自民党女性局のフランス視察旅行が不適切な「観光旅行」だったと糾弾されている。元官僚でパリの駐在経験のある評論家の八幡和郎さんは「日本人の視察旅行は、ろくに事前学習をしないうえに観光過剰で、報告書も公表しない。とくに政治家はひどいが、今回の自民党女性局の視察は会談や講義聴講などが充実しており、まっとうなほうだ」という――。

■”SNS炎上”で自民党女性局長を辞める事態に

7月、自民党女性局38名からなる幼児教育や女性活躍の事例を学ぶフランス視察旅行が“炎上”した。きっかけは、団長の松川るい参院議員がSNSに投稿した、エッフェル塔をバックに両手を頭上で合わせ、塔を模したポーズをとった写真だ。

【画像】松川るい参院議員がSNSに投稿した写真(現在は削除)

今井絵理子参院議員も「明日から自民党女性局の海外研修inフランス。私は初のフランス」と投稿し「浮かれすぎ」と炎上した。

その後、視察内容についての報道が相次ぎ、「税金で遊ぶな」「エッフェル塔で観光旅行気分」「贅沢な旅行で視察は6時間だけ」「娘も同行させ、しかも、大使館で預けた」などと顰蹙を買い、松川議員が女性局長を辞める事態に発展した。

そこで、この批判が正しいか、通商産業省(現在の経済産業省)時代にパリに在勤した経験から具体的に検証したところ、この種の研修としては、健全でまっとうな部類であるという結論に至った(私自身の仕事は欧州情勢の調査だったおかげで、接遇は主たる仕事ではなかった)。

■観光やショッピングを楽しめるパリは人気が高い

民間人も含めて日本人の視察旅行は、観光やショッピングがメインである。とくに、パリでは、国会議員が300人も視察に来た年があったと聞いた。これは、延べ人数だが常軌を失していた。しかも、週末や夏休みが多い。ヨーロッパ各国をまわる視察中、仕事ができない週末は観光とショッピングを楽しめるパリが定番なのだ。

対応する駐在員は休みをつぶされて迷惑だが、さらに困るのは、土日や金曜の午後、月曜の朝に現地の誰かと会談したいという人だ。フランス人はそんな時間に人と会うのは好まない。しかも、会談をセットしてもろくに質問もできなかったりする。彼らは選挙区の有権者にアピールできる外国人との写真が欲しいだけなのだ。

写真=iStock.com/frantic00
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/frantic00

民間人もよく似たもので、日曜日のパリでホテルのウェイターにチップ渡してスーツに着替えてもらい記念撮影するのを見たこともある。仕事をした証拠の写真がないと税務署が経費として認めてくれないためらしい。民間企業でも、パリ事務所の仕事の大きな部分は視察に来る日本人の観光案内と買い物のお世話だった。

■駐在員を困らすわがままな政治家たち

パリ駐在員が一番困るのは、視察議員などから法外な値段の食事を期待されることだった。ロンドンでは中華料理、デュッセルドルフでは日本レストランで満足しているのに、パリでは数倍の値段のフランス料理を望む。しかも三つ星レストランでないと嫌だとか、昭和天皇が召し上がられたのと同じメニューにしろとか注文を付ける。

また、「ワインは自分に決めさせろ」と言って超高級ワインなどを注文されると予算が超過し、後始末が大変だった。高級店に相応のマナーを知らない政治家を連れて行くと、店との関係を悪化させかねないから、個室に押し込めたりもした。

写真=iStock.com/Instants
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Instants

そして、ショッピングでも「家族から頼まれたレア商品を探せ」とか、金持ちなのに免税手続きには熱心で、書類に不備があったり、他人にプレゼントしてしまって購入品を税関に見せられず、免税してもらえないとかで、空港で騒動になることもしばしばあった。

もちろん、中身のある視察をする人も多いし、パリの素晴らしい町並みや、人々の楽しそうな生活、文化水準の高さを実感するだけでも有意義なことではある。食事の時などにフランスの何が日本の将来の参考になるか説明したら、何年かして「あのときの解説は勉強になって私も考えを変えた」などと言われると嬉しかった。

