ベースボールアカデミーの様子(写真:西武ライオンズ)

「コロナ明け」となり、プロ野球界は「声出し」が全面的に認められるなど、活況が戻ってきた。春先のWBCの盛り上がりもあって、プロ野球の観客動員も史上最多だった2019年に迫る勢いだった。

しかしながら日本高等学校野球連盟が発表した高校野球の部員数が13万人を割り込むなど、若者の「野球離れ」は進行している。プロ野球ビジネスは予断を許さない状況にある。

野球とダンスで子供を集める

通常、プロ野球ビジネスといえば、ファンクラブを中心としたマーケティングと思われがちだが、多くの球団はこうした戦略にとどまらず、広範なターゲットに対して幅広いアプローチを行っている。


「L-FRIENDSグループ」の松本有マネージャー

埼玉西武ライオンズも、地元埼玉県で地域に根差した事業を広範に展開している。この事業を統括する「L-FRIENDSグループ」の松本有マネージャーは語る。

「『L-FRIENDS』はライオンズが地域で行う社会貢献活動の総称です。野球振興、こども支援、地域活性、環境支援という4つの柱を立てて、活動しています。

一方でアカデミー部門も担当していまして、ベースボールとダンスという2つのカテゴリーでお子さまを集めています。いずれも今すぐにライオンズファンを増やすことにつながるわけではありませんが、広い意味でファンになっていただくことにつながる事業ですね」

L-FRIENDS事業では、埼玉県内63の自治体のうち57と「フレンドリーシティ協定」を結んで、各自治体で野球教室を行ったり、小学校低学年を中心とした「親子キャッチボール」を実施するなど「4つの柱」に基づくすそ野拡大の取り組みを行っている。

「地域のイベントは各自治体で募集や申込みを取りまとめていただいています。まずは各地域でライオンズの認知度を高めるとともに、住民の方々に野球に興味を持っていただく取り組みを中心に行っています。現地にわれわれが赴いてイベントをするだけでなくベルーナドームの公式戦で『フレンドリーシティ感謝デー』も開くなど、PRの場としてドームをご活用いただいています」

地域貢献を通したファン育成でプロ野球は「後進」

埼玉は「サッカー県」という印象が強い。浦和レッズという全国屈指の人気クラブがあるうえに、大宮アルディージャも根強い人気がある。またバスケットのBリーグにもさいたまブロンコス、越谷アルファーズがある。

もちろん埼玉西武ライオンズもNPB最強チームだった時期があるが、こうした強力なライバルがいる中で、地盤を固めていくのは、大変ではないかと思うが?

「私が担っている地域貢献を通したファン育成の分野では、プロ野球は『後進』だと思っています。Jリーグの、Bリーグの皆さんに学びながらやらせていただいているという認識です」

松本マネージャーは近年、地域の子供たちの動向がクリアに見えてきたという。

「いろいろ事業をしていますが、自分たちがやっていることの効果が今一つ見えないことが課題でした。そこでスタッフを揃えて、アンケートの集計や分析をしたところ、子どもたちがスポーツを始める時期がだんだん早くなっていることがわかりました。

小学1年生でスポーツを始めている子供が多くなっています。他のスポーツでも低年齢の子供にアプローチしており、より早い時期からの『青田買い』みたいになっていると感じています。

早い時期から子供が特定のスポーツスクールなどに通い始めると、専門色が強くなりすぎて、他の子供が途中から入会するのが難しくなってくるという問題がありますね。

一方で、野球では中学から始める子供も2割くらいいる。そういう二極化が進んでいるということがわかりました。それを考慮したうえで、事業を進めていく必要があります」

まずは野球競技者の増加に貢献する

昨年、西武ライオンズは埼玉県内の大学、高校、社会人、独立リーグ球団などとともに「埼玉県野球協議会」を設立した。野球競技者人口の減少に歯止めをかけるべく、埼玉県を拠点とする団体が互いに協力し合い、野球人口の増加に貢献するという協議会の目的は、L-FRIENDSの取り組みと合致している。

