道交法違反で初の「重要指名手配」、別府の「死亡ひき逃げ事件」被疑者に逃げ場はあるのか? 全国の警察官が「手配書」を手に
大分県別府市で大学生2人が死傷した「ひき逃げ事件」で、現場から逃走したとして、道路交通法違反の罪で指名手配されている男性について、警察庁は9月8日付で「重要指名手配」に指定した。
さらに、「捜査特別報奨金」の対象事件にもなり、有力な情報の提供者に最高で300万円が支払われる。
重要指名手配されたのは、八田與一容疑者(当時25歳)。2022年6月、別府市の交差点で停止中のバイク2台に軽乗用車で追突し、大学生1人を死亡させて現場から逃走した疑いがある。
遺族らは9月21日、インターネットで集めた5万筆以上の署名とともに、殺人などの罪への罪名変更をもとめて県警に告訴状を提出した。
道交法違反の「重要指名手配」指定は全国で初めて。どのような制度で、どのような意味を持つものだろうか。元警視庁刑事で刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
●重要指名手配とは
--「重要指名手配」とはどのようなものでしょうか
まずは「指名手配」から順を追って説明します。指名手配とは、逮捕状の出た被疑者が所在不明で、まだ逮捕できていない場合に、事件捜査を担当する警察署から全国の警察に、検挙に必要な事項(事件内容や顔写真、身体的特徴など)を手配することです。
実は「指名手配」は刑事訴訟法などの法律で定められているわけではなく、国家公安委員会が定めた行政規則「犯罪捜査規範」に規定されています(同規範31条)。
この規範は、指名手配できる罪名を限定していないので、理屈上は、逮捕状が出ている被疑者であれば、万引きなどの窃盗罪であろうと、ケンカによる傷害罪であろうと指名手配できます。
私も警視庁に出向していたときに傷害罪の被疑者を指名手配した経験があります。
そのように都道府県警察が指名手配した被疑者のうち、治安に重大な影響を及ぼしたり、社会的に著しく危険性の強い、凶悪または重要な犯罪の被疑者であれば、警察庁が「警察庁指定特別手配被疑者」に指定します。過去にオウム真理教の信者らが地下鉄サリン事件などで特別手配されていました。
続いて、凶悪犯罪または広域犯罪の指名手配被疑者のうち、全国の警察を挙げて捜査する必要性の高い者について、警察庁が指名手配被疑者捜査強化月間(主に11月)のタイミングにあわせて「警察庁指定重要指名手配被疑者」として指定します。
今回の事件で「重要指名手配」とされているものです。2012年9月に六本木のクラブで男性が殴り殺された事件の主犯格など、現時点で14人が指定されています。
罪名別に多いのは殺人、強盗殺人、強盗傷害です。
●道交法違反での指定は初めて
――男性にどのような捜査がされますか
指名手配された被疑者には「公開捜査」がおこなわれます。氏名や写真をテレビ、ポスター、チラシ、ウェブサイトで公表して、積極的に国民からの情報提供を求めるものです。
また、警察庁が携帯用の特別手配書を作り、全国の都道府県警察本部に配布します。各都道府県警察本部は、すべての警察官に携帯させるので、結果として、日本全国の警察官に配布されることになります。
さらに、指名手配をかけている都道府県警察には、専従捜査班が設置されて、引き続き追跡捜査がおこなわれます。
また、全国の都道府県警察の本部(最近発足したサイバー特別捜査隊も含む)と各警察署に指名手配被疑者について取扱責任者が置かれて、指名手配に関わる捜査の事務処理や措置の記録を担当します。
このように指名手配をかけている都道府県以外の全国の都道府県警察本部にも取扱責任者が置かれるとともに日本全国の警察官に携帯用の特別手配書が配布されます。
全国の警察は指名手配に基づき、旅館やホテル、ネットカフェなどを一斉捜査したり、繁華街で見当たり捜査(手配写真をもとに雑踏の中から被疑者を発見する捜査手法)をおこないます。
重要指名手配は殺人や強盗殺人、強盗傷害などの重大犯罪が多く、道交法違反での指定は今までありませんでした。
しかし、今回のケースは、事件直前の経緯などから、単なる交通事故でなく、故意による殺人事件の可能性が強く疑われて、1年以上も逃走していることから、重要指名手配したことは妥当な措置と評価できます。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/