パレスチナ自治区のヨルダン川西岸にあるヘブロンは、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教の聖地のひとつとして知られている土地です。このヘブロンではイスラエルによるパレスチナ人に対する厳しい監視と統制が行われており、これには最先端のテクノロジーの数々が使用されています。そんなヘブロンで実施されているパレスチナ人への監視の実態を、カタールメディアのアルジャジーラがまとめた動画が公開されました。

How Israel automated occupation in Hebron | The Listening Post - YouTube

パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にあるヘブロンは、さまざまな宗教の聖地のひとつとして知られる土地です。この土地ではパレスチナ人だけでなく、イスラエルからの入植者や不法行為を行うユダヤ人コミュニティなど、さまざまな人々が暮らしています。



ヘブロンの街中を歩くといたるところで出くわすのが、軍服姿のイスラエル兵。



検問所や監視カメラもあらゆるところに設置されています。





「スキャン中です、身元確認を行います」という軍人の声。



パレスチナ自治区ですがイスラエル国旗が掲げられています。



ヘブロンのユニークな点は、他のパレスチナの都市とは異なりイスラエルからの入植者が多くいることです。軍人と入植者たちが腕を組んで楽し気にユダヤ教の祝日を祝っています。



その一方で、ヘブロンのパレスチナ人は「世界で最も厳重に監視・統制されている」と指摘するのが、The Listening Postのタリク・ナフィ氏。



お祝いムードの現地民と銃火器を持ってその様子を監視する軍人。



日本人にとってはあまりに見慣れない風景です。



街中に設置された検問所を通過する小さな子ども。



ヨルダン川西岸にあるヘブロンは、イスラエル軍により1997年に東西に分割されました。西側が「H1」で東側が「H2」。H2はパレスチナ自治区ではあるものの、実質イスラエルの支配下にあります。



H2は「Sterile Areas(無菌エリア)」「Military Area(軍事エリア)」「Israeli Settlements(イスラエル入植エリア)」の3つに分類可能。ここには800人のイスラエルからの入植者と、4万人のパレスチナ人が暮らしており、800人の入植者を守るためにイスラエル軍により厳格な監視・統制が行われています。



ジャーナリストのソフィア・グッドフレンド氏によると、ヘブロンには監視カメラが大量に設置されており、これを使ってイスラエル軍の諜報機関は24時間365日、常にパレスチナ人を監視しているそうです。



街のどこへ行ってもイスラエル軍の監視の目があり、検問所で厳格に人の出入りも制限されています。



通りに設置された監視カメラ。カメラは家の屋上などにも設置されており、イスラエル兵が家の持ち主から許可を取らずに強制的にカメラを設置するケースもあるそうです。



検問所以外からの人の出入りを制限するための金網。



ヘブロンではイスラエル軍や入植者からの暴力にパレスチナ人がさらされ続けています。



過去5年間でイスラエル入植者からのパレスチナ人への攻撃は200%も増加しており、ヘブロンではほぼ毎日攻撃が繰り広げられているとのこと。



イスラエル軍とパレスチナ人の衝突も続いており、一晩で数百台の車両がスクラップになったこともあります。



活動家のIzzat Karaki氏によると、ヘブロンにはイスラエル軍の検問所が22カ所もあるそうです。



街中のイスラエル兵は市民の顔を覚えているにもかかわらず、1日に10回以上身分証明書の提示を求めてくる模様。そのため、イスラエル兵がパレスチナ人の1日を潰したいと思えば簡単に潰せてしまうそうです。



現地住民であるUm Tamerさんは、イスラエルからの監視・統制について「イスラエルからのプレッシャーのせいで、私たちはここで生活している実感がありません。お客さんは私たちの家に来たがらないし、イード・アル=アドハーの期間も誰も私たちの家に訪れることはありません。家族ですら私の家を訪問することを恐れています。ある方向からは(イスラエルからの)入植者たちが、別の方向からはカメラが、あらゆる方向から私たちにプレッシャーをかけているのがわかります。テル・ルメイダのどこに行っても私たちは監視されていると感じます。どこにいても常に監視されており、これでは生きていけません」と語っています。



