想定内と想定外──。

 想定内は仙台育英。初戦の浦和学院戦こそ投手陣の不調で19対9の乱打戦となったものの、中5日空いた2回戦以降はほぼプランどおりに進んでいると言っていい。

【仙台育英、盤石の継投策】

 2回戦の聖光学院戦は、背番号11の左腕・田中優飛が4回途中まで踏ん張り、あとを継いだ主戦の湯田統真は4回1/3を63球しか投げずにすんだ。さらに、終盤の猛攻で8対2と大差がついたため、背番号1の高橋煌稀はわずか1イニング、7球しか投げていない。

 3回戦の履正社戦は4対3の接戦。湯田が5回で85球、高橋が4回で54球を投じたが、準々決勝の花巻東戦は4回までに8点の大量リードを奪ったことで、先発した湯田を4回、51球で下げる余裕ができた。5回以降は甲子園初登板の2年生左腕・武藤陽世、制球に不安がある仁田陽翔を起用、そして田中とつなぎ、高橋を登板させずに終えた。

 試合後、須江航監督もその点を評価していた。
 
「(9対0から9回裏に4点を追い上げられ)最後、ブルペンに入っちゃいましたけど、高橋が休めたのは大きい」

 その高橋は準決勝の神村学園戦で満を持して今大会初先発。5回で82球を要し、被安打6と本来の調子ではなかったものの、7三振を奪い、2失点にまとめた。

「高橋の先発はローテーションどおり。(疲労が少なく)フレッシュなピッチャーを使おうと。ホームラン性の打球がありましたけど(5回表二死二塁で3番・秋元悠汰がレフトへ大飛球)、疲労がなく、球威があったからぎりぎり(フェンス前で)収まった。(レフトへの打球が伸びる)浜風が吹いてなかったのもラッキーでしたけど、球威が落ちたらあの打球は入っていたでしょう」(須江監督)

 そのあとを継いだ湯田は4回、43球を投げて無失点。1安打、無四球と安定した投球を披露した。中1日で迎える決勝は高橋、湯田の両右腕が大きな疲労なく迎えることができる。

 仙台育英は攻撃面でも強さが見える。

 もっとも、それが表れたのが3回戦の履正社戦。3対3で迎えた8回表だった。先頭の湯浅桜翼が二塁打で出ると、4番の齋藤陽が送って一死三塁。ここで5番・尾形樹人がスクイズを決め、決勝点を奪った。

「尾形が打席に入る前にスクイズと決めていた」と須江監督が言えば、尾形も「今日の自分のバッティングの調子からして(3打数0安打)、スクイズのサインは出ると思っていました。自分から『スクイズします』と言おうと思ったら、須江先生から言われました」。

 場面や状況を考え、自分には何のサインが出るのかを考えるのが仙台育英の野球。監督と選手の考えが一致するから作戦が決まる。準決勝の神村学園戦でも、同点の3回裏一死三塁で4番の齋藤陽が1ボールから勝ち越しとなるセーフティースクイズを事もなげに成功させた。

 準決勝の試合後、尾形が「湯浅は焦ってましたけど、3年生はまったく焦ってませんでした」と、4点リードの9回表一死一塁からサードゴロを二塁へ悪送球した2年生を暗にいじっていたが、尾形をはじめ、ショートの山田脩也、センターの橋本航河、ライトの齋藤陽は優勝した昨年からのレギュラー。決勝の大一番の経験値は大きな強み。起こるかもしれない想定外にも対処できるだろう。


準決勝で土浦日大を完封し、103年ぶり決勝進出を果たした慶應義塾の2年生エース・小宅雅己

【想定外の完封勝利】

 一方の慶応義塾は予定どおりとはいかなかった。

 神奈川大会から甲子園準々決勝まで全試合継投で勝ち上がってきたが、甲子園準決勝の土浦日大戦はエースの小宅雅己が118球で7安打5奪三振の完封勝利。この夏初めてひとりで1試合を投げきった。森林貴彦監督は言う。