地域と連携しつつ、野球競技者の増加に貢献することによって将来のライオンズファンを増やす取り組みを推進しているのだ。

「L-FRIENDS」とならぶもう1つの事業であるアカデミー事業には、2つの目的があるという。

「1つはL-FRIENDSの活動の原資を作るという意味合いです。もちろんアカデミーの収益だけで回っているわけではありませんが、一般的にCSR(企業の社会貢献)事業というのは、会社の業績が悪化するとカットされることがあると聞きます。それを防ぐ意味でも部門内で極力採算をとるようにしています。

そしてもう1つはファンの醸成ですね。野球を通じて、ライオンズファンを作っていきたい。ベースボールアカデミーは、所沢のほか、埼玉県内5カ所でレッスンをしています。小学1年から中学3年まで学年で分かれていて、小学校は軟式、中学は軟式・硬式の両方です。小学校4年以上にアドバンスという、もっとうまくなりたいお子さま用のコースを設けています。

他球団のアカデミーの多くは、どこか他のチームに所属していて、よりうまくなりたいからアカデミーに入る子が多いんです。いわば『野球塾』ですが、当社のアカデミーはそうではなくて、ベースボールアカデミーだけで野球をしているお子さまが2〜3割いるのが特徴です。

アカデミーは2011年から始めていますが、野球経験がまったくないお子さまが入って、ずっとアカデミーだけで野球をする、野球がうまい子供を作ると言うより、野球を好きな子供を作るという考え方なんですね」

初歩の初歩から丁寧に根気よく教える

ベルーナドームの室内練習場では、アカデミーに通う小学生が、元プロ選手の指導で打撃や守備の練習に打ち込んでいた。

筆者は元プロ野球選手のアカデミーコーチが、埼玉県内や群馬県内で、小学生を対象とした野球教室をするのをたびたび取材しているが、小さな子供たちにボールを投げたり受けたりする初歩の初歩から丁寧に根気よく教えている。

単に野球を教えるのではなく、「野球好きを醸成する」というライオンズの基本姿勢がにじみ出ている。

さらに、昨年10月から始めたダンスアカデミーが人気となっている。

「ベースボールアカデミーは女の子の入会も可能ですが、せいぜい数人で、なかなか『女性のファンづくりにたどり着けていない』という感触を持っていました。ライオンズではブルーレジェンズが試合でダンスパフォーマンスをしているので、彼女たちが講師として女の子を中心にダンスを教えられないかと考えました。今は所沢と東大宮で、ダンスの動きの基本から教えています。対象は野球より広くて3歳から中学3年生までが通っています。

コンセプトとしては『将来のブルーレジェンズを育てよう』ということになります。ダンスを学ぶ女の子たちの憧れの対象になればいいな、と。今は100人ほどがレッスンを受けています。ダンス自体が小学校で教えるようになったり、習い事でも上位に入ったりしているので、事業としても有望だと思います。彼女たちは野球を始めるわけではありませんが、ライオンズに興味を持ってもらうという意味では、ベースボールアカデミーと同じです」

地域密着で長期的にファンを作っていく

たまたま取材をした7月16日は、ダンスアカデミーの発表イベントがあった。3歳から中学生までのアカデミー生が、特設ステージでダンスを披露した。また、試合前中のダンスタイムにも、ブルーレジェンズのお姉さんと共に精いっぱいのパフォーマンスをしていた。


ダンスアカデミーの発表イベントの様子(写真:西武ライオンズ)

プロ野球の球団と言えば、チケットを売って球場にお客を集め、食品やグッズを販売するビジネスを展開する「興行会社」というイメージが強い。

事実、その事業に専念している球団もあるが、一方で、西武ライオンズのように、地域に密着したCSR事業を通じて、すそ野を拡げ、長期的にファンを作っていこうとする球団もあるのだ。

プロ野球の球団も「地域に根差す一企業」であり、地域との関係性を抜きに存在できないということなのだろう。

「こうした事業を行う背景には、やはり野球のファンの脆弱化が進んでいるという認識があります。少子化もありますが、サッカーなどいろんなスポーツ分野の『ライバル』が増えてくる中で『野球を選んでいただけなくなってきている』という認識があります。少子化はわれわれでは何ともしがたいですが、それでもファンのすそ野を広げていく努力をすべきだ、という認識で、地道に事業を推進していきます」

(広尾 晃 : ライター)