(画像:「VIVANT」公式HPより)

このところドラマの配信再生数を派手に報じる記事がネット上に急増しています。たとえば今夏、最大の話題作である「VIVANT」(TBS系)では、下記のタイトルで記事が報じられました。

「『VIVANT』、TBSドラマ史上最速! 累計無料配信総再生数1000万回を突破」

「歴代最高を更新、堺雅人主演の『VIVANT』第1話の無料配信総再生数が約400万回を記録」

「【VIVANT】話題沸騰の第1話、TVer再生数が3日足らずで200万回突破 見逃し配信でも快進撃」

配信再生数を額面通りに受け取っていいのか?

さらに他の人気作でも下記のように配信再生数が報じられています。

「『ハヤブサ消防団』初回見逃しが300万回突破 『星降る夜に』『六本木クラス』に続く歴代3位」(テレビ朝日系)

「松岡茉優&芦田愛菜『最高の教師』配信再生数がはやくも100万回突破 怒涛展開で話題沸騰」(日本テレビ系)

「<トリリオンゲーム>目黒蓮主演のTBSドラマ 第1話が無料見逃し配信で200万回再生突破」(TBS系)

「TVer驚異の1000万回再生突破!坂口健太郎主演『CODE−願いの代償−』気になる今後の展開をプロデューサーに直撃」(読売テレビ・日本テレビ系)

「月9『真夏のシンデレラ』見逃し配信が歴代2位の325万回を記録」(フジテレビ系)

いずれもヒットを思わせる派手な数字ですが、はたしてこれを額面通りに受け取ってもいいものなのでしょうか。さらに、これまでテレビ番組の評価指標として報じられてきた視聴率との兼ね合いはどうなのか。

「1000万回」という大きな数字が報じられたタイミングで、ドラマの配信再生に何が起きていて、どんな背景や思惑があるのかを解説していきます。

「好結果だけ公表」というスタンス

まずは「配信再生○万回」という数字をどうとらえればいいのか。

注目してほしいのは、前述した数字が好結果ばかりで「いまいち」の再生数を報じたものがないこと。つまり各局は好結果の作品だけを選んで公表しているのです。実際、民放ゴールデン・プライム帯で放送されている下記の6作は、現時点で配信再生数が報じられていません。

成田凌さん主演「転職の魔王様」(カンテレ・フジテレビ系)

伊藤沙莉さん主演「シッコウ!!〜犬と私と執行官〜」(テレビ朝日系)

福原遥さん、深田恭子さん主演「18/40〜ふたりなら夢も恋も〜」(TBS系)

杉野遥亮さん主演「ばらかもん」(フジテレビ系)

赤楚衛二さん主演「こっち向いてよ向井くん」(日本テレビ系)

若村麻由美さん主演「この素晴らしき世界」(フジテレビ系)

今夏、民放ゴールデン・プライム帯では12作が放送されているので、ここまで配信再生数が報じられたのは半数に過ぎないのです。「好結果だけ公表する」というスタンスは、裏を返せば「都合の悪い数字を隠している」ということ。毎話公表されるわけではないことも含めて配信再生数は、ビデオリサーチによるデータで良くも悪くもほぼ毎話報じられる視聴率とはまったく違うものなのです。

しかし、「好結果だけ公表する」というスタンス以上に重要なのは、配信再生数の算出方法が作品ごとに違うこと。下記に算出方法の主なパターンを挙げていきましょう。

・「TVerのみの算出」か、「その他の無料配信も含めた算出か」の違いがある
・「史上最速」「歴代最高」などの算出は、全局、自局内、ドラマ枠内の3パターンがある
・「100万回、200万回など区切りのいい数字を○日間で突破」という算出の仕方もある
・「○話〜○話の累計再生数○万回」という算出の仕方もある
・本編だけでなく、クロスオーバー作品、配信限定の派生作品などの合算もある
・「○万回を突破」と「約○万回を記録」の違いがある(“突破”と“約”の表記)

各局や各作品でこれだけ算出方法に違いが見られ、たとえば同じ「100万回」でも同列には扱いづらいところがあるのです。

各局系列の有料会員は含まれず

さらに、そもそもこれらの数値は無料見逃し配信の再生数であり、各局系列の有料動画配信サービスは含まれていません。TBSとテレビ東京はU-NEXT、日本テレビはHulu、フジテレビはFOD、テレビ朝日はTELASAの有料会員は、基本的に放送中のドラマを全話いつでも見られますが、その配信再生数は含まれていないのです。

