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 夏から秋は桃やブドウ、柿などさまざまなフルーツが旬を迎える実りの季節。古くから果樹を盛んに栽培し、世界農業遺産にも認定された山梨・峡東エリアを料理家の真藤舞衣子さんが日帰りで旅します。

 世界遺産という言葉を知ってはいても、「世界農業遺産」をご存じの方はまだ少ないのでは。「世界農業遺産」とは、国際連合食糧農業機関が2002年にスタートさせたプロジェクトで、次世代に受け継がれるべき重要な伝統的農業や生物多様性、伝統知識、農村文化、景観などを農林水産業システムとして認定し、その保全と持続的な活用を図るもの、だそうです。

 遺産という言葉には過去の遺物という印象が残りますが、「世界農業遺産」はさまざまな環境の変化に適応しながらも進化を続ける“動的な保全”、つまり今を生きる遺産です。これまでペルー、チリ、中国、フィリピン、アルジェリア、タンザニアなどが認定され、それぞれで地域固有の取組が行われてきました。日本でも2011年に先進国として初めて佐渡と能登が認定されたことを皮切りに、2022年には山梨県で山梨市、笛吹市、甲州市の3市からなる峡東エリアが「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」として認定されています。

真藤舞衣子さん(左)とWine Growerの安蔵正子さん(右)。山梨市万力地区のワイナリー「Cave an」にて

「大好きな峡東が世界に認められて、とってもうれしいです」と語るのはマイマイという愛称で親しまれる真藤舞衣子さん。主に発酵にフォーカスしたレシピが女性誌などでも人気を博し、多くの著作をもつ料理家ですが、実は以前この峡東エリアに暮らし、カフェを経営していたこともあるそうです。

「山梨はワインのGI(地理的表示)を取得しているワイン県として有名ですよね。でも、この峡東はブドウだけではなく桃や柿、スモモなど美味しいフルーツの産地としても有名。ぜひ出掛けてみませんか?」となんともうれしいお誘いをいただいた某日、マイマイと山梨・峡東地区を訪れたデイトリップの模様をレポートします。

カニみたいに黙って食べちゃうくらい美味しいシャインマスカット!
『武井フルーツ農園』(笛吹市)

『武井フルーツ農園』を訪れた真藤舞衣子さん

 まずは、マイマイがもっとも愛してやまないシャインマスカットの生産者である『武井フルーツ農園』へ。

「シャインマスカットって大粒で美しいですね。なかでも武井さんのお作りになるシャインマスカットはさわやかな甘みと果実のハリが素晴らしいんです。皮も薄くて、えぐみもない。これを味わってしまったら、もう他のはいただけないというくらい、愛しています」

 大きなガラス鉢に盛られたシャインマスカットとピオーネを一粒、また一粒と口に運ぶマイマイ。「本当に美味しいからカニみたいに黙って食べちゃうんですよね(笑)」

中村正樹さん(左)は、峡東の歴史、風土にくわしい

「シャインマスカットは日本で品種改良され、2006年に品種登録された比較的新しいブドウなんです。贈答品としても人気で、峡東で盛んに栽培されているんですよ」とカットインしてきたのは中村正樹さん。甲州市役所で農政を長く担当し、現在は峡東地域世界農業遺産推進協議会のアドバイザーとして活動しています。峡東の歴史や風土にも明るく、峡東の世界農業遺産認定に深く関わったことから、今回のデイトリップにもご意見番として同行してくれることになりました。

『武井フルーツ農園』代表の武井浄さんは山梨県でもいち早くシャインマスカットの栽培を始めた

 黙々とブドウを食べ続けるふたりに、「うちのシャインマスカットは特別甘いでしょう。これは化学肥料を使わずに山梨県馬事振興センターの馬糞堆肥と、契約農家から取り寄せる米ぬかを土にまくことで、一粒一粒に栄養がギュッと凝縮されているからなんだよね」と声をかけてくれたのは武井浄さん。「人と同じことをするのは嫌だから」とユニークな栽培方法を考案し、通常は農閑期となる冬にもたゆまず土壌づくりに励む真摯な生産者です。

甲州式ブドウ棚と言われる峡東地域の棚栽培。ブドウひと房ごとに袋がけされ、丁寧に栽培されている

 この日は露地栽培のシャインマスカットの出荷までもうあと数日……というタイミング。「やっぱり露地栽培のものが最高に美味しいんですよね。そっちも食べたかったぁ」なんて悔しがっていたマイマイですが、大丈夫。「武井フルーツ農園」のシャインマスカットは東京・青山の「ファーマーズ・マーケット」ほか自社ECサイトでも買えるそうですよ。

