M-1の始まりは「低迷事業をなんとかしろ」だった
経営共創基盤の塩野誠氏は、漫才ファン、ビジネスパーソンに『M-1はじめました。』を薦める(写真は「M-1グランプリ」の原点となった「漫才プロジェクト」のクリアファイルとチラシ。編集部撮影)
12月24日に開催される漫才コンテスト「M-1グランプリ」の決勝戦に向けて世間の期待と漫才熱が高まる中、2001年にM-1を立ち上げた元吉本興業の谷良一氏がM-1誕生の裏側を初めて書き下ろした著書『M-1はじめました。』が刊行された。
経営共創基盤の塩野誠氏が本書を一気読みし、感想を寄せた。塩野氏が「『低迷するこの事業をなんとかしろ』と言われたことのある勤め人に深く刺さるに違いない」と断言する本書の魅力とは。
たったひとりで漫才を立て直す物語
優勝して一夜明ければ、人生が変わる。出演オファーの電話は鳴りやまず、一気に人気者に、収入は10倍にも100倍にもなる。
今では誰もが知っている、漫才コンテスト「M-1グランプリ」。漫才ファンでなくとも「M-1」を毎年楽しみにしている人は多いことだろう。
このM-1誕生の舞台裏を吉本興業のM-1創設者が書くという物凄い本が出た。
今では信じられないかもしれないが、M-1以前の漫才はもう「終わった」ものとして、低迷していたのだ。
著者は未来のない漫才プロジェクトを立て直すという任務を、本書に何度も登場する吉本興業の木村常務から任せられる。このプロジェクトは誰がやるのか、著者は常務に「お前ひとりや」と言い放たれた。
本書には西川のりお、島田紳助、松本人志というビッグネームから、チュートリアル、ハリガネロック、キングコング、フットボールアワー、麒麟などなど、今では有名人となった芸人たちが次から次へと登場する。若手時代の芸人の生の姿を知れるのもファンには魅力的だ。
しかしながら、本書の魅力は誰もがオワコンだと思っていた漫才を立て直すという使命を帯びた著者のリアルな姿だ。
著者は多くの芸人に会い、番組枠をもらうためにテレビ局をまわり、賞金のためにスポンサーを探して、人に何度も何度も頭を下げ、バカにされながらも前進していく。
「低迷するこの事業をなんとかしろ」と言われたことのある勤め人にはこの1年の冒険物語が深く刺さるに違いない。
「邪魔する者」も「助ける者」も赤裸々に
プロジェクトが成功すると「あれは自分がつくった」と言う人間が湧いてくるが、著者はそんな人間たちにも容赦せず、真実を赤裸々に語る。M-1というプロジェクトを邪魔する者も、助ける者もそのままに描かれる。そんな話が面白くないわけがない。
本書は著者の1人称で主観的に語られる物語である。著者が終わったと思っていた漫才が予想に反して面白かったことや、テレビで使ってもらえなくなった芸人の中川家の漫才に心を動かされたりと、著者の飾らない心情の吐露が面白い。
著者は漫才師が漫才のことをどう考えているのか知りたいと、漫才師たちと面談をしていく。漫才師は、本当は漫才だけやって食べていきたい、でもできない、若手もベテランも漫才に対する情熱は今でもある。そんな空気を感じていく。
この漫才復活プロジェクトはベンチャーよりベンチャー感にあふれ、事業再生や事業開発のドキュメンタリーとしても読める。
M-1がどんなアイデアから生まれたのか、プロもアマチュアも出られるのはなぜなのか、優勝賞金1000万円と言ったのは誰なのか、そんなことも明らかになる。
ガチンコで漫才の戦いをやりたいのに、やらせを提案されもする。そして企画をつくってもスポンサーがいないとはじまらない。
今のM-1の盛り上がりからは想像できないが、どの企業も興味を示さず、邪魔はされるし、大変な苦労が待っていた。
しかしながら捨てる神あれば拾う神あり、某社の社長が一肌脱いでくれることになった、ここも最後にオチがあるのだが。
そして参加者を集めようと、M-1に漫才師を出してほしいと松竹芸能に頼んでも、「結局は吉本の漫才師が優勝するんでしょう」と不審がられる。
ついにM-1がはじまると、それはまさに漫才師たちの格闘技だった。
才能ない漫才師がやめるきっかけに
島田紳助は「才能がないのに漫才を続けているやつがいます。M-1はそんなやつらがやめるきっかけになると思います」と挨拶をした。そこには漫才に対する深い愛と大会の厳しさがあった。
「今夜の1番の人にだけ現金1000万円が贈られます」という緊張に支配されたヒリヒリする戦いが描かれ、M-1の初代審査員たちがどのように決まったかも書かれる。
審査員たちが出す点数、漫才師たちの表情、現場の熱さが伝わってくる著者の語りは読み応えがある。島田紳助と松本人志のやり取りを本書で確かめてほしい。
忘れ去られていた漫才を復活させる。たったひとりからはじまったプロジェクトのラストはどうなるのか。
誰もが知る漫才コンテスト「M-1グランプリ」の誕生秘話。「仲の悪い漫才師は面白くない」という持論を持つ著者の痛快な逆転劇。漫才ファンも、悩めるビジネスパーソンも一気読み確実な当事者本が出たことを喜びたい。
(塩野 誠 : 経営共創基盤(IGPI)共同経営者/マネージングディレクター JBIC IG Partners 代表取締役 CIO)