当然ながらこれらの有料会員は、放送後1週間しか見られないTVerなどの無料配信を再生する必要性はありません。また、各局の有料会員数にはバラつきがあるだけに、報じられている無料の配信再生数は「スタートの時点から基準が違う」という比べづらい指標なのです(有料会員数の多いU-NEXTのTBSとテレビ東京、Huluの日本テレビは、TVerなどの無料配信再生数では不利)。

今後、配信再生数という指標を公明正大なものにしていくのなら、無料の配信再生数と有料会員の配信再生数を同時に発表し、比較しやすいように合算することが求められるのではないでしょうか。

配信再生数は、これだけさまざまな算出方法がある上に、それ以前に「全話いつでも見られる」有料会員の数が違う。そのため各局内の評価基準も報じられる数字通りではなく、ドラマ枠や作品ごとに異なるようです。これらの理由から、現時点での配信再生数にまつわる記事は「参考程度で額面通りには受け取れない」のが実情と言っていいでしょう。

このように書くと、「テレビ局は都合のいい数字ばかり公表してずるいのではないか」と思うかもしれませんが、このような方法を採るに至った背景があります。これまでドラマの制作現場は、バラエティなど他ジャンルの番組と比べて不利な戦いを強いられてきました。

ドラマは「質の高い作品や、熱心なファンがいる作品ほど録画されてしまう」「ドラマだけ見逃し配信の視聴が飛躍的に増えている」などの理由から視聴率が下がり続け、それなりに見られているにもかかわらず作品数が減少。視聴率を過去の作品と比べて「最低記録更新」「爆死」などと酷評記事を書くネットメディアが多く、スタッフとキャストを悩ませ続けていました。

そんな「視聴者の行動にも、ドラマというジャンルにも合わない視聴率という指標だけで酷評されてしまう」というやられっ放しの状態を唯一変えられるのが、配信再生数の公表。いまだにドラマの視聴率だけを報じ、それを理由に酷評する記事が多い中、「これだけ見られていますよ」という貴重な反論材料となっているのです。

「視聴率速報」だけでは限界だった

無料の配信再生数でもう1つ注目しておきたいのが、主に23時〜26時台で放送されている深夜ドラマの躍進。現在放送されている深夜帯の作品で、下記のように配信再生数が報じられました。

「『around1/4』見逃し配信視聴数でABCテレビドラマ史上最高の記録を樹立」(ABC・テレビ朝日系)

「『癒やしのお隣さんには秘密がある』TVer100万再生超え 小関裕太のストーカー怪演ぶりが話題に」(日本テレビ系)

「生田斗真主演『警部補ダイマジン』 同枠最速で見逃し100万回再生の反響『なかなかのダークヒーローっぷり』」(テレビ朝日系)

「松村北斗&西畑大吾主演『ノッキンオン・ロックドドア』初回見逃し配信100万再生を突破」(テレビ朝日系)

「菊池風磨主演ドラマ『ウソ婚』、第2話の見逃し配信が異例の210万再生突破」(カンテレ・フジテレビ系)

前述したゴールデン・プライム帯に迫る配信再生数を記録していることがわかるのではないでしょうか。“深夜帯”は、あくまで放送に限ったものであり、配信再生は時間不問。宣伝や予算などの規模こそゴールデン・プライム帯に劣るものの、「配信再生数なら深夜帯の作品でも十分勝負できる」ことが証明されつつあるのです。たとえば、2018年に深夜帯ながら社会現象となった「おっさんずラブ」(テレビ朝日系)が今放送されていたら、配信再生数では「VIVANT」を上回っていたかもしれません。

現状の課題は、無料の配信再生数が右肩上がりで増えている一方で、収益性が十分とは言えないこと。「まだまだ視聴率ベースの放送収入に頼らざるを得ない」という現実があり、配信広告の単価アップなどが求められていくでしょう。

最後にもう1つ言及しておきたいのは、無料の配信再生数を報じるネットメディアの思惑。これまでスポーツ紙系、週刊誌系、エンタメ専門系を中心にネットメディアの多くは、シンプルな視聴率の速報記事を報じ続けてきました。

これらの編集部にとって視聴率の速報記事は、簡単に作成できる上に一定のPVを稼げる便利なもの。しかし、配信や録画での視聴が定着するなど視聴率に対する信頼性が失われ、コメント欄に読者から反発の声が書き込まれるなど、その結果だけを速報することにメディアとしての限界が生じていました。

その点、テレビ局から公表される配信再生数は記事化が簡単な上に、視聴率の速報記事だけでは足りない情報が補足できバランスが取れるため、ネットメディアにとってうってつけのデータ。テレビ局とネットメディアの両方にメリットがある以上、今後も配信再生数の記事は量産されていくでしょう。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)