日当たりが良く水はけのよい扇状地がブドウ栽培の決め手!
『Cave an』(山梨市)

「峡東の地形がわかりやすいところへ行ってみましょうか」と中村さんが連れていってくれたのは、万力山の裾野に広がるなだらかな傾斜をもつブドウ畑。ワイン用ブドウを栽培、ワインを醸造している『Cave an』でした。

「わ、こちらは丸藤葡萄酒(甲州市)にいらした安蔵正子さんのワイナリーですよね。ワイン好きの間で今とっても注目されているんですよ」とマイマイ。料理家としてのアンテナは日本ワインにも感度高く張りめぐらされているようです。

ワイン用ブドウが垣根栽培されている『Cave an(カーヴ・アン)』の圃場

「峡東は笛吹川を筆頭に、金川、御手洗川など大小多くの川に沿って、山裾から肥沃な土砂が堆積した扇状地がいくつもあるんです。この扇状地は傾斜や起伏が大きく、水田には向かないんですが、水はけがよくて果樹栽培には最適だというわけですね」と中村さんが語れば、「山梨はブドウの栽培面積、生産量ともに日本一ですからね。日本固有の品種である甲州をはじめ、いろいろ品種があって楽しいですよね」と受けるマイマイ。息もぴったり合ってきた模様です。

「Cave an」Wine Growerの安蔵正子さん(左)

 と、そこに『Cave an』の安蔵(あんぞう)正子さんが登場。南に大きく開けた傾斜を活用している圃場で、収穫前のブドウ畑を見せてくれました。

「ここ山梨市万力の畑は、南向き斜面で、水はけ・日当たりが良く果樹栽培に向いています。だからと言ってカベルネやメルローなどの品種がこの土地に合っているかと言うとなかなか難しい。“適地適作”という言葉があるように、この土地にはこの土地に向いている品種があるんですよね。今はプティ・マンサンという白品種とタナという赤品種にとても可能性を感じています。」(安蔵さん)

 傾斜のある圃場は太陽光を豊富に得られるため有利ですが、作業はなかなかハードそうだな……と見ていたら、「昔、峡東地域には『八幡の嫁泣かせ』という言葉があったんですよ」と中村さんが教えてくれました。そのココロは、東南に大きく開けて朝日が早く当たることからほかの地域の嫁さんより早起きをしなければならない、ということだそう。ジェンダーフリーの現代ではちょっと疑問を呈したくなる言葉ですが、それだけ気象条件に恵まれた土地だということなのでしょう。

『Cave an』のワインは「勝鬨酒販」や「横浜君嶋屋」などの酒販店で手に入る

 2020年末に山梨市はワイン特区として認可され、その制度を活用して免許を取得した「Cave an」で、現在栽培しているのはプティ・マンサン、アルバリーニョ、甲州、タナ、プティ・ヴェルドなど。今リリースされている白と醸しワインは、食中酒として楽しめるようフレッシュな酸が際立って印象的なワインでした。さあ、今夜のディナーのお供はどれにしましょう?

1週間単位で旬が変わる桃は出会いもの!
中村千勝さん(笛吹市)

 さて、峡東の果樹栽培はブドウだけではありません。いま旬を迎えている桃もやはり山梨県の生産量が日本一。ということでマイマイは「JAふえふき」で理事を務める中村千勝さんの農園を訪れました。ここ一宮地区は桃の一大産地でもあり、まもなく収穫を迎える桃畑はふんわり甘い香りが漂っています。

桃とシャインマスカットを栽培する中村千勝さん(左)

「ひと言に桃と言ってもいろんな種類があることをご存じでしたか?」と中村さん。峡東で栽培されている桃の品種や系統は86種以上あるのだそうです。

「それぞれが時期をずらして旬を迎えるので、桃栽培はきめの細かい作業が必要。短いものだと1週間程度しか出回らない桃もあるから、出会えたらラッキーですね」

 マイマイは「春になると濃ピンクの花を咲かせる桃畑は幻想的で、まさに桃源郷。春になったらまた伺いたいですね」と再訪を約束していました。

「一宮水密」など、この地で品種改良された桃もあるが、写真は「幸茜(さちあかね)」という品種

国宝「仏殿」をお詣りして厳かな気分に
『海涌山 清白寺』(山梨市)