■「視察は6時間だけ」という批判には悪意がある

しかし、楽しい写真を見せたり、帰国して土産を配り歩いたりする人も多いから、パリへの視察旅行というと観光だろうと決めつけられやすい。あの写真がエッフェル塔でなく、万里の長城やホワイトハウスの前なら批判は少なかっただろう。

さて、自民党女性局の視察日程が本当に不適切なものだったかを分析しよう。到着と出発の日を除いた2日間で、松川議員などが参加したのは、3つの会談(省庁担当者、国民議会議員、元老院議員。いずれも女性)、2つの講義聴講(フランスの団体職員と在仏日本人の評論家)、2つの視察(保育所と元老院。元老院ではレクチャー付きのガイドツアー)、大使公邸訪問、大使主催のディナー(大使や館員との意見交換含む)である。

実質2日間でこれだけの内容を入れていれば、まっとうな視察だと評価できる。移動時間や会談延長、予定変更に備えた予備時間も必要なので、1カ所で順次会談する場合でなければ、これ以上詰め込むことは普通はしない。「視察は6時間だけ」という指摘は、悪意のあるこじつけである。

■過密すぎるスケジュールは現地にとって迷惑

ホテルは地下鉄終点(パリ市外の郊外都市)の庶民的な地域にあり、安い団体旅行が使うビジネスホテルだ。夕食は、このホテルの食堂、観光船内、大使公邸の隣の会員制クラブ(「第一次世界大戦連合国倶楽部」。建物は豪華だが、食事は東京でいえば学士会館とか如水会館の印象で値段も安い)。昼食はシャンゼリゼ通りのビストロなど、観光バスの市内見学ツアーで使う中クラスだ。

一部メンバーは自由時間にルーブル美術館へ行ったそうだが、議員たちの純粋なパリ観光は最初の日の午後5時以降だけとみられ、このときにエッフェル塔の前で写真を撮った。あとは昼食前後の自由時間くらいだ。

いわゆる視察の場合、これ以上に密なスケジュールは、現地にとって迷惑だ。「観光地に行く余裕があることが不思議」などと批判している元衆院議員の豊田真由子氏のように、通訳もいらない国際派の国会議員が、自分でアポもとって、車だけ出してくれと言うなら別だが。

また、松川議員が子どもを視察に連れて行き、大使館に一時子どもを預かってもらったことも批判されている。

だが、欧米では出張に自己負担で家族を連れていくことは珍しくない。また、オフィスが個室ばかりなので、ベビーシッターの都合がつかなかったなど例外的な状況であれば、職員がオフィスに子どもを連れてくることにも寛容だ。私も、休暇などで来訪した知り合いから頼まれて、短時間、手のかからない年齢のこどもが疲れて休みたいというので私のオフィスで預かったことがある。

長時間ならベビーシッターかアルバイトの学生でも雇うお手伝いをするし、親しい人なら自宅で預かる。元外交官の松川議員が、元同僚に相談したら、短時間なら大使館で宿題でもさせといたらとなったのだろうが、今は国会議員なのだから慎重にすべきだったのは確かだ。

■本来、視野を広げる視察は有意義なもの

懸念されるのは、今回の炎上を受けて視察を控える空気が醸成されることだ。

本来、会議出席や交渉以外の「視察」で地方や海外での視野を広げることは、国会議員に限らず官民の誰にとっても仕事をする上で有意義だ。

写真=iStock.com/Nutthaseth Vanchaichana
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nutthaseth Vanchaichana

村山富市元首相がナポリでの先進国首脳会議に出席したとき、3度目の海外旅行だった。国会議員の海外旅行は贅沢と批判されそうなので、国会などからの派遣で辛うじて2度だけ海外を経験していたのだが、この経験のお陰で首相を引き受けられた。

こうしたことができなくなると、ますます地方も海外も知らない政治家が増えてしまう。

■中身をもっと濃くして、成果を公表してほしい

ただし、視察内容はもっと中身(スケジュールではなく)を濃くして、成果も公表してほしい。自民党女性局も、今回の視察成果を報告書にまとめて公表し、視察が有意義だったことをアピールして欲しい。

