異様に眠れる人気ビジホ・スーパーホテルの実態
フロント横にカラフルに並ぶ、「選べる枕」の棚(写真:スーパーホテル提供)
男性はもちろん、昨今は女性や外国人観光客など、多くの人が利用しているビジネスホテル。各ホテルはそれぞれに、代名詞とも言えるサービスや設備を持っている。けれど昨今のホテル選びでは価格ばかりが注目され、提供側がこだわっているポイントにはスポットライトが当たっていないこともしばしばだ。
この連載、「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」では、各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、さらに、その奥にある経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていく。第3回は、スーパーホテルの眠りへのこだわりと、非常識な「3大革命」について前後編でお届けする。
8種類から「自分に合った枕」を選んで客室へ
出張族からの評価が高く、顧客の約7割はリピーター。「推し」とでも言うべきコアな顧客の獲得に成功しているホテルチェーンがスーパーホテルだ。今月開催される「ファンミーティング」には、「スーパーホテルの魅力を語りたい」と20名の枠に840名から応募があったという。
そんなファンを離さない要因の1つが、1996年の開業から続ける、「ぐっすり眠れる」滞在への取り組みだ。なかでも枕は8種類から選べるスタイルで、他ホテルとの大きな差別化につながっている。
枕を選ぶのはチェックイン後すぐ。客室に上がる前に、カウンター横やエレベーター横にある専用棚からセルフで取る。ホワイト、イエロー、グリーン……と8種類全て色が異なり、並ぶ様は実にカラフル。それぞれに高さ、硬さ、素材や形状が異なる。だが、枕の色分けは全国統一のため、リピーターには「自分に合った枕」がひと目でわかる。
「自分に合った枕」がわかりやすいよう、全チェーン統一の色分けがされている(写真:スーパーホテル提供)
また、あらかじめ使用する枕を顧客データに登録しておけば、チェックイン前に客室に入れておいてくれるサービスも。枕は8種類合計で宿泊人数分用意されているが、日によっては人気が偏り、好みの枕が使えないこともあるからだ。
経営品質本部 本部長の星山英子氏は、「登録については受付で自己申告もしていただけますが、スタッフがお客様との会話から、『毎回この枕を使われる』と気づいて行うこともあります。一度登録いただければ、全チェーンでその枕をご用意しておきます」とほほ笑む。
試行錯誤の結論は「人それぞれに好みが違う」
選べる枕はゲストからも好評だ。それを示すのが公式ECサイトの売れ行き。約5000〜9000円と比較的高額ながら、一番の売れすじ商品となっている。そんな8種のラインアップについて、ここで簡単に解説しよう。
まずは、いわゆる「そば殻枕」に近い、パイプ入りの硬め枕。次に、香りのいいヒノキチップ入りの低反発枕。そして、ポリエステルのふわふわ枕。首のカーブにフィットする山型タイプの低反発枕は、高め・普通・かなり低めと3段階の高さで用意されている。そのほか、低反発のやわらかめ枕と、もっちりふわふわな女性専用枕がある。
「女性専用枕は女性のお客様からのご要望を受けて、オーダーメイドの枕ショップ『じぶんまくら』さんと共同開発したものです。首にフィットする形状と、肩から首全体をふんわり包み込む感触が魅力です。私自身、包まれて幸せになれるので、“姫心地気分”と呼んでいます」(星山氏)
女性に人気の枕はこれに次いで、ポリエステル入りのふわふわ枕、低反発枕の低めタイプの順番。高めの枕は苦手な人が多く、また、「首の角度が鋭角になることで、シワができるのが気になる」という理由から、低めを選ぶ傾向があるそうだ。一方、男性に人気なのは、硬めのパイプ枕と、ヒノキチップ入り低反発。さらに、高めの低反発タイプだ。
大きめサイズで、肩から首がふんわり包み込まれる女性専用枕(写真:スーパーホテル提供)
スーパーホテルが選べる枕サービスをスタートしたのは2004年のこと。
理由について星山氏は、「『安全・清潔・ぐっすり眠れる』は当ホテルの創業時のコンセプトです。夜ゆっくり眠れないと、次の日の仕事や観光に差し支えます。さらに、ホテル滞在時間の7、8割は睡眠時間ですから、その満足度が高ければ、顧客満足度も高まるという狙いもありました。だったら、予算上広い客室や豪華な設備は造れなくても、寝具にはこだわろうと決めたのです」と語る。
その一環として、枕もさまざまな高さや硬さを試したが、最終的に、「枕は人それぞれに好みが違う」という結論に至ったそうだ。「私達が『これが最高』と思っても、人によっては合わないとクレームが上がってきました。それなら、自分に合った枕を選んでもらったらいいんじゃないかと」。
高さや硬さ、素材が少しずつ異なる8種類のラインアップ(写真:スーパーホテル提供)
枕だけじゃない! 快眠への徹底アプローチ
眠りへのこだわりは枕だけにとどまらない。2004年には、ゲストが「ぐっすり」眠ることができ、翌朝には「すっきり」万全の体調で1日をスタートできる眠りを目標に、「ぐっすり研究所」を社内に立ち上げた。大阪府立大学名誉教授 清水教永氏と共同で眠りの検証実験を行い、さまざまな角度から快眠へのアプローチにつなげている。
例えば、マットレスは有名寝具メーカーと共にオリジナル開発したものだ。耐圧が分散しやすく、寝返りが打ちやすいコイル式の高反発タイプ。こちらも購入希望者が多いため、ECサイトで販売している。