世界最大の国際人権NGOであるアムネスティ・インターナショナルの研究者兼顧問であるマット・マフムーディ氏は、イスラエル軍が街中に設置している監視カメラからなる監視システムにより、ヘブロンは「デジタル管理されたサイバー刑務所のようになってしまった」と語っています。



また、最近は自律型兵器のスマートシューターも検問所に設置されるようになりつつあるそうです。



イスラエル軍は街中に設置した監視カメラと機械学習システムを使うことで住民のデータベースを自動作成しています。もちろんこの監視データベースに登録されているのはパレスチナ人のみで、イスラエルからの入植者は含まれていない模様。監視システムはヘブロンのいたるところに設置されており、役割の異なる3つのシステムが存在します。



ヘブロンにある22カ所の検問所に設置されているのが「レッド・ウルフ」と呼ばれるシステム。



これは検問所を訪れたパレスチナ人の身元を照会するための生体認証システム。検問所に入ったパレスチナ人は以下のようにカメラの前に立ちます。





すると、イスラエル軍はデータベースから身元を照会することが可能。身分証明書や簡単な略歴もデータベースには登録されているそうです。



もうひとつの監視システムは、顔認証システムの「ブルー・ウルフ」です。



これはイスラエル兵が保持するスマートフォンにインストールされたアプリで、街中でパレスチナ人の顔写真を撮影し、監視データベースに登録するために使用されています。



そして3つ目が「ホワイト・ウルフ」で、これはイスラエルからの入植者がパレスチナ人の労働許可証を確認するためのアプリです。



この3つのシステムを総合したパレスチナ人監視システムの総称が「ウルフ・パック」で、これはヘブロンに住むすべてのパレスチナ人をプロファイルすることを目的とした監視データベースになっています。なお、ウルフ・パックにはパレスチナ人の氏名・住所・家族構成・自動車のナンバープレート情報・指名手配犯か否かなどの情報が登録されているそうです。



ブルー・ウルフの使用方法をイスラエル兵に教えるためのトレーニング動画も流出しています。



イスラエルの退役軍人の証言によると、ブルー・ウルフを使ってパレスチナ人を登録することを奨励するため、イスラエル軍では兵士に奨励金が支払われている模様。ゲーミフィケーションによりイスラエル兵がパレスチナ人の監視を積極的に行うよう設計されていることを、ナフィ氏は懸念しています。





パレスチナ人監視の歴史はイギリスにより植民地とされていた100年以上前にさかのぼります。イギリスが最初にヘブロンを占領したのは1917年のことで、当時作成されたパレスチナ占領のためのハンドブックには現在のパレスチナ人監視の基礎となる要素が複数含まれているとのこと。



その後、技術やテクノロジーの進化に伴い、パレスチナ人の監視は基本的な情報収集から、スパイウェア・電子メール・テキストメッセージの傍受、包括的なデータベースの構築などより高度なデジタル監視へと進化してきました。



また、パレスチナ人はイスラエル軍からの監視だけでなく、イスラエルからの入植者による監視の目にもさらされています。イスラエル入植者は自宅に設置した防犯カメラやドローンなどを用いてパレスチナ人を監視している模様。



他にも、One Israel Fundという組織がヨルダン川西岸の主要交差点にドローンやカメラを設置し、入植者が使用する監視技術への資金提供に貢献しているそうです。ドローンはパレスチナ人の暮らす村などを遠隔から監視するためなどに使用されている模様。赤外線カメラでの撮影にも対応しており、暗所での撮影も可能です。



なお、イスラエル軍はこれらのパレスチナ人に対する監視について「テロとの戦いやパレスチナ住民の生活の質を向上させる努力の一環として、イスラエル国防軍は日常的な治安維持活動を行っています。当然ながら、この文脈におけるイスラエル国防軍の作戦能力についてコメントすることはできません」と説明しています。



イスラエル軍は監視システムをテロ対策と治安維持のために必要なものと主張していますが、この監視はプライバシー・人権・政治環境における深刻な倫理的問題を引き起こしていると動画は指摘。



加えて、紛争地帯で高度な監視技術を使用することが、特定の民族や人種グループを標的としたアパルトヘイトや人権侵害につながるとも指摘しています。