた。ところが同じタイミングでFacebookがニュース配信をやめたことで、被災地の住民は火災の拡大や救助活動についての最新情報を得る手段の一つを失った。皮肉にもFacebookの空白を埋めたのが多くのフェイクニュースだった。

当然、Metaに対する批判は強まり、地方自治体の中にはMetaへの広告を停止するところも出てきている。カナダ政府はMetaとの交渉を根気強く続けているが、トルドー首相は「Metaはジャーナリズムに対する対価を支払わないまま、何十億ドルもの利益を上げている」などと厳しく批判している。

そもそもMetaやGoogleが展開するプラットフォームを基盤としたビジネスモデルは、多種多様なコンテンツで多くのユーザーをできるだけ長い時間、引き付け、広告収入を稼ぐ「アテンション・エコノミー」と呼ばれる手法の代表的なものだ。したがってニュースの提供は主たる目的ではなく、人々を集めるための手段のひとつでしかない。

プラットフォームが登場した初期には強い影響力を持っていた新聞やテレビはプラットフォームを過小評価し、ニュースコンテンツを流すことに対しては鷹揚に構えていた。

しかし、短期間で力関係は逆転してしまった。

広告収入を奪われつつ、購読者確保では依存

伝統メディアはプラットフォームを経由して購読者や視聴者を確保する比率が高まってきた。つまり、新聞やテレビなどの伝統メディアは、プラットフォームによって広告収入を奪われているのだが、同時に購読者獲得などの面ではプラットフォームへの依存度を高めているのだ。

問題はこのプラットフォームビジネスを成り立たせている「アテンション・エコノミー」がジャーナリズムや民主主義とはおよそ無縁の、利潤追求至上主義であることだ。

オーストラリアやカナダ政府を相手に支払い拒否をするMetaは「ニュースへのクエリ(データベースに対する処理要求)はわずか2〜3%にすぎず、多くのユーザーの関心は友人や家族とのつながり、短編の動画やインフルエンサーのコンテンツである。Facebookにニュースはもう必要ない」と反論している。

Metaにとってニュースは主要な収入源になっていないばかりか、ニュースコンテンツを扱えば、各国の政府が介入して対価支払いを義務付ける法律などで規制をしてくる厄介者になっているのである。ならばニュースから撤退したほうが都合いいと考えるだろう。

しかし、現実はそれほど単純に切り分けられない。プラットフォームの普及とともにメディアの広告収入が激減し、その結果、メディア企業が雇用するジャーナリストが減り、記事が短くなり質も下がる。最後に休刊や撤退につながっている。

つまり伝統メディアはいつの間にかプラットフォームに経済的基盤を奪われてしまったのだ。

もちろんGoogleやMetaが各国でメディアに対しニュース使用の対価を支払ったからといって、新聞やテレビの経営が改善し問題がすべて解決するわけではない。

ジャーナリズムと民主主義が直面する劇的な変化

ジャーナリズムは権力の監視、多様な情報や意見の提供、それによって公平で公正な民主的社会の実現を目的にしており、利益の追求を目的とはしていない。そのため経済的基盤は極めて脆弱な存在である。そして新聞やテレビなどのメディアが長年、ジャーナリズムの担い手となって機能してきたことも事実だが、それが永続的なものではないことは言うまでもない。

問題は次の姿がまだ明確でないことだ。

苦境に陥ったメディアに対して、それを民主主義の危機と受け止めた一部の国家が法律という手段で救済策を講じる。国家という枠を飛び越えて世界規模での市場を手にした巨大企業はこうした動きに正面から抵抗する。10年、20年前には考えられなかったような力関係の構図の変化が進んでいる。

その先はどうなるのか。ジャーナリズムはどういう形で生き残っていくのか。

現在、ネット空間はSNSの登場に続いて、人工知能(AI)の技術開発と社会への実用化が猛スピードで進んでいる。ジャーナリズムも民主主義も劇的な変化の時代に直面しており、先の姿は予想しようもない状況にある。

(薬師寺 克行 : 東洋大学教授)