仙台育英エース・高橋煌稀は藤川球児のストレートを目指す 基準は「育英ガン」
仙台育英「150キロトリオ」〜高橋煌稀インタビュー
昨年夏の甲子園、東北勢初の全国制覇を果たした仙台育英(宮城)で話題となったのが「140キロクインテット」だった。その一翼を担った高橋煌稀(こうき)、湯田統真(ゆだ・とうま)、仁田陽翔(にた・はると)が、今年「150キロトリオ」として進化し、連覇を目指す。全国でも類を見ない最強投手陣はいかにして築かれたのか。まずは昨年の甲子園で優勝投手となった高橋の足跡をたどってみたい。
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昨年夏の甲子園で優勝投手となった仙台育英・高橋煌稀
仙台育英を指揮する監督の須江航にとってのエースの定義。それは、「マウンドに立っているピッチャー」である。ただ、背番号1となると別だ。
「ほかのピッチャーより秀でた能力があり、かつ安定した結果を残せる選手」
今年のチームでそれは高橋煌稀だ。新チームが発足した昨秋から背番号1を高橋に託す理由を、須江はこう説明する。
「晴れの日も雨の日も、暑い日も寒い日も、地区大会の1回戦でも甲子園の決勝でも、いつでも求められる以上のパフォーマンスを安定して発揮してくれている。簡単に言えば、1対0、2対0のロースコアの試合で途中からマウンドに上がっても、先頭バッターに不用意なフォアボールを絶対に出さない。それが高橋です。ですから、仮にほかのピッチャーが160キロを出したとしても、彼の背番号1だけは揺るがないですね」
監督が全幅の信頼を寄せる高橋は、この春、その能力をさらにアップデートさせた。
東北大会準決勝。盛岡三戦に先発した高橋は、初回の先頭バッターに対し自己最速となる150キロを計測した。パフォーマンス自体も7回無失点と、監督が示すとおりの安定感を見せた。
マックスの更新。本来ならば昂揚感が出てもいいはずのところだが、試合後の高橋のリアクションは薄かった。
「う〜ん、球場のスピードガンでちらっと『150』って数字は見えたんですけど、そこは意識することなく投げたって感じです」
これは高橋に限ったことではない。仙台育英投手陣には共通の指針があるからこそ、スピード表示に一喜一憂することはない。
"育英ガン"と呼ばれる、仙台育英のグラウンドに設置されたスピードガン。これが、彼らの絶対的な基準なのだという。須江いわく「150キロは何回か出しています」というが、春が終わった時点での高橋の視認では149キロが最速だという。だから、「公式戦では出ているんですけど、あんまり言いたくないですね」と恐縮する。
【1年時は1年間、球速が上がらず】ただし、球速や球質といった、ストレートそのものは着実に進化している。そのことについては、高橋も手応えを抱いている。
小学生からチームメイトのキャッチャーの尾形樹人が仙台育英への進学を決めると、高橋は「バッテリーを組みたい」と同じ高校を選んだ。入学当初から140キロを計測と、1年生からストレートが持ち味だったが、高橋から言わせれば当時はそれだけだった。
「1年の時はストレート、ストレートってピッチングで......球速も1年間は1キロも上がらなくて。BチームとCチームで過ごす時間が長くて、苦しんでいました」
そんな状況でも、高橋は活路を見出そうと努めた。今の自分と真摯に向き合い、見えてきた課題。まず、筋肉量が足りないことだ。そのため、しっかり腕を振ることができず、変化球を投げる際も腕が緩んでしまい、ボールの曲がりも悪い。高橋はそこに着目した。
就寝前など空いた時間を利用し、2キロのサンドボールを地面に向かって離し、瞬時に掴むといったトレーニングで握力とリストなどを強化。また、それまで重点的に行なってこなかったウエイトトレーニングも精力的にとり入れ、スクワットとデッドリフトのメニューで下半身を中心に肉体も強化していった。
この勤勉な姿勢こそ「もうひとつの高橋の才能」と須江は言う。
「中学の指導者時代も含めて、僕が見てきた選手で高橋と湯田の野球への取り組みは歴代ナンバーワンです。自分で計画したことに対してやり抜く姿勢は抜群ですね」
1年の冬が明け、春を迎えると、そこには劇的に変化した高橋の姿があった。
高橋と須江が一致するターニングポイントがある。昨年3月、中央学院との練習試合での完封劇だ。100球程度の球数が物語るようにコントロールも安定していた。この試合で、高橋が「冬に取り組んできたものがハマった」と言えば、須江も「ストレートのアベレージは138キロくらいでしたけど、Aチームに入れても際立つ存在になる」と、投手陣の底上げを確信できたほどだった。
潜在能力があり、勤勉でもある高橋は2年生の春からベンチ入りを果たした。実戦登板を重ねて鍛えられたその過程で欠かせない要素のひとつに、メンタルもあった。
【目指す投手は藤川球児】分岐点は自分でもはっきりと覚えている。「140キロクインテット」の一角として立った、昨夏の甲子園のマウンド。とりわけ、胴上げ投手となった決勝戦だった。
「夏の甲子園までは、ピンチの場面で投げる時は焦りだったり、『抑えられるかな?』って自信のなさっていうか、結構ネガティブになってしまうことがあって。それが、甲子園で投げさせてもらうなかで決勝戦は点差が開いていたこともあるんですけど、最終回にランナーを背負って、下関国際さんの応援とかすごく盛り上がっているなかでも楽しんで投げることができたっていうか。あのマウンドで変わったっていうのはあると思います」
制球力に長け、カーブ、カットボール、チェンジアップ、スプリットと、かつて不安要素だった変化球を今は多彩に操る。先発から抑えまで、それこそ「いかなる状況においても求められる以上のパフォーマンスを安定して出す」と監督に言わしめる高橋ではあるが、ストレートという自分にとっての生命線だけは見失うことがなかった。
今年春のセンバツは初戦の慶應義塾と準々決勝の報徳学園戦で登板し、合計10回2/3を1失点と力を誇示できた要因として、高橋はこの武器を真っ先に挙げた。
「相手に研究されているなかでもストレートで抑えられたのは、ボールの質とか角度っていうのも関係していると思うので。そこをもっと高めていきたいですね」
高橋が目指すもの。それは「わかっていても打てないストレート」の具現化である。この謳い文句、どこかで聞いたことがあると思えば、藤川球児の代名詞だった。
「自分、藤川さんを参考にしていて」
高橋が白い歯を見せながら言葉を重ねる。
「打者からしたら浮き上がって見えるじゃないですか。伸びのあるボールを投げるためには、ボールにしっかりとバックスピンをかけて回転をきれいにしないといけないというか」
藤川のように人差し指と中指を閉じて、ボールにしっかり指を添える。そして、縫い目を「ひっかく」イメージでリリースすることを意識する。より、ボールの出力を高めるためにサンドボールやメディシンボールを使ったトレーニングなど研究に余念がない。
仙台育英の背番号1として迎える夏。圧倒的な安定感を誇る右腕の集大成を飾るボール。それは、バッターがわかっていても打てない、火の玉ストレートである。