天才とは発達障害のことだった?「自閉スペクトラム症」と「ADHD」の特性を考える
いわゆる天才とは、2種類の発達障害「自閉スペクトラム症」と「ADHD」に通じる特性を持っているのではないか。
まずは自閉スペクトラム症だが、診断基準を確認すると、この精神疾患には、子どもの頃から「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥」があるとされている。3種の説明が掲載されているが、かんたんな言葉遣いに直しながら紹介しておこう。
(1)情緒的な交流が難しく、他者への近づき方が異常だったり、会話が不自然だったりする。興味や感情をなかなか共有してくれない。
(2)非言語のコミュニケーションが難しく、視線を合わせられなかったり、顔の表情が異様。身振りが独特だったり、皆無だったりする。
(3)人間関係を発展させたり、維持したりするのに劣る。他者理解を欠き、想像を共有する遊びが不得意で、友人をなかなか作れず、仲間に興味がない。
つまり言動が度を越して自己完結的ということだ。
自閉スペクトラム症者はいわゆる「その場の空気」を読むことが不得意か、読めても尊重しないことが多い。他者に容易に同調せず、自由奔放に見られることもある。
冗談がわからないか、または独特なユーモアを操る。創作物はしばしば奇怪だったりB級的だったりして、不自然さや違和感を漂わせる。歯に衣着せぬ発言によって煙たがられたり、意思の不疎通から他者と口ゲンカになりやすかったりし、パートナーはしばしば情緒的交流の欠如を訴える「カサンドラ症候群」に陥る。
自閉スペクトラム症の特徴に関するもうひとつの診断基準が、子どもの頃からの「こだわり」だ。限定された興味関心や行動を反復し、つぎの4つの特性の2つ以上を備えるとされる。やはりかんたんな言葉遣いに直しながら紹介しておこう。
(1)おもちゃを一列に並べたがる、物をしつこく叩きたがるなどの常同行動。オウム返しや独特な言いまわしを操る。
(2)毎日同じ道を歩くことにこだわったり、同じものばかり食べたがったりと、決まった習慣に頑固にしがみついて、変化を嫌い、儀式めいて見えるほどだ。
(3)一般的ではない対象への強い愛着を示したり、没頭したりし、異常ですらある。
(4)光、動き、音、手触り、味、匂いなど特定の感覚に対して、ふつうの人よりも過敏だったり鈍感だったりする。
つまり「こだわり」が度を越してすごいということだ。
自閉スペクトラム症者は同じような言動を執拗に反復したり、創作をすれば同じような作風のものを無際限に作りたがったりする。収集癖を発揮することが多く、コレクションはマニアックなものになりがちだ。
感覚の解像度が高く、周囲の五感的情報に揺さぶられたり、キラキラチカチカしたもの、水や光や夜空などに魅了されたりしやすい。
対人関係の困難があるから、自然との一体感に救済を求める自閉スペクトラム症者は多い。
感覚世界が独特なので、じぶんが感じているものはほかの人にはわからないと考えがちで、頑固な印象を与える。さまざまなものから連想が飛躍的に発生し、些細なことがフラッシュバックしやすい。
じぶんの疲れない感覚世界に憧れて、依存性の高い物質や行為に嗜癖したり、超感覚的世界に憧れたりすることが多い。
世の中に「こだわり」が強い人はいくらでもいる、と思うかもしれないけれども、それは結局のところ、自閉スペクトラム症の特性が強いということだ。
自閉スペクトラム症が「こだわり」が強いと言われるのは、そのこだわる対象が異常に見えるからだ。しかし、ほんとうに公平に考えると、定型発達者にも「こだわり」があるのではないか。
たとえば恋愛や性愛の対象としてどのような顔立ちや体つきを好むかという問題に関して、多くの人は「こだわり」を持つだろう。そのような種類の「こだわり」は多数派にも備わっているから、異常と見なされない。多数派だから正常で、少数派だから異常と見なされるだけなのだ。
■ADHDの特性とは
つぎにADHDの特性について確認しておこう。ADHDは不注意の症状と多動性および衝動性の症状に依拠して診断される。不注意の症状は子どもの頃から現れ、以下のうち6つ以上が少なくとも6ヶ月持続しなければならないとされる。やはり簡略化して紹介しておこう。
(a)学業や仕事などで、しばしば綿密に注意することができず、失敗する。
(b)講義、会話、読書などに集中できない。
(c)話しかけられたときに、しばしば聞いていないように見え、心ここにあらずだ。
(d)指示に従うのが難しく、学業、用事、職場での義務から脱線する。
(e)持ち物を整理できず、時間も管理できず、ものごとを順序立てて遂行できない。
(f)きっちりした書類の作成や確認を避けるか、嫌そうに取りくむ。
(g)学校や職場で必要なものをしばしば紛失する。
(h)外からの刺激に弱く、すぐに気が散る。
(i)やるべきことをすぐに忘れてしまう。
「そうか、じぶんもじつはADHDだったのか!」と驚いた読者も多いと推測するが、先に書いてあったように子どもの頃から発生し、6つ以上該当し、継続的に起こっていなくてはならない。ときどきケアレスミスをするとか、たまに落とし物をするなどは誰にでもあることで、ADHDを診断されない。
多動性と衝動性の症状に関しても、子どもの頃から見られ、以下のうち6つ以上が少なくとも6ヶ月持続しなければならないと定められている。同様に簡略化して説明する。
(a)手足をそわそわ動かし、何か叩いたり、踏みならしたりする。
(b)椅子に長く座っていられず、立ちあがったり、歩きまわったりする。
(c)不適切な状況で走りまわったり高い所へ登ったりする。
(d)静かに遊んだり、ゆったり余暇を楽しんだりできない。
(e)エンジンで動かされるように、落ちつきなく行動する。
(f)やたらしゃべる。
(g)人が発言する順番を奪ったり、質問が終わる前から回答したりする。
(h)列にちゃんと並んで待てない。
(i)会話やゲームで他者を妨害したり、勝手に人のものを使ったりする。
度を越した衝動性と多動性。ADHD者は成人しても子どもっぽくはしゃぐ場面が多く、エネルギーが余っていて爆発的な行動力を発揮したり、思考の動きも非常に活発で、注意が多方向に拡散しがちになったりする。
ひっきりなしに話しつづけたり、人がびっくりするような圧倒的なスケールでものごとを考えたりすることもある。多動によって練習量が増えるため、仕事のやり方を見よう見真似で身につけたり、モノマネなどで遊んだりすると、憑依現象が起きたかのように高いパフォーマンスを見せる者がいる。
他方で、体や思考が動きすぎるため、失敗の量も標準より多く、痛々しい印象を与えることは稀ではない。歯車が噛みあえば入神状態のような驚異的な集中力を発揮するが、噛みあわなければ、とりとめもなく徒労を積みかさねていく。
まさに天才とはこうした特性を持っていないだろうか。
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以上、横道誠氏の新刊『創作者の体感世界 南方熊楠から米津玄師まで』(光文社新書)を元に再構成しました。一般的な身体感覚から遊離した表現が多く見られる文学や芸術作品を読み解く鍵として、発達障害について考えます。
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