「想定していない展開です。小宅がひとりでいくイメージはなかったんですが、なかなか代えどきがなくて、負担をかけてしまった。最後は『ごめんね』という気持ちでした」

 小宅が完投することになったのは打線が2点しかとれなかったから。接戦で動きづらい状況になってしまったからだ。

「5点ぐらいとってあげないといけなかった。今日は監督の采配がよくなかった。攻撃面で課題の残る試合でした」

 森林監督がそう言うのも無理はない。この試合、慶應義塾はなんと3度もスクイズを失敗しているのだ。一度目は5回裏一死二、三塁で3番の渡辺千之亮。カウント2−1からの3球目をファウルにした。二度目は6回裏一死三塁で8番のキャプテン・大村昊澄がカウント1−1からの2球目をファウル。三度目は7回裏一死三塁で4番の加藤右悟がカウント1−1からの3球目をファースト前に上げてしまい、併殺になってしまった。渡辺千は神奈川大会から犠打ゼロ。加藤も広陵戦の1つだけ。ともにスクイズはない。想定外のサインだったのだろう。

 これだけミスが続けば、相手に流れを渡してしまうもの。だが、予定どおりにいかない監督の采配を選手がカバーした。

 6回裏、スクイズをファウルにした大村がその後3球ファウルで粘り、9球目をセンター前へタイムリーヒット。貴重な2点目をもたらした。監督のミスを選手が取り返す。予定どおりにはいかなくても、選手がカバーすることでチームは強くなる。

【あえてパターンを崩した沖縄尚学戦】

 その意味で、慶應義塾は準々決勝の沖縄尚学戦でも想定外のことがあった。森林監督は神奈川大会でも先発していない背番号10の2年生・鈴木佳門を先発に抜擢したのだ。187センチの大型左腕は5回3安打2失点の好投でチームに勝利をもたらした。この起用について、森林監督はこう言っていた。

「鈴木が県大会より調子がよくなってきたこと。あとはこの大会で優勝したい、チームとして成長したいという理由です」

 神奈川大会決勝から甲子園の初戦、2戦目はすべて小宅--鈴木--松井喜一という継投だった。沖縄大会で31回1/3を無失点、甲子園でも18回1失点の好投手・東恩納蒼を擁し、大量点は望めない沖縄尚学を相手に、あえて形を崩して勝負をかけたのだ。

 結果は「吉」と出た。打線も13安打7得点と奮起。7対2と5点差をつけての圧勝だった。勝利だけでなく投手起用の幅が広がり、チームとして成長を確信した試合だった。

 その試合で唯一、気になったのは5点リードの最終回に小宅が登板したこと。
 
「ブルペンで準備していたので、『投げるか?』と聞いたら、本人が『投げたい』と言ったので......ブルペンで終わらないでマウンドにいく形になりました」(森林監督)

 わずか5球だけだったが、やはり、大観衆のなかで投げる試合での1球はブルペンの1球とは違う。この影響ではないだろうが、小宅は準決勝の7回表が始まる前に「ふくらはぎをつりかけた」という理由で試合が中断し、治療を受けている。そして決勝に先発することがあれば、初めて100球を超えてからの中1日での登板となる。はたして、万全の状態でマウンドに上がれるのか気になるところだ。

 予定どおりの投手起用、そしてイメージどおりの作戦で勝ち上がってきた仙台育英。あえて想定外の戦いをしてチーム力を高めた慶應義塾。

 両校は今春のセンバツ1回戦でも対戦し、延長10回タイブレークの末に2対1で仙台育英が勝利している。仙台育英が再び勝利し、夏連覇を達成するのか。それとも慶應義塾が雪辱を果たし、107年ぶりの日本一に輝くのか。決勝戦は8月23日、14時にプレイボールのサイレンが鳴る。