シリコンバレーでは、日本の企業人が続々と来て、商談につながりそうもない話に時間をとらせると大ブーイングが起きている。フランスの役所でも企業でも、官民を問わず日本から不勉強な人が視察に来て、同じような案件で時間をとらされるのに辟易していた。

私の経験から、一例を紹介しよう。私はフランス国立行政学院への留学時代から公共工事の一般競争入札制度の実態を調べて、単行本や雑誌に執筆し続けていた。指名競争入札を糾弾するためである。そして、10年後に在勤でパリに戻ったころ、ようやく世間で関心が高まっていた。

そこで、日本から国会議員はじめ官民続々とフランスの関係部署に視察に訪れた。既存の資料などほとんど読んでいない彼らは、フランス側に初歩的な所から説明を求めるが、「建前と違ってフランスにも談合が多い」といった期待した回答が得られないので、「きっと裏があるに違いない」と疑いつつ帰国していった。彼らは公開レポートも書かないので、その後に来る人もまったく同じことを繰り返していた。

■手本とすべきは明治時代の岩倉使節団

明治時代の岩倉使節団のように、役所や業界団体が調査団を組織して、事務局が既存文献の調査をし、事前の勉強会もし、その上で、外国へ行ってきちんと質問もして、帰国したら報告書をまとめ、ネットなどで発信すべきだ。

私は、日本人は「キャッチアップの時代は終わった」「海外にモデルはない」などと言い訳をして不勉強になったと思う。私はかねて「ほとんどの分野にモデルはあり続ける」と主張し、バブル崩壊後は「新しいキャッチアップの時代が始まった」と言い続けたが、あまり理解されなかった。

また、直接の調査対象だけでなく、観光も少しは取り入れて海外の文化や人々の生活に触れることも否定すべきでない。中国で万里の長城を見ないのも、パリでショッピングしないのも馬鹿げている。

■視察受け入れを有料化すれば、もっと真剣になる

国内でもよく似たもので、地域の実情と施策の現場は見てほしいが、沖縄に在勤していた頃、3月の年度末に来る大量の出張者は悩みの種だった。

そこで、到着便を1週間にひとつ指定し、全員を集めて沖縄の歴史や政治・経済の研修を受けさせ、バスに乗せて産業視察と戦跡観光(それを無駄だという人がいたら価値観の違いだ)を一通りさせ、そのうえで、それぞれ個別の視察や意見交換をすると合理化して、結構好評だった。

近年は、地域おこしの視察者への説明を有料化しているところもあるが、正しいと思う。そのほうが説明する側もされる側も真剣になる。

■「やっぱり女性はダメだ」が結論でいいのか

それから、今回の視察は「自民党女性局」だったから炎上した面もある。女性政治家はちやほやされがちだが、ひとつ攻撃材料がみつかるや、襲いかかってリンチし、「やっぱり女はダメだ」とされる。

とくに保守派といわれる女性政治家に対しては、仲間内からの攻撃がすごい。LGBT問題では、問題提起した杉田水脈氏が攻撃されても冷淡な政治家が多かったし、稲田朋美氏に対する裏切り者呼ばわりと落選運動もひどかった。

今回の松川氏に対する攻撃も、韓国駐在経験がある松川氏が、尹錫悦政権を支援することを主張していることに嫌韓派が攻撃をエスカレートしてきたなかで起きた事案だ。そして、次は森まさこ議員がターゲットになっているらしい。「ブライダル補助金」がテーマだが、本当の理由はLGBT法案を推進したからだ。

また、女性政治家に対しては、党幹部から「弁解するな」と圧力が強くかかることがあり、気の毒なことだ。厳しく高圧的に接すれば女性を黙らせることができると思うベテラン政治家も多い。いまさらであるが、安倍元首相はそういう面が全くない人だった。

今回の炎上を受けて、「視察はダメだ」「女性はダメだ」という結論にもっていくのはどうかと考える。そうではなく、より中身のある視察を行うにはどうすればいいか、について議論を深めることこそ前向きな対応だ。

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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。
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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)