頭のいい人が、なぜこれほど「うまい話」にのせられてしまうのか(写真:perfecta/PIXTA)

ビジネススクールで分析されるのは、グーグルやアマゾンのような成功企業の戦略がほとんどだ。多くの経営者も注目し、自社に導入しようとしているが、そうした表面的な成功体験だけを真似しても、うまくはいかない。ビジネスの成功事例を当てにするのは、霊能者の予言をありがたがるのと同じともいえる。

これに対して「見えないゴリラ実験」でイグ・ノーベル賞を受賞した心理学者のダニエル・シモンズ氏が、同じく心理学者のクリストファー・チャブリス氏とともに著した最新作『全員“カモ”』で提示するのは、「失敗と向き合うことの重要性」だ。人間の認知能力の脆弱性を知ったうえで、理性的な判断を心がけるためにも、このポイントを押さえておきたい。

カジュアルシューズ・ブランド復活の謎


ビジネスの世界では、長期的に業績を挙げている企業に注目し、これらの企業に共通する特徴を見つけようとする手法が古くから用いられてきた。ビジネススクールでは、成功した企業やリーダー、意思決定の事例を分析することがカリキュラムの中心になっている。しかし、このやり方は、生還した爆撃機だけを分析対象にするのと同じことだ。

その典型例が、作家マルコム・グラッドウェルのベストセラー『ティッピング・ポイント』(飛鳥新社)の冒頭に出てくるエピソードだ。

グラッドウェルは、カジュアルシューズ・ブランドの「ハッシュパピー」が、1994年まで低迷していたが、ニューヨークのサブカルチャーの発信源である流行に敏感なインフルエンサーたちに支持され始めたことで突然大流行し、1993年から1995年にかけての年間売り上げが3万足から43万足に跳ね上がったと記している。

企業が自社ブランドを宣伝するために「インフルエンサー」を活用する可能性を示す好例とされているのだ。

確かに、他よりも大きな影響力を持つ消費者はいるが、少数のインフルエンサーに製品を提供し、それを大衆に向けて宣伝してもらえば、マーケティングは必ず成功するのだろうか?

実際には、ハッシュパピーの事例は「流行の最先端を行く人たちに履いてもらえばシューズ・ブランドは急成長する」や、「インフルエンサーを起用することが企業の成功の秘訣である」といった考えを裏づける証拠を何も示していない。成功の原因を見極めるためには、1つの分かりやすい要素だけではなく、あらゆる要素を考慮しなければならない。

集中力が併せ持つメリットとデメリット

たとえば、もともと優れた製品やサービスを提供していて、売上高や利益が高い企業ほど、最新のマーケティングのアイデアを試す傾向が強いという可能性も考えられる。グーグルの従業員への待遇や、アマゾンの会議の進め方、フィンランドの学校の授業のやり方、アメリカのネイビーシールズ軍特殊部隊のマネジメント法など、表面的な部分をただ真似ようとしても、これらの優れた組織に匹敵する業績を挙げられるわけではないのと同じ原理だ。

インフルエンサーを用いたマーケティングが本当に成功をもたらすかどうかを検証するには、医学の臨床試験と同じ手法を当てはめなければならない。すなわち、類似した企業を大量に被験者に見立て、インフルエンサー戦略を用いるグループとそうでないグループにランダムに分け、その戦略が成功したかどうかをグループ間で比較する必要がある。

もちろん、これを実施するのは現実的ではない。けれども、証拠を得にくいからといって、目の前の1事例だけを見て、それが確かな証拠だと信じ込むのは間違っている。

たとえば、サッカーの試合を、ボールを保持している側だけに注目して見ていると、そのチームの戦術を読み解くチャンスは得られる。だが、守備側が攻撃に対してどのような戦術を用いているか(いないか)については知ることができない。

この集中力の欠点は、詐欺師やマーケティング担当者が人をだまして間違った選択をさせるために用いるありふれた手段の前提になっている。彼らが情報を隠す必要はない。ただ重要な情報を省略して、それについて考えないように仕向ければいいのだ。

私たちがこの問題に対処するためには、「何が欠けているのか」と問う必要がある。重要な決断をする前にそうすることで、何かの真偽を判断するために、本当に必要な情報は何かを考えやすくなる。

目の前にない重要な情報が何かを整理するために便利なのが、「可能性グリッド」と呼ばれるシンプルなツールだ。2×2の4マスから成るグリッドを想像してみよう。


情報整理のための可能性グリッド

外れることのほうが多い霊能者の予言

霊能者のケースに当てはめると、上段には予言がなされた場合、下段には予言がなされなかった場合が該当し、左列は実際に起こった出来事、右列は起こらなかった出来事が該当する。つまり左上のマスには、霊能者がある出来事を予言し、その出来事が実際に起こったケースが当てはまる。超能力者が、予言を的中させて有名になるような場合だ。

右上のマスは、予言が実現しなかったケースが当てはまる。左下は、霊能者が、すべきだったができなかった予言が当てはまる。このマスに該当することを想像するのは難しい。なぜなら私たちは、人が「何をしなかったか」よりも「何をしたか」に注目しているため、このボックスについて考えること自体が難しいからだ。

リチャード・サンダースの研究チームは、20年以上にわたって何百件もの世界的な重大事件について調べたが、そのうち有名な霊能者によって予言が的中したものは1件もなかった。これらの事件には、スペースシャトル「コロンビア号」の大事故、20万人以上の死者を出した2004年のインド洋大津波、ノートルダム大聖堂の大火災、新型コロナウイルスのパンデミックなどがある。これらもすべてこの左下のマスに該当する。

最後に、右下のボックスには、どの霊能者も予言せず、実際に起こらなかった出来事(たとえば、「筆者の最新作がピューリッツァー賞を受賞する」など)が入る。

この可能性グリッドを使うと、左上のマスに入る成功事例を、他の3つのマス(ここに該当する出来事や逸話は、あまり印象的なものにはならない)の可能性と併せてとらえられる。

次に可能性グリッドを用いて、マーケティング戦略を分析してみよう。グリッドの上段は企業が対象となるマーケティング戦略を試したケース、下段は試さなかったケースになる。左列は成功した製品、右列は失敗した製品が入る。

価値があるのは成功よりも失敗の履歴書

たとえば、ハッシュパピーの活き活きとした説得力のあるストーリーを聞くとき、私たちはインフルエンサーによる採用が売り上げ増加につながった左上のマスのケースのみについて学んでいることになる。そのような偏った視点に陥らないよう、私たちは同様のインフルエンサー・マーケティングを実施して失敗した企業、挑戦せずに成功した企業、挑戦せずに失敗した企業についても、一歩立ち止まって考えるべきなのだ。

私たちにモノやサービスを売る相手は、人を説得して何かをさせる他の行為と同様、どの情報を提示し、提示しないかをコントロールしている。左上のマスにあるものについて延々と説明し、他のマスについては言及しようとしない。だからこそ私たちは、相手から提示されたものだけではなく、できるかぎり多くの証拠を集めたうえで決断しなければならない。

筆者の経験上、企業の意思決定は表面的なものである。だからこそ「何が欠けているか」を尋ね、それがなぜ重要なのかを説明することは、たとえ面倒だと思われたとしても、意味のある行為になる。

(ダニエル・シモンズ : 心理学者)
(クリストファー・チャブリス : 心理学者)