広陵(広島)の野球部は1926年に春のセンバツで初優勝を飾り、27年夏の甲子園で準優勝した古豪だ。

 中井哲之監督が就任したのが90年。91年春のセンバツで65年ぶりの日本一になり、03年春には監督として2度目の全国制覇を成し遂げた。夏の甲子園でも、07年と17年に準優勝している。


甲子園初戦で立正大淞南に勝利した広陵ナイン

【伝統を守りつつ時代の流れに対応】

 部員数はマネージャーを含め151人。地元の広島、隣県の岡山のほか、福岡や大阪など全国から集まってくる。選手たちは学校の敷地内にある寮に住み、教室とグラウンドを行き来する毎日を送る。

 3回戦で対戦する慶應義塾(神奈川)は長髪、サラサラヘアで話題を集めているが、広陵の選手たちの髪型は昔ながらの丸刈りだ。

 こうした情報を並べると、古色蒼然とした昭和の野球部を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、惑わされてはいけない。進化の目覚ましい高校野球は、昭和の野球部が勝ち上がれるほど甘くはない。

 広陵の夏の甲子園出場は、広島でしのぎを削ってきたライバル・広島商を上回る24回。伝統を守りつつも変化してきたからこそ、時代が代わっても強さを維持しているのだろう。大学、社会人はもちろん、プロ野球で活躍するOBも多い。

 年末の練習最終日にはOBの大学生が集まってくる。来年のドラフト1位候補の宗山塁(明治大)もそのひとりだ。

「毎年、80人から100人の大学生が練習に参加します。半強制的ですけどね」と中井監督は笑う。

 OBたちが高いレベルで経験したこと、新たに得た知識を後輩たちに教えている。そうして、伝統はバージョンアップされていく。

 今夏の初戦、広陵は立正大淞南(島根)にリードを許しながら6回に逆転し、3番・真鍋慧(けいた)のツーベースヒットで突き放した。試合後のインタビューで中井監督はこう言った。

「スターティングラインナップは僕が組みますが、迷った時には『どうかのう?』と部長やコーチに聞きます。僕は相手のビデオを見ません。本当にウチは選手主体でやっているので、選手が部長やコーチが話をしてまとめたもの(戦い方)を見て、『それで、ええんじゃないか』と言うのが僕です(笑)」

 30年以上の指導者経験を持ちながら、選手やコーチ陣の意見を尊重する。

「僕が何か言うと命令調になるので、選手と部長、コーチでうまくやってもらっています」

【今年のチームは大人】

 初戦で監督として甲子園通算38勝(歴代9位)を挙げたが、自らの手腕を声高に話すことはない。

「ひとり、ふたりの力で野球は勝てません。もちろん、監督だけの力でも絶対に無理です。選手のなかに中井の考えを理解してくれる人間がいるとありがたい。監督の言葉を補ってくれる部長、コーチがいないと、組織としては成り立ちません」

 監督は選手を信じ、部長やコーチに任せるところは任せる。

「ほかの人から見たらおかしいと思われるかもしれんけど、広陵には絆というか、熱いものがあるんです。広陵の人間にしかわからん"血"みたいなものが」

 どれだけ戦力を高く評価されても、エースや4番打者がふんぞり返っているチームは、ピンチになった時に脆さを露呈するものだ。広陵には1年生の時からクリーンナップに座る真鍋や、高尾響、只石貫太の2年生バッテリーなど実力者が多いが、彼らはそんな素振りを見せることはない。

「ウチには『オレがレギュラーじゃ』みたいに偉そうにする選手はひとりもいません。今年のチームは大人ですよね。マネージャーや控えの選手を本当に大事にしてくれるんで。一番大事なことじゃないですか。そうじゃないと高校野球じゃないと僕は思っているんです。一番しんどいのは、3年間、本気で控えをやりきること。1000本ノックを受けるとか、走り込みをするとかよりもずっと大変です。ありがたいことに、控えの選手を大事にすることがチームとして浸透しています」

 次戦の相手が「エンジョイ・ベースボール」を標榜する慶應となり、記者から「慶應は長髪ですが?」と聞かれた中井監督は笑いながらこう答えた。

「僕は選手に『髪を短くせぇ』とは言ってないんですよ。選手たちが『広陵の伝統を僕たちが変えるわけにはいきません』と言う。広島大会で優勝したあとにみんなが短くしたんで『なんで?』と聞いたら、『勝ち進んだら散髪に行くことができんので』と。なるほど、と思いました(笑)」

 昨秋の明治神宮大会決勝で大阪桐蔭(大阪)に、春のセンバツ準決勝で山梨学院(山梨)に敗れた。難敵の慶應を下せば勢いがつくはずだ。

「センバツがベスト4だったから強いと言っていただきますけど、足元をしっかりと見つめて自分たちの戦いをしていきたい。高校野球は何が起こるかわからない。一球一球、心を込めて頑張りたい」

 全体練習よりも選手の自主性を尊重するからこそ、選手たちは自分で考え、プレーする。「考える子は強いですよ。自分の意志でやるべき練習をやったほうが絶対にうまくなる」と中井監督は常々そう語っている。

 選手たちが主体的に考え、部長とコーチがアドバイスを加える。それを見て、最終的な戦い方を決める中井監督。

 慶應戦は、広陵の「考える力」が試される試合になるかもしれない。