子どもには過激? 『ニコ☆プチ』炎上から考える少女マンガと性表現
女子小学生向けファッション誌『ニコ☆プチ』(新潮社)付録のマンガをめぐり、読者の保護者と思われるアカウントが6月下旬、Twitterで誌面を紹介したところ、ネットで物議をかもす事態となった。
そのマンガとは、『ニコ☆プチ』2023年8月号の別冊ふろく「ちゃお×ニコ☆プチ スペシャルコラボコミック」に掲載された『溺愛ロワイヤル』(八神千歳、小学館)。最初に問題点を指摘したアカウントは、マンガの「少しくらいエッチのほうがいいのに」と男子が主人公の女の子に言い寄り「ボクが姫を エッチにさせてあげようか?」といって押し倒すシーンを投稿し、SNSで賛否の声があがった。
これを受け、7月3日、ニコ☆プチ編集部は「今回のふろく制作にあたり、編集部は昨年夏に発行された人気の高い少女まんがを選定いたしました」と経緯を説明した上で、「内容の一部にご不快な思いをされた読者、保護者の方がいらっしゃったことを重く受け止めております」とのコメントをHP上で公開した。
ネットでは「過激すぎる」という声がある一方で、「問題ない」と指摘する声もある。少女マンガの性表現について、ライターで少女マンガ研究家の和久井香菜子さんに寄稿してもらった。
●『溺愛ロワイヤル』を読んでみて
『ニコ☆プチ』に掲載されたシーンでは、男性が女の子に向かって「少しくらいエッチのほうがいい」と言って性的行為を迫る展開もありました。女児を持つ保護者からすれば、グルーミングを想起するおぞましいシーンでしょう。
一方で、すでにSNSでも指摘されていますが、今回の投稿は一部だけの「切り取り」による批判だという意見もあります。一体どう考えればいいのでしょうか。
まずは作品をざっくり紹介します。
『溺愛ロワイヤル』の主人公・一姫は、人間界で暮らす魔王の娘。一姫の幼なじみの澪、琉二、十夜の3人は彼女の婚約者候補になりました。以来、彼らは隙あらば一姫と恋仲になろうと画策する……という物語です。
主人公をめぐって複数の男性が想いを寄せる展開は少女マンガの王道です。男性が主人公にとにかく夢中になる「溺愛」ものも近年の女性向け作品の一大ブームです。『溺愛ロワイヤル』も女子に人気の設定。2023年7月現在、既刊7巻、ひたすら3人が順番に一姫に迫り、なんだかんだ邪魔が入ったり、一姫が拒否したりして、ゴチャゴチャやっているラブコメです。
もともと4人は非常に仲がよく、男女に上下関係はありません。むしろ求婚されている一姫のほうが優位なくらいです。
コラボ版では、なにかとスキンシップを求めてくる3人に対し一姫が「どうして男の子ってエッチなんだろうね」とぼやいたところ、十夜が「……それボクに聞いちゃうんだ」と言い「あ、いいこと思いついた!!」とひらめきます。そして「姫も一緒にエッチになればいいんだよ」と提案、問題のシーンになるのです。
「エッチになればいい」という表現を小学生には読ませたくないという保護者の方の気持ちもよく理解できるところですが、少なくとも、作品と物語の流れを読む限りでは、グルーミングとは感じませんでした。物語の設定と前後の脈絡なくシーンが切り取られたため、問題が大きくなった印象はあります。
ただ、個人差が大きい年頃ですので、お子さんに応じた判断が求められるでしょう。
●少女マンガの性表現は過激になったか?
