ロンドン地下鉄の自動改札(写真: Rosette/PIXTA)

最近、鉄道各社でクレジットカードなどのタッチ決済による乗車サービスを実証実験などの形で導入する例が増えている。手持ちの非接触決済可能なクレジットカードなどを自動改札機にかざすことで利用できるシステムだ。8月7日には、東京メトロが2024年度中に実証実験を開始すると発表した。

こうしたサービスは、海外ではすでに多くの都市で導入されており、すでに10年近くが経つロンドンでは、交通系ICカードのシェアを大きく奪うまでに浸透している。ロンドンの事例を紹介しながら、状況を考察してみたい。

手持ちのカードで改札にタッチ

まず、クレジットカードなどのタッチ決済による乗車について、概要を簡単に説明しよう。東京メトロが行う実証実験にも参加するビザ(Visa)・ワールドワイド・ジャパンの説明によると、「Visaのタッチ決済」はこれまでに世界の600以上の公共交通機関で導入されているという。

前述の通り、利用者自身が持つ非接触決済対応のクレジットカードやデビットカードなどで乗車することで、切符や現金が不要になるだけでなく、交通系ICカードにチャージする手間からも解放される。現金や自動販売機などの決済端末に触れる必要がなくなり衛生的であるほか、このサービスを導入している都市であれば、日ごろ使っているカードで海外でも公共交通機関にそのまま乗れる。

ロンドンでは2014年、こうしたタッチ決済による乗車方式を導入した。


クレジットカードなどのタッチ決済に対応した改札機(筆者撮影)

それより前の2003年から、ロンドンではSuicaなどとよく似たプリペイドスタイルのICカード「Oyster(オイスター)」を導入している。区間によっては、現金などで片道切符を買うとオイスター利用と比べて3〜4倍高い運賃を取られるということもあり、一気に普及。オイスターを買い求める旅行者が空港駅やターミナル駅で長蛇の列をなす光景も日常的だった。

ところが、タッチ決済で乗車できるようになった結果、旅行者の列は一気に解消した。大多数を占める欧州大陸からの旅行客らは、自分のカードでそのまま改札を通って目的地へ向かうことが可能になったためだ。


「オイスター」は購入時に7ポンド(約1280円)のデポジットが必要だ(筆者撮影)

チャージせずそのまま乗れるという仕組みは、旅行者だけでなくロンドン市民にもインパクトを与えた。英国の公共放送BBCが報じた2021年時点の統計では、地下鉄やバスに乗る人々の4分の3はタッチ決済を使用。オイスターの利用者は全体の4分の1まで圧縮されたことになる。日本では、クレジットカードなどによる乗車方式の導入は「多様な決済手段を提供する」という狙いがあると思われるが、ロンドンでは交通系ICカードをすっかり駆逐してしまっている。

筆者の実見としても、オイスターの利用者はすでにほとんどいないのが現状だと感じる。現在も使っている利用者層は、主に学生と高齢者とみられる。60歳以上の高齢者には記名・写真付きのオイスターをベースとした老人パスが配布されているのと、クレジットカードや銀行カードでは学生向け割引や小児運賃の判別ができないため、これらの運賃の利用者はオイスターを使わざるをえないからだ。


空港駅のチケット売り場。今や切符を購入する人はほとんどいない(筆者撮影)

運賃引き落とし額「上限」制度も

ロンドンでは、タッチ決済の導入に先立ち、地下鉄とナショナルレール(旧国鉄)の郊外区間を含む半径約50km圏内の交通機関について、オイスターを使えば全て通し運賃で乗れるという統一化を行った。

ロンドンはもともと、中心部を「ゾーン1」、郊外地区を「ゾーン9」とする同心円状のゾーン式による運賃設定となっている。運行事業者や交通業態の違いを無視して設定されており、(地下鉄とナショナルレールとでは、同じような区間に乗っても運賃が上下する、という問題は今も残るものの)どんな鉄道に乗っても共通の通し運賃で乗れるというルールは思い切った施策といえよう。

これに加えて、ロンドンには「運賃キャップ」という制度がある。これは、ゾーンごとに運賃の上限が設定されており、引き落とし額がある一定額に達すると「それ以上課金されない」という仕組みだ。

ロンドンの運賃ルールにおける「1日」は午前4時30分からの24時間。したがって、運賃キャップ制度では、利用者がこの間にどのように利用したかを計算したうえで、銀行カードの場合は翌日の朝に利用者の口座から引き落とす。乗車ごとに運賃がどう引かれたかは乗ったその場ではわからない仕組みとなっている。

このような「その日の運賃キャップ」システムは、日本でも福岡市交通局(地下鉄)が導入している。現在のルールでは「1日のタッチ決済額を合計した結果、640円を超えた場合には640円までとする」(同交通局のサイトより)との設定で、「対象となるタッチ決済対応のクレジットカードなどを、乗車時および降車時に対象駅の専用読み取り部にタッチすることで、地下鉄乗車料金の決済が完了」と定められている。つまり運賃設定ルールはロンドンとほぼ同様と考えてよさそうだ。

運賃キャップ制度によって、その日の初めに「1日乗車券のほうが安いのかどうか」を悩む必要もなくなる。ロンドンでは、タッチ決済による運賃キャップ制度の導入を受け、もともと多数の組み合わせがあった紙の1日乗車券は、一部を除いて駆逐されてしまった。

交通機関「全面キャッシュレス」の流れ

海外の都市によっては、「乗り物利用は全面的にキャッシュレス」との方針を打ち出すところも出てきている。その街を初めて訪れる旅行者や出張者にとっては、見慣れない自動販売機で切符を買うことなく、自分が持っているカードで即座に乗り物を利用できるならこんなに便利なことはない。海外の場合は現地通貨への両替にも悩まされるが、このシステムなら小銭を用意する心配もない。

タッチ決済を導入している海外の都市では、切符購入より圧倒的に安く乗れるインセンティブをつけていることが多い。それも、ポイント返還や割引率5〜10%といったものではなく、運賃が一気に半額以下になるケースも少なくない。自身が保有するカードが使えれば、訪問先都市のカードを新たに買って、数日間の使用後、デポジットを支払ったままにしておくようなことも防げる。


ロンドン地下鉄の自動券売機。台数の削減が進んでいる(筆者撮影)

首都圏では半導体不足の影響によるSuicaとPASMOのICカード販売一時中止が続いている。もし利用客自身が持つクレジットカードなどで電車に乗れるようになれば、鉄道会社が用意するべきカードの枚数も削ることができそうだ。

「運賃キャップ制度」も含め、よりわかりやすい便利な乗車方法が各都市で広がる日を期待したい。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)