2023年のF1前半戦最大のサプライズは、アストンマーティンの大躍進だろう。昨年限りで引退したセバスチャン・ベッテルに代わり、新たに加入したフェルナンド・アロンソが開幕から連続で表彰台に上がり、時にはレッドブルに迫る場面もあった。その後、勢いにややかげりは見えてきたが、アロンソは安定して入賞し続けている。

 アストンマーティンの強みはタイヤに優しいこと。F1タイヤはまさに"生もの"で、気温や湿度、摩耗や路面などの状況で刻々と性能は変化していく。タイヤをうまく使えなければ上位入賞はできない。

 アストンマーティンでタイヤの性能を限界まで引き出せるようにチームとドライバーをサポートしているのが、チーフタイヤパフォーマンスエンジニアの松崎淳氏だ。今回、躍進するチームで重要な役割を担う日本人エンジニアにF1カメラマンの熱田護氏がインタビュー。アロンソのすごさや2026年からパートナーを組むホンダとの未来について語ってもらった。


アストンマーティンのフェルナンド・アロンソ(右)とエンジニアの松崎淳氏

【上位チームに勝つやりがい】

ーーF1では、ブリヂストン(BS)が1997〜2010年までタイヤを供給していました。その後、BS社員だった松崎さんはBSのF1撤退をきっかけに退社して、2011年からF1の世界にエンジニアとして足を踏み入れました。そのきっかけはなんだったのですか?

松崎淳(以下同) 私がBS時代に担当していたフォース・インディア(現・アストンマーティン)の当時のオットマー・サフナウアー代表から、チームで働いてみないかと誘われました。家族とも相談した結果、F1の世界で働き続けることを決断しました。

ーーF1はエンジニアにとっても競争が厳しい世界ですし、BSという大企業の会社員をやめるというのは、一大決心ですよね。やはりF1の世界にやりがいを感じていたということですか?

 そうですね。エンジニアとしての将来を考えた時に、自分の知識と経験を活かせるのはF1だと思いました。でも、オトマー・サフナウアー代表(当時)から誘われていなければ、そのまま日本に戻っていたかもしれません。

ーー現在のチームでの松崎さんの肩書は「チーフタイヤパフォーマンスエンジニア」です。どんな仕事内容なのですか?

 簡単に言うと、サーキットではチームの各セクションのエンジニアが適切なセットアップ、ストラテジー(戦略)をシュミレーションするのに必要なデータをタイヤという観点から提供することになります。

ーー今の仕事でやりがいを感じる時は?

 タイヤの仕事で楽しいのは、チームの各部署のスタッフと協力してマシンのセットアップや戦略を決め、そのうえで最終的にドライバーと「あれやってみよう」「これやってみよう」といろいろと話し合ってレースに臨み、自分たちよりも上のチームに勝つことですね。それが一番の醍醐味ですし、実際に上位のチームを打ち負かした時は大きな喜びを感じます。

【アロンソは学習スピードが半端なく速い】

ーーアストンマーティンは今年、クルマが一新され、2度の世界チャンピオンに輝いたフェルナンド・アロンソが新たに加入しました。彼のタイヤへの理解力というのはパドックの誰もが絶賛しています。そのあたりは実際に一緒に仕事をしてどのように感じていますか?

 ドライバーによって、どのようにタイヤを理解し、コントロールするかは大きく異なります。その点において、ワールドチャンピオンというのはひとことで言うと「やっぱりすごい」です。

 アロンソはタイヤそのものを使いこなす能力が優れていることに加えて、新しいクルマ、新しい環境のもとでもタイヤとクルマの反応をあっという間に理解してしまう。学習するスピードが半端なく早いです。プラクティスのセッションが少なくなればなるほど、他のドライバーとの差が広がると思います。

 ドライビング技術が高いのは言うまでもありませんが、サーキットが変わって、クルマの仕様が変更になっても、数周しただけで多くのことを理解してしまうんです。

 走行後のエンジニアへのフィードバックも的確。マシンを降りた直後のコメント内容を我々エンジニアが十分に理解できないケースがあったりしますが、あとでデータを詳細に見直してみると、ピタリと一致していたりします。彼とのやりとりのなかで新しい発見はたくさんありますね。


サウジアラビアGPのアストンマーティンのマシン

ーーそのあたりのことは昨年までチームに在籍していたセバスチャン・ベッテルとは違いますか?

 基本的に一緒です。ベッテルも学習スピードが非常に早くて、セットアップのさまざまな情報をもたらしてくれます。アロンソとベッテルでは何が違うのかというと、タイプが異なりますので何とも言いづらいですね......。

ーーファンの皆さんはその違いを知りたいと思います。ぜひ教えてください。

 そこはあまり言わないほうがいいと思うんです(苦笑)。ただ、レースのタイヤプレビューに関しては、ベッテルは技術的になぜそのような結論にいたったのかという非常に細かな過程にまで興味があり、いろいろ質問してきます。一方でアロンソは、その概要だけ説明すれば、信頼して理解してくれました。

 ベッテルとアロンソ、ふたりのチャンピオンに共通するところは、レースに対してしっかりと準備する姿勢や、フリー走行1回目のラップから1周たりともムダにしないことです。

 きちんと走行し、データを持ち帰り、チームに多くの情報をフィードバックする。その内容は非常にはっきりとしていて、曖昧なことはいっさいありません。わからないところはわからないとはっきりと言いますね。

【ホンダと一緒にタイトル獲得へ】

ーー今シーズンのアストンマーティンは開幕から好調で、コンストラクターズランキングでレッドブル、メルセデスに次ぐ3位で前半戦を終了しました。シーズン当初、ここまでの成績を予想されていましたか?

 昨年の自分たちのクルマと比べると、大きくパフォーマンスが向上していることは数値では確認できていました。ただ、実際に他チームのクルマと比べると、どんなポジションになるのかはまったくわかりませんでした。いざシーズンに入ってみて、私個人の感想を正直に言うならば、かなり驚きましたね。

ーーただシーズン中盤に入り、各チームのアップデートが進み、アストンマーティンのポジションが相対的に下がってきています。それはどのように感じていますか?

 他のチームの開発が進んできて、だいぶ近づいてきていますね。ここからシーズン後半に入りますが、また上のポジションに戻れるように頑張りたいと思います。

ーーアストンマーティンといえば、今年6月に2026年からホンダのPU(パワーユニット)の独占供給を受けると発表されたことも大きなトピックスでした。もうホンダとディスカッションなど始まっているのですか?

 顔合わせだけありました。今はチームの上層部が話を進めている状況のようです。

ーー松崎さんは日本人としてホンダと組むことに関してはどんな気持ちを抱いているのですか?

 アストンマーティンとしての目標はワールドチャンピオンを獲ることで、そこに向かってチームは着実に前に進んでいます。

 個人的には、日本製のPUで目標を達成できればなおさらうれしいですし、ホンダの皆さんと一緒に楽しみながらタイトルを獲得できたらいいなと思っています!

【プロフィール】
松崎 淳 まつざき・じゅん
ブリヂストンのチーフ・エンジニアを経て、2011年からフォース・インディアに加入しシニアタイヤエンジニアに就任。現在はアストンマーティンのチーフタイヤパフォーマンスエンジニア。