三木谷浩史氏が率いる楽天グループをハゲタカから守るためには何が必要か(撮影:風間仁一郎)

予想以上によい決算だったというのが、私の印象です。楽天グループは8月10日、2023年12月期中間決算(1〜6月)を発表しました。営業赤字は1250億円(前年同期は1987億円の営業赤字)、最終赤字は1399億円(同1778億円の最終赤字)です。莫大な赤字なのに「よい決算」という理由は、赤字幅が大きく縮小し始めたからです。

楽天グループは、連続赤字に陥って4期目になります。理由は新規参入した携帯電話事業が莫大な赤字を産んでいるからです。ある程度の赤字は計画で織り込み済みだったにせよ、楽天グループにとって計算外だったのは、参入後に政府の政策でスマホ価格が大幅に下げられたことでした。

先行する携帯大手3社よりも低コストにネットワークを構築できる方式を取ったことで、本来であれば楽天モバイルは他社よりも劇的に安い料金でスマホサービスを提供できるはずでした。

足元の「営業赤字」を評価できる理由

ところが総務省の指導でNTTドコモのahamoが20GBで2970円(税込、以下同じ)になるといった具合に、大手携帯会社が格安スマホの料金でサービスを提供する新しい流れができてしまいました。

こうなると20GBで2178円、データ無制限で3280円という楽天モバイルのプランは安いとはいえ劇的にというほどの価格差ではなく、低コストを武器に急拡大を狙うことが難しくなったのです。

本業の2本柱であるインターネット通販とファイナンス事業が好調であるにもかかわらず、こうしてモバイルが足を引っ張る形の赤字決算が続いてきました。

その赤字幅がいよいよ縮小したというのが、大きなニュースです。過去6四半期で営業赤字を並べていくと、2022年の第1四半期(1〜3月)が1131億円で、そこから855億円(4〜6月)、942億円(7〜9月)、786億円(10〜12月)、761億円(2023年1〜3月)と続いてきたのが、今回の2023年第2四半期(4〜6月)では488億円まで縮小しました。

数字としては赤字ではありますが、前年同期比で367億円の利益増です。何より赤字幅を縮小させるといってきたことを、有言実行できたということが評価できると思います。


決算発表では具体的に、楽天モバイルの損益分岐点シナリオも提示されました。まだこの先の道のりは険しいままではありますが、楽天グループは一歩前進できたと言えるでしょう。

さて、このような決算発表ではありましたが、楽天グループの未来はこの先、危機の連続です。三木谷浩史会長兼社長CEOが最終的に生き延びられるかどうかを賭けた戦いが待っています。それはグループの資金繰りを巡る、苦難と陰謀に満ちたドラマになるでしょう。

かなりおどろおどろしい表現をしてしまい恐縮なのですが、実際、楽天グループについてはメディアで報道される赤字幅の問題以上に投資家が気にしていることがあります。それがモバイル事業を行うために抱え込んだ、巨額の有利子負債とその返済スケジュールです。楽天グループの有利子負債は、足元で約1.8兆円まで膨張しています。

【2023年8月17日15時追記】有利子負債額を金融事業を除いた数字に修正しました。

これは日本の資本主義の悪い側面といっていいと思いますが、大企業グループの経営がいったん傾き始めると、投資家と金融機関が群がるようにグループの解体を始めます。最近の例でいえば東芝解体がその典型です。

楽天と東芝の危うい共通点

東芝の場合、経営陣による不正会計とアメリカの原子力関連の買収会社の巨額損失で経営が傾いた結果、グループ解体が始まります。

東芝メディカルシステムズはキヤノンに、テレビのレグザは中国ハイセンスに、パソコンのダイナブックはシャープにといった具合に売却されました。稼ぎ頭でもあるフラッシュメモリは、キオクシアとして分社化され外部の資本が注入されます。

その後、資金調達の必要性から本体にいわゆる物言う株主であるファンドを受け入れたことで、東芝はファンドの思惑に沿ってさらに分社化される寸前まで事態が悪化します。そこで登場した政府系ファンドの力を借りて経営を巡る状況が一転し、このたびTOBが成立する見込みになりました。

これ以上の東芝解体の動きは止まると思われますが、歴史のある大企業ですら、いともたやすく解体されていくというのが日本式の資本主義です。

銀行管理下で企業の解体が行われる場合、おいしい事業から順に手放すのが定石です。わかりやすい例を出しますと、ダイエーや西武グループが傾いた際にはスーパー事業ではなくコンビニ事業を売却しています。そして楽天グループでも、同じことが起き始めているのが懸念点です。

具体的にはまず楽天銀行が上場し、次いで楽天証券が上場準備を開始しています。上場というと一見ポジティブなイベントに見えますが、グループの中枢会社が上場するということは、実際には資金繰りの一環で外部資本を受け取ることと引き換えに子会社を切り売りする財務戦略です。

ここまでは既定路線と言える動きなのですが、今回の決算発表で衝撃を与えたのが、楽天ペイ(オンライン決済)事業と楽天ポイント(オンライン)事業を、楽天カード株式会社へ集約するという機構改革です。並列の子会社だった楽天ペイメントを楽天カードの子会社にするとともに、楽天経済圏の中枢を担うポイントの権限を楽天カードに移管するのです。

楽天グループによれば、これはファイナンス事業の相乗効果の向上策だといいます。カード事業とQR決済事業とポイント事業をひとつの組織に一体化すれば、確かに事業戦略には一貫性が生まれるでしょう。

一方で一部メディアはこの再編を巡って「楽天カード株式会社の上場を検討している」と報道しています。私は経済評論家として長年楽天グループについて注目してきた外部の立場ですが、プレスリリースから感じたことは同じです。