重要文化財に指定されている「清白寺」の庫裏

「ちょっと寄り道してもいいですか」とマイマイが立ち寄ったのは「清白寺」。足利尊氏が夢窓疎石(国師)を開山とし、正慶2年(1333)に創立したと伝えられる臨済宗の寺院です。

 実は友人の実家でもあるというこのお寺を、マイマイは毎年大晦日に訪れているだとか。「除夜の鐘をついて、あとはゆっくりご馳走をいただいて。第二の実家のようにゆっくり過ごさせていただいています。梅も毎年たくさん送っていただき、梅干しを漬けているんですよ」

山梨県に2つしかない建造物の国宝のひとつである仏殿。唐様(禅宗様)建築の代表的遺構として知られ、内部にはあざやかな彩色と漆塗が施されている

 この日は副住職の本間裕教さんの案内により、特別に国宝に指定されている仏殿を拝見しました。応永22(1415)年に建立されたという仏殿で悠久の時の流れを感じるひと時……。梅の古木に囲まれている境内の空気もすがすがしく、夏の暑さを忘れることができました。

●DATA

清白寺

住:山梨県山梨市三ケ所620

峡東の美食とワインに舌鼓
『ビストロ・ミル・プランタン』(甲州市)

勝沼のブドウ畑を高台から望む『ビストロ・ミル・プランタン』。ここから多くのワイナリーを徒歩でめぐれるという

「そろそろお腹がすいてきませんか?」とマイマイ。たしかに朝からフルーツ農園をめぐり、途中で軽いランチをはさんだものの、太陽は早や西に傾き始めました。そろそろ早めのディナーの時間ですね。

東京・銀座の老舗フレンチ「レカン」のソムリエを経て故郷にビストロをオープンした五味丈美さん(右)

 マイマイのおすすめで訪れたのは『ビストロ・ミル・プランタン』。東京・銀座の老舗フレンチ『レカン』でシェフソムリエを務めていた五味丈美さんが山梨のワインに魅せられて、勝沼町にオープンしたフレンチビストロです。

山梨県産富士桜ポークのローストに桃のソース。ワインは勝沼にワイナリーがある「シャトレーゼ」のシャルドネ。ランチョンマットとして敷いているのは五味さんがオリジナルで制作したワイナリーマップ

「ほぼすべての食材を県産でまかない、甲州ワインは常時200種超揃えています」と五味さん。ワインにはテロワール(風土)が重要だと言いますが、まさに峡東のテロワールを五感で感じることのできるひと時でした。

●SHOP INFO

店名:ビストロ・ミル・プランタン

住:山梨県甲州市勝沼町下岩崎2097-1
TEL:0553-39-8245
営:11:30~14:30(L.O.)、17:30~21:00(L.O.)
休:水曜

 さて、美味しいディナーをいただいたら、あとは帰京するだけ。今回のデイトリップはこれだけ充実した行程をこなしながら、東京へ戻ったらまだ午後9時でした。近くて、深い山梨・峡東地区の魅力にしばらくハマりそうです。

真藤舞衣子/料理家

東京生まれ。会社勤めを経て、京都の禅寺、大徳寺内の塔頭にて1年間生活。その後、フランスのリッツ・エスコフィエに留学し、ディプロマを取得。帰国して菓子店勤務後、カフェ&サロン「my‐an」(東京都赤坂)をオープン後、料理家に。現在は書籍、雑誌を通じたレシピ開発や料理教室を通じて、環境を考えた食べ方、暮らし方、食育を提案。みそ、しょうゆ、塩麹等の発酵食品にも精通し、発酵食品の手作り、生活への取り入れ方を作りやすいレシピを通じて紹介している。

(文◎秋山 都 撮影◎吉澤健太)

●DATA

山梨県の農産物直売所では、峡東地域のブドウ、モモをはじめとする新鮮な山梨県産農産物を販売しています。

農産物直売所 JAフルーツ山梨 フルーツ直売所 八幡店
JAふえふき 富士見支所 農産物直売所
JAフルーツ山梨フルーツ直売所勝沼店 ほか
直売所の詳細についてはこちら(山梨県の農産物直売所ガイドマップ) https://www.pref.yamanashi.jp/nou-han/chokubai/guidemap.html

山梨県の農畜水産物のPRサイト「おいしい未来へ やまなし」トップページはこちら https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/index.html