コロナ特需で利用者が急増したマッチングアプリだが、足元では市場の成長の陰りが鮮明となっている(画像:各マッチングサービスの公式ホームページより)

「これまでのペアーズはまじめすぎた」

2022年4月に累計登録数が2000万を突破し、国内マッチングアプリ業界でトップシェアを誇る「ペアーズ」。2023年3月に運営会社であるエウレカの代表に就任した山本竜馬氏は、大胆な戦略転換に動き出そうとしている。

「ペアーズは『婚活アプリ』として利用者を集めてきたが、結婚目的だと対象が狭い。真剣な出会いを前提としつつ、結婚を最終ゴールにしない利用者も今後は取り込んでいく」(山本代表)

山本代表はApple Japan在職時代に、事業責任者として日本でのApple Pay立ち上げを率いた経験を持つ。キャッチコピーを変更するなどして、ペアーズをより幅広い層を狙ったサービスへと飛躍させる構想を描く。

コロナ特需で利用者は急増したが・・・

数多くのサービスが存在するマッチングアプリ業界で2023年に入って以降、大手プレーヤーの動きが慌ただしい。3月にはファンド主導の下、別会社が運営していた業界4位の「with」と同5位の「Omiai」がグループ化された。


「大きな災害や事件が起きたとき、『出会い』を求めるサービスは伸びる傾向がある」。サイバーエージェント傘下で業界3位の「タップル」の飯塚勇太代表がそう話す通り、コロナ期間中はマッチングアプリの利用者が急増し、市場規模も拡大した。

しかしコロナ特需が落ち着いた今、成長の陰りが顕在化しつつある。

6月中旬にタップルが発表した国内マッチングサービスの市場規模予測では、2023年は前年比で微減となっている。その後の成長ペースも2022年までと比べると急速に鈍化する予想で、同社が2021年1月に発表していた市場規模予測からは大きく下ぶれて推移する見込みだ。

ペアーズを運営するエウレカの親会社、アメリカのMatch Groupも、8月1日に発表した決算資料でユーザーの伸び鈍化を指摘している。エウレカの山本代表は「ポジティブな言い方をすると安定的だが、今は少し足踏み状態にある」と現状を分析する。


国内のマッチングアプリ業界では市場の成長とともに新規参入も相次いだが、現在は「3強」による実質的な寡占状態にある。ペアーズと業界2位の「ティンダー」を抱えるMatch Group、タップル、そしてwithとOmiaiを擁するエニトグループだ。

自社でもマッチングアプリを展開するバチェラーデート社の調査によれば、2022年に新規参入した10のマッチングサービスのうち、4つは1年足らずで終了。残りの多くも、メタバース内恋愛などのニッチ系のサービスに偏っているという。LINEが2020年に立ち上げた「HOP」も、サービス開始から2年足らずで撤退した。

「すみ分け」から「奪い合い」へ

エニトグループの小野澤香澄代表は、寡占化が進んだ要因について「ネットワーク効果」を指摘する。製品やサービスの利用者が増えるほど、その製品やサービスの価値が高まるという効果だ。SNSや携帯電話などが代表例だが、マッチングアプリでもユーザー数が多いほど「マッチ」できる可能性のある相手が増えるため、ユーザーが集まりやすくなる。

小野澤氏は「マッチングアプリ業界が大きく成長した2018年から2020年頃に存在感の高かったサービスが大きく伸びた。今から3強に近いサービスを新たに出すのはほぼ不可能だろう」と話す。利用者基盤のない新規サービスは、広告費をつぎ込んだところで新規ユーザーの獲得がかなり難しい状況にあるようだ。

もっとも、市場の成長に頭打ち感が出ている中では3強も安穏としてはいられない。従来、3強の間では緩やかにターゲット層のすみ分けがなされてきた。しかし戦略転換や再編により、この先ユーザーの取り合いが熾烈化していきそうだ。

例えば現状では、ペアーズはタップルよりもユーザーの年齢層が高いとされ、真剣な出会いを求めるのか、カジュアルな出会いを求めるのかによっても、利用されるサービスに違いがある。

エウレカの山本代表は「今の状態をよしとして安定的にやっていくこともできるが、さらなる成長を目指したい」と強調する。結婚以外を目的にするユーザーにもターゲットを拡大する戦略の下、将来的には独身者の半分が利用するサービスを目標に掲げる。単純計算では、現在の5倍の利用者増を目指すことになる。


市場の成長が鈍化する中、業界3強のトップはそれぞれ異なる成長戦略でシェア拡大を図る(写真:左からタップル、エウレカ、エニトグループ)

「まだまだパイをとれる」。そう話すのはタップルの飯塚代表だ。コロナ禍まっただ中の2020年3月に就任した飯塚代表は、親会社であるサイバーエージェントの藤田晋社長の後継者候補の1人とも言われる。

「ユーザーがなるべく短期間で恋人を見つけられるようにしたい」と話す飯塚氏。あらかじめデートプランや日時を設定し、デート相手を24時間以内に募集できる「おでかけ機能」で特許も取得した。

マッチングアプリは、出会いを促すという目的がありながら、ユーザーに長期間残ってもらうほうが運営者側の収益になるという矛盾をはらむ。しかし20代の利用者が多いタップルでは、1度恋人を見つけて使わなくなったユーザーでも、時が経って再度使ってくれるケースが多いという。1度目の利用からなるべく早く恋人を見つけられるサービスにすることで、2度目以降の継続的な利用を促す戦略だ。

「マッチングアプリ疲れ」という言葉も飛び交う中、なるべく短期間で恋人を見つけるための機能拡充は、重要なポイントになりそうだ。

M&Aという選択肢も

withとOmiaiは、アメリカのプライベート・エクイティファンドであるベインキャピタルの手引きによって、2023年3月にホールディングス化が実現した。

両サービスを統括するエニトグループの小野澤代表は「withとOmiaiそれぞれが本来のターゲット層に注力することで、取り合いになっていた部分を解消できる」と、ホールディングス化のメリットを説明する。再編を通じて、バックエンドの共有による運営コストの低減なども進める方針だ。

ペアーズが1サービス内でターゲット層を拡大する戦略であるのに対し、エニトグループではターゲット層の異なるサービスを複数展開する戦略のようだ。さらなるM&Aについても慎重に検討していくという。

リクルートで「ゼクシィ縁結び」の前身となる事業を立ち上げた後、Match GroupでもTinder Japanの代表を務めるなど、国内のマッチングアプリ業界を先導してきた小野澤代表。「海外市場に挑戦していきたい」とも話し、APAC地域でテスト版をローンチ済みだ。

大手同士による、ユーザーの奪い合いへと突入したマッチングアプリ業界。3強各社の異なる成長戦略は、どのような結果に結びつくのか。それぞれのトップの手腕が試されるタイミングだ。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)