傾きかけた大企業の内部で起こること

嫌な話でもありますので私がこれまで経験してきたことを、あくまで一般論として説明させていただきます。大企業が傾きかけたときに関係者は、3つの勢力に分かれます。必死に経営を立て直そうと尽力する人々、傾いた船から安全な形で逃げ出すことを優先する人々、そしてこの機に一儲けしてやろうと画策する人々です。

最初に動くのはこの機に一儲けしてやろうと画策する人々で、その典型例はハゲタカファンドだったり、晴れた日にしか傘を貸さないと揶揄される銀行だったりします。あくまで一般論です。こういった人たちにとっては企業が傾くことは好機です。通常よりもずっと安いお金で、経営がうまく行っているグループ会社を手に入れることができるからです。

この人たちは目的を達成するために2番目の、傾いた船から安全な形で逃げ出すことを優先する人々を段階的に篭絡していきます。

「このままだといくら儲けても赤字部門に資金を吸い取られるだけだ」
「全体が赤字なら給料も上がらないだろう。気の毒に思うよ」
「健全な部門なのだから、切り出してしまえば君ならもっとずっと成長させられるだろう」

繰り返しこのような言葉を聞かされるうちに、自分のいる組織はグループから独立したほうがいいと心から信じるようになります。実際、この甘言は真実でもあったりします。ダイエーに残って経営破たんを経験することになった従業員よりも、分離されたローソンの従業員のほうがビジネスパーソン人生としてはよかったかもしれません。

こうして子会社を分離させようという一派が動き始めます。親会社にとって、それが最善だと働きかけるようになります。タフな交渉を続けてもなかなか資金を出してくれない金融機関に比べれば、有力な子会社を上場させればずっとイージーに事業継続のための資金が手に入るでしょう。「そのほうがいいですよね」と経営陣にも囁き続けるわけです。

さて、ここまでが一般論なのですが、楽天グループの場合はどうなのでしょうか?

楽天銀行と楽天証券は実は楽天から分離させても、グループの企業価値をそれほど損ねることはありません。資本的に一体化していたほうが戦略は一貫しますが、出資比率が下がってもグループ会社としての緩い一体感がありさえすれば楽天グループの価値に大きな変わりはないでしょう。

たとえて言えば、仮にセブン&アイからセブン銀行が完全に資本離れするようなことが起きたとしても、セブン-イレブンの戦略に大きな影響はないというのと同じです。

「虎の子」の分離はありえない

一方で楽天カードは違います。楽天市場で買い物をした人が楽天カードで決済する。これがビジネスモデルの両輪で、楽天はひとりの顧客から二度稼ぐことができます。

そしてここに今回、楽天ポイントと楽天ペイが再編の形で加わりました。そうなると4000万ユーザーを擁する楽天ポイント経済圏の未来も楽天カードに委ねられることになりますし、今後の市場拡大が期待されるキャッシュレスも楽天カードの一部門となります。

当然のことながら楽天カード株式会社は、今回の再編で楽天グループの最重要子会社になりました。この子会社は楽天グループの虎の子であると同時に、楽天経済圏の扇の要であり、楽天グループにとってはビジネスモデル的に不可分な事業体になります。ですから楽天カードを本体から分離させていくことは戦略的にはありえません。

しかし仮に私が悪魔のような考え方をする人物だったら、どうでしょうか。架空のシナリオを考えてみましょう。

ここでは私のことをハゲタカと呼ぶことにします。ハゲタカはたまたま有利なポジションにいたことで、楽天グループとそのステークホルダーたちに影響力を与えることができる人物だったと仮定しましょう。

私がハゲタカなら楽天カード株式会社を上場させ、楽天グループの有利子負債を返済させる資金源にしようと企てるでしょう。そのためには楽天グループの業績が傾いたほうが都合がいいと考えます。

そこで部下に命じて、たとえば楽天カードのポイント還元率を改悪するような施策を打ちます。グループ内ではカード事業の利益が向上することを評価させる一方で、外部からは「楽天グループ、こんなことをするなんて危ないんじゃないか」という声が上がります。

こうした工作を続けるうちに楽天グループの経営は苦しくなり、銀行団は有利子負債の借り換えに難色を示すようになります。グループが行き詰まればチャンスが生まれます。楽天カードの株式を何らかの形で売却しようというところまで経営陣が追い込まれるからです。

そこでハゲタカは楽天グループを救う形で、楽天カードに資本注入を決定します。持ち株比率を段階的に上げて、いずれは筆頭株主を目指します。

ここで楽天ポイントを握っていることが、ハゲタカに有利に働きます。ポイント還元率を絞れば絞るほど楽天市場は弱体化していくでしょうし、足手まといの楽天モバイルのポイントはゼロにしてしまえば、モバイルはより経営の足を引っ張るようになるでしょう。

悪魔シナリオから楽天を守れ

最終的に楽天グループが何らかの形で経営破たんすることをハゲタカは待ちます。最終目的があるのです。それは経営破たんしたグループから楽天市場を分社化させて、それを救済し民事再生する形で、ハゲタカが持つ楽天カードの傘下につけることです。モバイルの残骸と借金は創業者に押し付ければ完璧です。

これはあくまで私個人が考える「もし私がハゲタカだったら」という悪魔シナリオです。日本経済では過去にはこんなことも履いて捨てるほど起きてきたのですが、当然ながらこんなことが横行する資本主義経済は発展しません。楽天に悪夢が起きるようであれば、日本経済の発展機会はさらに10年は失われてしまうでしょう。

この楽天の資本問題は関係者以外にとっての対岸の火事ではなく、日本経済の重要な分岐点だと思うべき大事です。そしてメディアもこの先、変なことが起きないように注視すべき事柄なのです。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)