今回、筆者の知人から「最近の小学生向け少女マンガは、そんなに過激なのか」と質問されました。ただ、この質問に答えるのは意外と難しいです。
なぜなら「小学生向け」とひとくちに言っても、小学1年生と6年生では成熟度がまったく異なるからです。以前は「小学1年生」「小学2年生」といった学年誌があり、年頃に合ったマンガや情報が提供できていました。しかし多くが廃刊されてしまい、年齢に応じたマンガの提供機会が失われてしまいました。
少女マンガ雑誌の『ちゃお』(小学館)『なかよし』(講談社)『りぼん』(集英社)は小学生向け少女マンガ雑誌ですが、読者の平均年齢は中学年以上だと思われます。おそらく『ニコ☆プチ』も同様でしょう。
なお、少女マンガは恋愛を描くことが多く、その中でキスなどの性的描写を避けることはむしろ不自然です。
過去の作品を振り返ると、1970年代は、「セックスは愛し合った2人が一生に1度のいきおいでするもの」という扱いでした。キスは「奪われるもの」で、女の子から能動的になることはなかったように思います。
例えば古代エジプトの王メンフィス(『王家の紋章』秋田書店・細川智栄子あんど芙〜みん)は、オレ様の暴君なのに、溺愛しているキャロルのことはハグとキスしかせず、性行為は結婚式まで待っていました。人を殺すことは厭わないのに、貞操観念だけはすごくしっかりしています。
それに比べると、現代の少女マンガにおける性的表現はかなり自由になりました。
現在では、中高生向け以上になると、セックス描写が解禁されます。しかしごく一部の中高生向け作品で、性器を触ったり、挿入について描かれたりする「エロい」ものがありますが、限られた作家の作品のみです。小学生向けの作品で描かれるのはキスは唇が触れるだけ、ハグはギュッと抱きしめるだけ、といったレベルです。男女がベッドにいるなどセックスを暗喩するシーンはありますが、主人公ではありません。
表現は過激ではないものの、マンガ表現が成熟してダイナミックで詩的になるにつれ、少女マンガは恋愛の心理描写に何ページも割くようになりました。そのため、恋愛マンガで恋愛シーンの割合が増大した印象はあります。好きな彼と話をして彼への想いをポエムのようなモノローグで語り1ページ、キスして3ページ、セックスして行為はそこそこしか描かないのに10ページ、といったふうです。
現在の小学生向け少女マンガ雑誌でも、ポエムを含む恋愛シーンの割合が非常に多いです。また対象読者の年齢が低くなるほど、ヒーロー像がオレ様になる傾向があります。主人公を引っ張って助けてくれるような、まさに「ヒーロー」です。頼りになる、見た目もかっこいい男子から溺愛される(しかも複数から!)のは、多くの女子の夢であるようです。
そこで注意が必要だとすれば、少女マンガでは、どんなにオレ様でも、恋愛マンガで主人公を裏切ったり、人権をないがしろにするヒーローはいません。女性を傷つけない理想の男性像であり、現実とは異なることを認識する必要があります。
恋愛において男子が女子を引っ張っていく少女マンガの図式は古くから変わらず、このあたりはそろそろ新しい姿勢が欲しいところではあります。性的行為をダイレクトに描写する、ティーンズラブコミック(対象は10代ではありません)というジャンルでは、だんだんと性的同意を意識した作品が増えていて、性を前面に扱う媒体だけに、意識が高いことがうかがえます。
●「問題だ」と思うシーンがあったら
80年代くらいまで、少女マンガ雑誌は対象年齢が細分化されていませんでした。そのため、広告業界について描く『5愛のルール』(一条ゆかり、集英社)や、主人公の壮絶な人生を通して女性の自立を描く『砂の城』(一条ゆかり、集英社)といった大人っぽい作品が『りぼん』に掲載されていました。
大人になって読み返すと、作品が訴えるメッセージは非常に奥深く、こうした質の高い作品に子どもの頃から触れられたことは、自分の人生を非常に豊かにしてくれたと感じます。
ところで、今回の騒動で思い出したことがあります。
70年代に社会現象となった『ベルサイユのばら』(池田理代子、集英社)で、オスカルとアンドレが結ばれるシーンがありました。当時私はまだ幼稚園生。母はこのシーンを問題だと思い、子どもたちが読む前に該当ページを破って捨ててしまったのです。お小遣いでコミックスを買っていた姉は激怒し、後年、母の対応を非難していました。
子どもに、触れて欲しい情報だけを親が管理して与えることは不可能です。むしろ、好ましくない表現があるのなら、なにが好ましくないのかをきちんと保護者が説明するべきではないでしょうか。独断で破り捨てたりすると、保護者への不信感につながってしまいます。
むしろ、小学生の子どもが何を読んでいるのか確認し、マンガの性描写をネタにして性教育の機会とするとよいのではないでしょうか。(ライター・少女マンガ研究家/和久井香菜子)
●参考
最後に、物語としても面白く、また教育にもよさそうな作品を少し挙げておきます。古い作品はどうしても女性役割に固執した表現があるなど現代と合わないことがあるので、比較的新しい作品をピックアップしました。子どもが幼くて今は理解ができなくても、深いメッセージや情報量の多いマンガに接することは、人生を広げる一助になるかもしれません。
『ちはやふる』末次由紀 講談社 競技かるたの知名度を上げ、映画にもなった大人気作。冒頭は主人公達が小学生なので、子どもにも取っつきやすいはず。何かに邁進して、青春をかけるすばらしさ、悔しさ、もどかしさ、達成感を教えてくれます。悪者も出てこず、とにかく人生の教科書にふさわしい作品です。
『乙嫁語り』森薫 KADOKAWA 近世中央アジアが舞台。さまざまな部族の、さまざまな夫婦の形を描きます。国際的にも評価が高く、外務省や美術館とコラボも行われました。繊細なタッチで描かれる衣装は美術品のように美しい。他国の歴史や地理、文化に興味を持つきっかけになるかもしれません。
『天地創造デザイン部』原作:蛇蔵、鈴木ツタ 作画:たら子 講談社 地球の動植物は神様からのオーダーでデザイン部が制作しているという設定のコメディ。「卵を胃の中で育てる生き物」など神様からの無茶振りオーダーを叶えるために試行錯誤するさまがコミカルでおかしいです。登場する奇想天外な動物はすべて実在します。いろんな生物の生態が図鑑のようで面白いです。