客室のマットレスは、耐圧が分散しやすく、寝返りが打ちやすいオリジナルだ(写真:スーパーホテル提供)
高いリラクゼーション効果に加え、お湯に溶け込んだ成分が、疲労回復や美肌などの効果をもたらしてくれる天然温泉もその一つ。また、フロントは明るく、廊下は若干暗く、客室はさらに暗く……と、段階的に照度を落とす設計も、科学に基づいた自然な入眠のための仕掛けだという。
さらには眠りやすい音楽まで、ピアニストに依頼して独自に制作。香りにおいても工夫している。リラックス効果を狙い、岐阜県産のヒノキのオリジナルアロマでロビーを満たしているのだ。しかもこのアロマ、なぜかコロナ禍明けから評判が急上昇中なのだとか。
「昨年10月に行われた第1回のファンミーティングでも、ホテルの好きなところとしてアロマを推してくださるお声が多くありました。『スーパーホテルに帰ってきた気がする』『自然の森に入ったようでぐっすり眠れる』などで、これは私達にも予想外でした。だから今社内はヒノキブームで(笑)。商品化も考えています」(星山氏)
岐阜県東白川村産のヒノキを使ったアロマディフューザー(写真:スーパーホテル提供)
これら眠りへのアプローチによる集客効果は、正確な数値としては出せない。だが、ファンからの「ぐっすり眠れるのはスーパーホテル」という声やクチコミから、日々実感しているという。
さらに、「睡眠への関心は、年々高まっていると感じています」と星山氏。国内の睡眠に対する意識調査では、半数以上が「悩みを抱えている」と回答した結果も出ているという。
月200万円! 驚きの「品質保証宣言」
ここまで眠りにこだわる理由は、スーパーホテルの成り立ちにも関係している。スーパーホテルは1890年、山重商店という繊維商社として、大阪・船場に誕生。そして1970年、関西を中心にシングルマンションの経営を開始した。このマンションのノウハウをホテルに転用できるのではと考え、1996年、第1号となる「スーパーホテル博多」を開業した。
当時は今のように「宿泊特化型」と呼ばれるホテル形態がなく、フルサービスのラグジュアリーホテルか旅館が主流。出張するビジネスパーソン向けの手軽なホテルはあまりなかった。そこで、彼らをターゲットに据えて、シングルマンション並みのくつろぎを起点に考えたとき、「安全・清潔・ぐっすり眠れる」がコンセプトとなったのだ。
奥湯河原の源泉の天然温泉が魅力の「Premier銀座」(写真:スーパーホテル提供)
このコンセプトを叶えるために導入した取り組みの1つに、「品質保証宣言」がある。
その内容は驚くべきもの。滞在中に「安全・清潔・ぐっすり眠れる」が実感できなければ、宿泊料金を全額返金するというのだ。入室してすぐなら、客室チェンジでの対応も可能だ。
「保証をはじめたのは2005年からで、今年で19年が経ちます。でも10年以上こんな取り組みを続けているのは弊社だけではないでしょうか。当時は毎月、グループ全体で200万円の返金がありました」と星山氏は苦笑いする。
社内からは「そこまでやらなくても」という声もあがったそうだが、会長である山本梁介氏の決断は揺るがなかった。返金理由は、「枕が合わない」「マットレスが硬い」「音が気になって眠れない」等々……。スーパーホテルはそれらの声にしっかりと耳を傾け、1つひとつ、改善していったという。
対応策を聞けば、枕とマットレスは前述の通りだが、音に関しては、建物のリフォームにまで踏み込んだそうだ。とはいえ、最初からマンションの躯体を参考に設計したため、隣室からの声は漏れていなかったのだとか。窓外や廊下からの声が漏れ聞こえていたという。
「そこで、窓はペアガラスにして二重に。廊下からの声は、ドアの四隅の隙間から入るため、ゴムパッキンをして隙間をなくしました。冷蔵庫のジーンという音が気になる方もいたので、静音タイプに変えました」
このような積み重ねの結果、客室の音は今、図書館並みのデシベル数値になっているそうだ。
ペアガラスによる二重窓で、外からの音を排除する(写真:スーパーホテル提供)
保証制度を利用した返金は今も月に10万円ほどある。しかし、その理由のほとんどは、予期できない設備故障などによるもの。「眠れなかった」という声はなく、反対に、「ぐっすり眠れた。スーパーホテルはさすがだね」という称賛を数多くもらうという。
「ファンミーティング」に840名の顧客を集める原動力
「この結果から考えれば、月200万円は、スーパーホテルにとって有効な投資でした」と言い切る星山氏。ゲストからの声を基に、本当の意味で「安全・清潔・ぐっすり眠れる」環境を実現するために必要だったのだ、と。とはいえ、当初は星山氏も懐疑的だったそうだ。だが、ゲストの指摘を受けどんどん改善していくさまに、圧倒された。
客室照明も、眠りに適した明るさに(写真:スーパーホテル提供)
この取り組みがやがて「ぐっすり研究所」の設立につながり、眠りを追求するさまざまなサービスの開発につながっていったのだ。コンセプトを掲げても、ここまで本気で実現しようとする企業は、そうはいないのではないか。ホテル業界内外にかかわらず。
たとえそれが非常識でも、大きな出費であっても、遂行する真摯な姿勢。それが、「ファンミーティング」に840名もの顧客を集める原動力になっているのだ。
後編では、さらに非常識な「3大革命」について紹介する。
(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)