三笘薫「スーパーゴール」の歴史的価値 選手としての価値も2段階は上昇した
開幕戦でルートンタウンに4−1で勝利したブライトン。2戦目はウルヴァーハンプトン・ワンダラーズ(ウルブス)とのアウェー戦だった。昨季の13位チームながら顔ぶれは悪くない。開幕戦でもマンチェスター・ユナイテッド(昨季3位)相手に接戦を展開。好勝負が期待された。
ブライトンは開幕戦からスタメンを3人入れ替えて臨んだ。長いシーズンの先を見据えて戦おうとしていることが手に取るように伝わってくる監督采配だった。そこに昨季並みの成績が望めそうな気配を感じた。
ジャンポール・ファンヘッケに代わりアダム・ウェブスターが、マフムト・ダフードに代わりビリー・ギルモアが、そしてジョアン・ペドロに代わりフリオ・エンシソがそれぞれ2戦目にして初スタメンを飾った。センターバック、守備的MF、1トップ下を入れ替えたわけだ。
開幕戦に1トップ下でスタメンを飾ったジョアン・ペドロは、左サイドに流れるプレーが目立ち、結果として左ウイング三笘薫の前方のスペースに入る形になることが多かった。三笘が自慢の縦抜けを図りにくい動きをしたが、パラグアイ代表の19歳エンシソと三笘の関係はどうなのかに注目した。
ウルヴァーハンプトン戦で今季初ゴールを決めた三笘薫(ブライトン)
前半14分、さっそく2人が絡むシーンが訪れた。左SBペルビス・エストゥピニャンから三笘がタッチライン際でボールを受けると、エンシソは三笘の前方にあたる大外を走る構えを見せた。ジョアン・ペドロ同様、三笘が縦に行きにくい動きをしたかに見えた。
だが結果的に、そのエンシソの動きが奏功した。同時に三笘は内を突いた。競泳のプール的に言えば、8コースに開いたエンシソに対し、三笘は6コースをドリブルで突いた。対峙するポルトガル代表の右SBネルソン・セメドは、目の前で起きた両者の交錯に幻惑された。三笘がドリブルでカットインすると、そのユニフォームの高い位置に手を掛けた。
ハーフウェイラインを10メートルほど越えた地点。ゴールまでの距離は50メートル弱あった。にもかかわらず、セメドは三笘の首元に近い箇所に手を掛けた。「マズイ」。その慌てた心の叫びが聞こえてくるような危険をともなうプレーに出た。
【正真正銘のスーパーゴール】
三笘はこの反則まがいのプレーを受け、逆に、相手がパニックに陥っていることを察知したのだろう。精神的に乗った。頭も冴えたかに見えた。
ドリブラーが次々に選手をかわしていく様は、スキーのスラローマーにたとえられる。短い間隔で立つポール(旗門)を、足を踏み換えながら縫うように、ひらりひらりと舞うように滑り降りる姿を想起させる。セメドの荒いプレーを冷静にかわすことで始まった三笘のドリブルは、まさにスラロームを見るかのような鮮やかさだった。
残り40メートル。旗門に相当する選手は3、4人いた。だが、三笘にとって幸いしたのは、右センターバック(CB)のクレイグ・ドーソンが、先述のエンシソの動きに幻惑され、サイドに引っ張り出されていたことだ。
2人のCBの間隔が開いていることを察知するや、三笘は迷うことなく直線的に縦を突いた。トップスピードでありながら、完璧なボディーバランス。そのなかには周囲の敵の逆をとる動きも含まれていた。
ペナルティエリアに侵入しようとした段で、左CBマクシミリアン・キルマンがアタックに来た。右腕を掴もうとしたが、三笘はウナギのようにスルリと抜ける。するとGKと1対1になっていた。シュートは右足のインサイドで、右ポスト方向へ。そこからカーブがかかりサイドネットに収まるという、寸分の狂いもない技巧の粋が詰まった一撃だった。
スーパーゴールである。だが、ネット社会となり、見出しで煽ろうとする過剰な表現が散見されるこの世の中にあって、その言葉の重みは失われつつある。どれもこれもがスーパーゴールとして紹介される。この三笘のゴールも、少々誇張の入った表現ではないかと訝しがっている人も多いだろう。
さにあらず、だ。年に何度も見られない正真正銘のスーパーゴール。それでも表現として物足りない。2023−24シーズンの欧州年間最優秀ゴールはこれで決まりと、開幕2戦目にして言い出したくなるほどだ。何年に1度かのスーパーゴールと言ってもいいほどだ。
【真骨頂だった2点目アシスト】
日本人選手が欧州で記録したスーパーゴールと言えば2000−01シーズン、ローマに所属した中田英寿がユベントス戦で放った一撃をまず想起する。2009−10 シーズン、CSKAモスクワ所属の本田圭佑がチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦対セビージャ戦で放ったFK弾も秀逸だった、日本人選手の名を高める一撃として記憶される。
だが、この2つはキックによるものだった。ゴールまで実質残り40メートル強を単独ドリブルでこじ開けた日本人選手はいない。1996−97シーズン、バルサの一員だったブラジル代表FWロナウドが、コンポステーラ戦で魅せた60メートルのドリブルシュートと比べたくなるほどだ。ただしロナウドのゴールは、多少、馬力まかせと言うか、強引なプレーだったことも事実。きれいさ、美しさという点では今回の三笘のほうが上だ。
神様、ディエゴ・マラドーナの1986年メキシコW杯準々決勝対イングランド戦のスーパーゴールを持ち出すのはさすがに気が引けるが、それでもあえて言うなら、当時の守備のレベルは低かった。
三笘自身のスーパープレーと言えば、筆者の見解では2021年のJリーグ対横浜FC戦で魅せた80メートル強のドリブルになる。だが、この時のスコアラーは小林悠だった。三笘はアシスト役にとどまっている。
ウルブス戦に話を戻せば、前半のロスタイムにもシュートを打てたシーンがあった。ダニー・ウェルベックのシュートを、相手GKがセーブ。そのこぼれ球が三笘の前に転がってきたのだ。しかし、三笘は打たなかった。左サイドでコンビを組むエストゥピニャンへのラストパスとした。
中田、本田、ロナウド、マラドーナなど、内外の歴代スーパースターは、たいていがオレオレ系だ。一方、三笘は非の打ちどころのない100点満点のスーパーゴールを放っても派手な雄叫びを上げない。飄々とマイペースを貫き、次のチャンスには仲間を使おうとする。狡賢い選手で溢れるこの世界において、優等生キャラを崩さない世界的に希少な選手と言える。
三笘の選手としての価値は、1段階、いや2段階ぐらい上昇した。少なくとも日本が生んだ最高のフットボーラーと言っても過言ではない。怪物感のある大谷翔平とは異なる、アイドル性に富んだ日本人らしい日本人選手は、この先、欧州サッカーの階段をどこまで昇ることができるか。目を凝らしたい。